少年は共に行く

 少女はかすかに目を開け、ロムを見た。

 瞳は漆黒に見えた。いや、夜の闇のせいかもしれない。明るいところで見たいなとぼんやり思っていたら、少女はあわてて上半身を起こし、ふらついた。支えようか迷って、手を引っ込めた。


「あの、急に動いたらだめだよ。落ち着いて。大丈夫?」


 少女がきょとんとした顔で見つめてくる。言葉が通じないのだろうか。知る限りの言葉で話しかけてみたが、どれにも返事はない。


「そやつ、言葉が通じぬぞ」


 使い魔がそう言うと、少女はさらに驚いて立ち上がった。今度は本当に倒れそうになって、仕方なく抱き止めるように支えた。柔らかい身体に驚いて、すぐに離れたけれど。

 少女の顔を伺うと、怯えた目で使い魔を見ていた。


「この子に何したの?」

「何もしておらんわ! むしろわしが被害者じゃ!」

「魔法使い同士なら、念話……だっけ? 心で会話するやつ。使えるよね? それだと言葉関係なく話せるんじゃないの?」

「それは試したが、返事がなくてのう……いや、待てよ」


 使い魔は少女の手を取った。少女は驚いて手を引っ込めかけたが、はっとして顔を上げた。


「当たりじゃ。こやつ、接触感応しかできぬようじゃ」

「何それ?」

「つまり、触れ合っておらぬと念話が届かぬ。魔力が相当低いようじゃ」

「魔力が低い? ゴーレムは作り出せたのに?」

「自身の魔力に見合わぬ大きな魔法を使ってしまったのじゃ。だから失敗し、魔力切れを起こした。普通はそのような事、せぬのじゃがな……」


 使い魔と少女は、まだ手を握っている。ロムには聞こえないけれど、何か会話をしているのだと思う。


「何かわかった?」

「やはり記憶が無いようじゃな」


 そう言って、二人は手を離した。

 改めて少女を見てみると、何も持っていなかった。自分より少し年下に見える彼女は、旅ができるような服装でもない。着の身着のままで、1人。


 ――独り……。


「こやつの記憶には、何か魔法的な作用を感じる。記憶を消されて捨てられたのやもしれぬ」


 それを聞くと、いたたまれない気持ちになった。どうして子供は、大人に都合のいいように扱われるんだろう。


「こやつを残していくわけにはいかんの。お主はどこから来たのじゃ? ここから一番近い街は……クロンメルか」

「詳しいね。初めてじゃないの?」

「200年ほど前に訪れた事がある。随分変わっておるじゃろうな」


 その長い時を思うと気が遠くなった。不老ってのも大変そうだ。


「こやつを連れていく事はできるか? ……いや、連れて行くだけではだめじゃな……教会か孤児院、身寄りのない子供を養ってくれる施設はあるか? ないなら、わしが引き取っても良いが……」

「クロンメルには保護区があるから、なんとかなると思うよ。連れていく事もできる」

「保護区と言うからには子供を保護してくれるのじゃな?」

「大人でも条件次第で入れるし、身寄りのない子供は無条件で入れるよ」

「便利じゃのう。では頼むかの」

「わかった」


 でも、とロムは言葉を続けた。


「お前はこの森で何をしてたの?」

「わしは人を捜しておっただけじゃ。こやつがそうかとも思ったが……。そうじゃな……わしも一緒にクロンメルに行っても構わぬか?」

「その人を捜すため?」

「そうじゃな」

「見つけてどうするの?」

「どうも……ただ確認したいだけじゃ」


 中々返事をしないロムに、使い魔は再び口を開いた。


「わしがゆけば、こやつの通訳ができるぞ?」

「クロンメルにも魔法使いがいるから必要ない」

「ほう? 以前はおらなんだがな。名はなんという」


 ロムは、少し迷った。クロンメルの魔法使いと言えば有名で、むしろ知らない方がおかしい。隠す必要は無いだろう。


「ニーナ」


 ロムがその名を告げた瞬間、使い魔の目の色が変わった。

 ニーナはアルビノの魔法使い。つまり『神の子』だ。彼女がクロンメルに来たのは約100年前という話で、その前はどうしていたのか聞いた事がない。単に知り合いなだけかもしれないし、過去に何かあったのかもしれない。

 もしかして、探している人がニーナその人なのか。そう聞いてみたら、答えてくれるだろうか。そう思ったけれど、本当の事を言うわけが無いと思っている自分に気付いて、聞くのは止めておいた。


 これまでの行動から、この使い魔に危険があるようには思えない。それでも、連れて行っていいものかどうか悩む。並みの使い魔ならニーナが何とかしてくれると思うが、こいつも『神の子』で力は未知数だ。


 逆の危険も考えられる。『神の子』は貴重で重宝されるが、使い魔の場合は扱いが酷いことがある。ロムの知る国では、はるか昔に捕らえた白い使い魔の名付け親を、真の名を聞き出した上で殺し、使い魔はずっとその国で酷使されていた。真の名を知られる事は支配される事で、逃げ出す事は難しい。

 この使い魔が、今までそういう国や組織に捕まっていたら、今この場には居ないだろうし、今後もそういう事は無い方がいいと思う。


 答えが出ずに悩んでいたら、少女が立ち上がって使い魔に近づいた。頭についた獣の耳に触り、ニコニコしている。さっきまで怯えていたくせに。使い魔の方も、優しい顔をしている。


 それを見て、ロムは大きくため息をついた。自分の悩みがバカらしくなってきた。少なくとも少女はすでに、この使い魔に心を許している。念話は心の会話だから、打ち解けやすいのかもしれない。自分には生涯わからない事だけれど。


 捨てられて、記憶もなく、言葉もわからない少女には、心を許せるこいつは必要かもしれない。きっと自分には、その役目はできないだろうから。


「わかったよ。一緒に行こう。だけど、その姿は困るな。今は良いけど、街が近づいたら別の姿になってね」

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