少年はギルドへ報告した

 二人と一匹は冒険者ギルドに来た。受付の女性がホッとした顔で話しかけてきた。


「今回はいつもより時間がかかったのですね。少し心配しました」

「すみません、色々あって……。これ、依頼の月下草です」

「ありがとうございます……あら? 今回はぴったりなんですね。いつも多めに採って来て下さるのに」

「多めに採ってたんだけど、少し使っちゃったから……」


 使ったという言葉に、女性は少し眉を上げたが、それ以上は何も言わなかった。

 ここでようやく、背後のアイラスに気が付いた。


「まあ、ロムが女の子連れてるなんて。珍しいですね」

「……えっ、あ、そんなんじゃないです!」

「照れなくてもいいじゃないですか。そろそろそういうお年頃ですものね」


 慌てて否定したけれど、女性は余計にニコニコした。周囲の人々の中にも、何人かニヤニヤしている人が居る。そういう誤解は、アイラスが可哀想だと思う。

 見ると、なんだかアイラスも居心地が悪そうにしている。今はトールが触れてないから通訳されてないはずなのに。察したのかもしれない。恥ずかしくて申し訳なくて、穴が合ったら入りたい気分になった。


「……それで、魔法使いの方はどうでした?」


 女性が急に真面目な顔をして話題を変えたので、ロムも気持ちを切り替えようと努力した。


「そ、その事で、話があるんですが……部屋を借りられますか?」

「ここでは話せない事なのですね」

「ええ、まあ…」

「わかりました。少し待っていて下さい。ギルドマスターも呼んで来ますので」




 通された部屋で二人に説明した。森で少女を見つけた事、言葉が通じなかった事。ニーナと約束した秘密を守りつつ、順を追って話していった。


「魔法使いは、この子だったんです。報告があった被害は、使い魔が主人を守るための正当防衛だったみたいで……。ニーナにも確認してもらいました」


 ロムがアイラスの認識票を示すと、アイラスもそれをよく見えるように前に出した。


「この猫ちゃんが、その使い魔なのですか?」

「はい」

「驚きましたわ。何かしてくれるとは思っていましたが、まさか連れて帰って来るなんて……」


 でも、と女性は考えながら言葉を続けた。


「……言葉がわからないのに、よく連れて来られましたね?」


 当然の疑問だった。そこの説明は若干作り話になるので、聞かれなければ言わなくてもいいと思っていた。けど、そう簡単にはいかなかった。


「使い魔の方が、言葉がわかるみたいです。俺がクロンメルの保護区の事を言ったら、主人を促してくれているようでした」

「ニーナは、猫ちゃんとも話したんですよね?」

「そうですね。この子……アイラスは、記憶もないみたいです。詳しくは聞いていないですが、その辺りはニーナが調べておくと言ってました。とりあえずは、心配しなくていいと思います」

「アイラスという名前は、本人が言ったのですか?」


 矢継ぎ早に質問を浴びせられる。おっとりした見た目に反して、女性は頭の回転が速い。ロムは戸惑いながらも、平静を装って答えた。


「いえ、違います。俺が名乗っても、名前を返してくれなくて。多分、名前も憶えてないんじゃないかなって。それで……えぇと……」


 ここは本当の事を言った方がいいとわかっていても、実際に言うのは少し恥ずかしかった。


「俺が……付けました。本人が気に入ってくれたかは、わからないけど……。呼んだら振り向くようになったので、認めてくれたのかな……って思います……」


 女性は少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。何を考えているんだろう。この人、表情が豊かな割に考えが読み取りにくい。トールの方がよっぽどわかりやすい。ロムはため息を付いた。


「とにかく」


 今までずっと黙っていたギルドマスターが、まとめるように言った。


「事情は大体わかった。危険が無くなったわけだから、うちとしても近隣の依頼に危険手当を上乗せしなくてよくなる。報酬は満額と追加も出そう。採集依頼の分も合わせて、いつも通り保護区につけておけばいいか?」

「その事ですけど、調査依頼の報酬は、俺とアイラスで山分けにすることはできますか?」


 二人が目を真ん丸にして見つめてきて、さすがに無理がある申し出だったかなと思った。それでもロムは、アイラスもお金を稼がないといけないという事が気になっていた。少しでも彼女にお金が入る可能性がある事なら、提案しておきたい。


「なんていうか、その、危険がなくなったのはアイラスのお陰でもあるし……」


 我ながら、無茶苦茶な言い分だなぁと苦笑した。


「もしかして貯蓄限度を超えるのか?」

「あ、それもあります」

「そういうことなら、わかった。半分は保護区に付けておくが、半分は今ここで手渡そう」

「ありがとうございます!」




「貯蓄限度とはなんじゃ?」


 ギルドを出て、その建物が見えなくなるくらい離れた後、今話せるはずのないトールの声が聞こえた。

 ロムが驚いて振り返ると、そこには人の姿になったトールが居た。色は白ではなかったが、ロムは慌てて、フード付きのマントをトールの頭から被せた。


「なに変化してんの! 尻尾! 見えてる! 引っ込めて!」

「何をそう焦っておるのじゃ。見られても構わぬように色も変えておるじゃろうが……」

「魔法使いも使い魔もすごく珍しいんだよ? 目立つだろ……」

「面倒くさいのお……」


「それで? なんだっけ? 貯蓄限度?」

「うむ」


 頷いて、トールはアイラスの手を取った。通訳するためだろうが、ロムは何となく、よくわからないけど、何となく面白くなかった。


「保護区に入っている者は、お金を自分で管理することができないんだよ。保護区に預ける形になる。その預けられる額に、上限があるんだ。年齢に応じて1ヶ月にいくらって感じに。それ以上は寄付という形で没収される」

「酷い話じゃな」

「酷くないよ。稼げる者が保護区に居座らないようにするためなんだ。保護区は何も子供の為に作られたわけじゃない。失業者を減らすための政策なんだ。年齢にかかわらず、一人で生きていけない、稼げない者なら入れて、子供なら教育、大人なら職業訓練を受けて、最終的に自立させるのが目的なんだ。だから、稼げるようなったら早く自活して欲しいってこと。貯蓄限度以上稼げる人にとっては、自分が稼いだお金が全部自分の物になるわけじゃないから、出て行った方がいいよね」

「ではお主も出た方が良いのではないか?」

「うん……まあ、そうなんだけど……」


 自分の事を言われるとは思わなくて、ロムは少し口ごもった。


「でも、成人する16歳までは居てもいいから……。16歳になると、出ていくまでの期限が付けられるんだ。大人が入った時も同じ。期限内に働く気がない、職業訓練の成果が見られない人は、奴隷商人に売られる」


 トールが嫌な顔をしたので、ロムが補足する。


「この国の奴隷は、他の国とは少し意味合いが違うよ。無賃で死ぬまでこき使われるわけじゃなくて、ちゃんと給料は支払われるし、休みだってある。無いのは職業選択の自由だけだよ」

「ほう……よく考えられておるな」


 本当に、そう思う。この仕組みがあれば、滅ぶ事はなかった国もあったのにと遠い目になった。


「そんなに待遇が良いなら、生活に困ってなくても子供を入れたい親も居そうじゃの」

「そうはならないと思うよ。保護区に入ると姓は取り上げられて、血縁関係は白紙になる。家柄も何も無くなって、戸籍上は天涯孤独になってしまうんだ。わざわざ子供と縁を切りたい親は居ないんじゃないかな」


 言いながら、余計な事を話したかもしれないと気持ちが沈んだ。自分が入った時の事を聞かれたらどうしよう。答えたくない。そもそも思い出したくもない。

 しかしトールは、ちらっとアイラスを見ただけで、何も言わなかった。表情は読めなかった。いや、読む気にならなかった。


 二人はまだ手を繋いでいる。何か話したんだろうか。どんな会話をしたんだろう。深く考えたくなくて、二人の顔を見るのも怖くて。先を歩きながら努めて平静に、聞かれてもない話を続けた。話題を変えたかった。


「保護区では、12歳までは基礎教育を受けられて、13歳からは、毎年誕生日に面接があるんだ。将来について話し合い、自分が付きたい職に応じた訓練が受けられるようになる。専門性が高いものなら、外に研修に行ったりもできる。ニーナの見立てだとアイラスは10歳だから、十分余裕がある。三年あれば言葉も覚えた上で、基礎教育も終わると思うよ」


 そう話しているうちに、保護区の門が見えてきた。日はだいぶ傾いていて、街は夕焼けに染まっていた。

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