少年は街に戻ってきた
「あの丘を越えたらクロンメルの街が見えてくる」
ロムは目の前の丘を指差して言った。
「クロンメルに入る前に、トールには姿を変えて欲しいんだ。『神の子』が街を歩いていたら問題だから」
「ニーナも『神の子』ではないか」
「人の『神の子』と、獣の『神の子』は、扱いがちょっと違うんだよ……」
ロムは、それ以上言いたくなかった。察してくれないかな、と思ってちらっと見ると、少し考え込んでいるようだった。
「まず最初に、ニーナに会いに行く」
「ほう、理由は?」
「保護区には身寄りのない子供は無条件で入れるけど、魔法使いだといくつか条件があるらしいんだ。多分『繋がり』に関する事だと思う。誰から支配を受けているかをはっきりさせとかないと、マズいんじゃないかな。クロンメルで魔法使いに関する事は全部ニーナの管轄だから……」
「獣の支配を受けた者が、すんなり入れるのか? アイラスが入れないくらいなら良いが、今朝のようにわしが殺されかけるのは、勘弁してほしいのじゃがな」
トールは嫌味で言っているわけではない。そんな感情はトールの顔には表れていない。淡々と事実を述べただけ。だからこそ、その言葉はロムに深く突き刺さった。
「ごめん……」
本気じゃなかった、軽くからかっただけのつもりだった。そう言い訳しても意味がないと思うと、言葉は口から出てこなかった。
「なぜお主が謝るのじゃ」
トールが心底不思議そうに眉をひそめるので、余計にロムの罪悪感が募った。
「俺はともかく、ニーナはそんな事する人じゃないから、大丈夫だよ」
「はぁ……?」
信じられないというように、トールは顔をゆがめた。
「トールの知るニーナはそんな事する人?」
「ああ、そうじゃな」
トールは答えてから、あからさまにうろたえた。
「お主、なぜわしがニーナを知っておるとわかった?」
——え。だってバレバレだし。ていうか今ので肯定してるし。
そう思ったが、それは口に出さないでおいた。トールの質問は無視して話を続ける。
「俺の知るニーナは、基本優しいけど、時々怖い事をする。でも、ニーナがそういう事をするのは、クロンメルやその住民に被害が及ぶ時だけだよ。トールは不幸をもたらすの?」
「んなわけなかろう!」
「じゃあ大丈夫だよね? トールの事もどうするか相談したいし、まずはニーナに会いに行こう」
「『繋がり』に関する事以外で、何を相談するのじゃ?」
「冒険者ギルトで調査依頼が出てるんだよ。森に居る魔法使いを調べてくるよう、遠回しに頼まれてたんだ。それが『神の子』で、連れてきたなんて、俺はギルドに報告したくない。理由、わかるよね?」
トールは無言で目を伏せた。それを肯定と受け取り、ロムは言葉を続けた。
「昔の事は知らないけど、俺が知る今のニーナはとても優しいよ。ニーナのところにいる使い魔は、みんな何らかの事情で親を亡くした獣ばかりなんだ。トロールの子を引き取って、魔法使いにしたこともあるらしいよ。トールにとって悪いようにはしないと思う」
「そんな事は心配しておらぬ」
トールは大きなため息を付いた。
「いつか、ニーナには会わなければならないと思っておった。じゃが……」
そこで、一旦言葉を切る。
「すっげえ叱られそうでのう……気が重いんじゃよ……」
ロムは、呆れた。全然心配することないじゃん。叱られる、ということは、トールよりニーナの方が年上なのかな。ニーナに叱られるトールを想像したら、自然と顔がほころんだ。
「じゃあ、問題ないね。そろそろ変化してもらおっか。どんな姿になるの?」
「そうじゃのう……まあ、猫で構わんじゃろ。誰かに聞かれたら、アイラスのペットという事にしておいてくれ」
アイラスをちらっと見て、またトールに視線を戻すと、すでにそこには人としての姿はなく、茶トラの猫が居た。
「その姿でも、アイラスとは話せるの?」
猫の姿になったトールが、にゃーと返事をした。
「そっか、じゃあ行こう」
クロンメルの街に着くと、猫のトールが騒がしくなった。にゃーにゃ―鳴いて、ロムの足元に絡みつく。ロムはため息をついてトールを抱き上げた。
「あのねぇ、俺には何言ってるか全然わかんないんだけど」
何か街におかしなところでもあるんだろうか。トールがここクロンメルに来たのは200年前だと言っていた。200年も経っているんだから、ある程度の変化は予想できていただろうに……と考えて、今年は建国100年祭があることを思い出した。街の奥にそびえ立つ城は200年前には無く、トールにとって想定外の驚きなのかもしれない。
ロムは、トールをアイラスに渡した。
「今からクロンメルの説明をするから。アイラスにも伝えてあげてね」
ロムはゆっくり、クロンメルの歴史を話し始めた。植民地からの独立戦争、英雄王の建国、周辺国との和解、鎖国の解除と貿易の開始。建国から100年が経ち、植民地時代や独立戦争を知らない世代になり、平和ボケしていると嘆いていたのはニーナだったか。今年の100年祭では、英雄王の活躍を描いた舞台が催されると聞いている。
「まあ俺も、ここに来たのは二年前だから、全部保護区内の学校で教えてもらった事なんだけど」
トールはすっかり大人しくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます