亡国の少年は平凡に暮らしたい

くー

出会い

少年は森で出会った

 老若男女問わず、屈強な者達がたむろする冒険者ギルド。


 そのドアを開けて、場に似つかわしくない少年が入ってきた。年の頃は十二~三。顔には幼さが残っているが、右目に被るような傷痕があり、腰には珍しい東洋の刀を下げていた。普通の子ではない。

 その明るい金髪の少年を、周りの者は一瞥しただけで気にする風もない。ある者は軽く挨拶を交わしたりもしていた。顔なじみのようだった。


 少年は真っ直ぐ掲示板に向かい、迷いなく一枚の依頼書を取った。カウンターに向かい、少し背伸びをして受付の女性にそれを渡した。


「また採集依頼ですか? ロムなら討伐依頼でも大丈夫だと思うのですけど…」


 女性は苦笑して、少年――ロムの蒼い目を覗き込んだ。彼は目をそらしながら後ずさり、まだ自信がないから……とうつむいた。

 女性は少し微笑んだだけで特に追及するでもなく、必要事項を記入していった。






 ロムは手続きを待ちながら聞いてみた。


「いつもより報酬額が多いけど、品薄なんですか?」

「あ、そうそう。伝えておかないとダメでしたね。その森に最近、野良の魔法使いが住み着いたみたいです。被害も出ているから、危険手当が上乗せされているんです」


 そう言って別の依頼書を渡された。ざっと目を通して、感じたままを呟いた。


「……情報が少ないですね」

「そうなの。目撃証言がはっきりしなくて。本当に危険なのかわからないから、討伐依頼じゃなくて調査依頼なんですよ」


 ロムの手から依頼書を取り上げて、女性は続けた。


「この依頼はCランクだから、Dランクのあなたにはお願いできません。でも何か分かったら教えて下さいな。ランク外でも成果があれば報酬を出せますから……」


 意味ありげに微笑む女性に、それって規約違反じゃないんですか? と言いかけてやめた。言ってしまうと、ランクを上げていない事を言及されてしまう。


 最後のサインをする前に、女性は今一度確認した。


「それで、採集には行くんですよね?」

「はい、最近さぼりすぎましたから」


 ついでに魔法使いに関して何かわかれば、今月はもう行かなくてもいいかもしれない。


「ロムなら大丈夫と思いますけど、十分気を付けて下さい。もし何か分かったら教えて下さいね」

「わかりました」




 その日の夜、ロムは森で光る花を集めていた。

 今回の依頼品は、月の魔力を宿した月下草。月の出た夜にしか花を開かず、昼間だと周りの草と見分けが付かない。多くの人がそうするように、ロムも夜に採っていた。夜間の行動に慣れた自分向きの依頼だと思う。


 依頼された量より少し多めに採り、これくらいでいいかと確認した。

 そういえば、魔法使いの痕跡は全く見当たらない。人が住めば、それなりに生活の跡が残るものなのに。本当に居るのだろうか。


 そう考えていると、遠くで轟音が響いた。雷が落ちたような音だった。

 木々の隙間から空を見上げてみたが、そこは晴れて満月と星々が輝いている。違和感を感じて、手近な木によじ登り、音がした方向に目を凝らした。


 遠くに煙が見えた。火事かと思ったが、煙は立ち昇らず停滞している。土煙のようだ。


 何が起きたかわからず、さらに目を凝らした。

 土煙の辺りから岩が盛り上がってきて人型になった。魔法使いが作る人形、ゴーレムだ。魔法使いが近くに居るという事になる。


 かなり大きい。周囲の木々より上に、肩と頭が出ていた。

 ゴーレムは何か探すように足元を見回して、北を向いて動きが止まった。そのまま手を振り下ろし、周辺の木々が何本もなぎ倒された。誰かが狙われている。

 ゴーレムは、そのままゆっくりと北へ進み始めた。


 ――だめだ。


 そっちには村がある。逃げるなら、こっちに来てもらわないと。急いで木を降り、革袋の中を探った。

 花火式の狼煙を取り出して地面に挿した。打竹の火種で火をつけると、高い音を立てて小さな火の玉が打ち上がった。上空で音を立てて弾け、辺りが一瞬明るくなった。

 再び木に登り、ゴーレムの様子を伺うと、ぐるりと方向転換した。ゴーレムより少し手前の木々が不自然に揺れていた。


 ――気づいた。


 揺れはどんどん近づいてくる。人の脚とは思えないくらい速い。馬にでも乗ってるのかな。こんな森の中で走らせられるんだろうか。とにかく木を降りて、被害者の到着を待った。


 目の前の茂みが大きく揺れて、飛び出してきたのは大きな虎だった。思わず身構えた。


「先程の知らせはお主か!」


 虎の背に人影があった。いや、人じゃない。

 少年のように幼く、頭には獣の耳が生えていた。縞模様の尻尾もある。肌には黒く細い模様が多数入っていた。まるで、虎を人型に模したような姿だった。


 ――使い魔だ。


 一瞬、調査依頼の魔法使いに関係しているのかと思った。

 でも多分違う。使い魔を人型にする時は、元の姿を連想出来るようにという決まりがある。それを守っているなら、少なくとも彼の主は被害をもたらすような野良ではない。

 ただ、その主の姿が見えない事が気になるけれど。


「お主、あのゴーレムを倒す秘策でもあるのか?」

「そんなの無いよ。さっき行こうとしてた方向に村があるから呼んだだけだよ」


 明らかに落胆した様子の使い魔に、続けて質問した。


「なんでゴーレムに追われてるの?」

「あれはこやつが作り出したモノじゃ。魔法が不完全だったのか、命が与えられておらぬ。ゆえに、術者を追って来よる」


 使い魔の落とした視線を辿ると、彼は胸元に子供を抱きかかえていた。小さな身体は虎の頭に隠れていて、言われるまで気づかなかった。

 肩までの黒髪に華奢な身体。少女のように見えた。目を閉じて動かないので、眠っているようだった。


「その子が魔法使いなの?」

「うむ、魔力切れを起こしておる」


 そうこう言っているうちに、バキバキと木々がなぎ倒される音が間近に聞こえた。ゴーレムが、すぐそこまでやってきていた。


「いかん、お主も乗れ!」


 ロムは虎の背に乗り、使い魔の腰にしがみついた。虎が軽やかに走り出した。


 間近で見ると、使い魔の髪は白かった。それは『神の子』を意味していた。


 アルビノや白い毛並みを持つ人や獣が魔法使いになると不老になる。強い魔力と豊富な知識を得た彼らは、敬意と畏怖を込めてそう呼ばれていた。


 この使い魔は明らかに『神の子』で、それを使役する魔法使いが幼い少女というのは違和感がある。少女は見た目通りの歳ではないのだろうか。

 ロムは少し考え込んだが、今はゴーレムをどうにかする方が先だ。


「ゴーレムは、核を壊せば崩れるんじゃないの? 位置はわからない?」

「わかっておる。うなじじゃ。何度か試したのじゃが、こやつを抱えていては有効打を与えられぬ」

「俺がやってみるよ」

「飛び道具があるのか?」

「ないよ。登って直接叩く」

「危険ではないか?」

「登る事自体は大丈夫だけど、刀が刺さるかなぁ……」

「お主の得物に加護を与えよう。じゃが、どうやって登るのじゃ?」

「あの木を目指して走って」


 前方に見える、杉のようにまっすぐ伸びた木を指差した。周囲の木より少し高い。あの上からなら肩に乗り移れそうに思う。


「あんな細い木、すぐ倒されてしまうぞ」

「その前に乗り移るから大丈夫。行って!」

「無理をするでないぞ!」


 三人を乗せた虎は木を目指して走った。虎を走らせながら、使い魔が何か呟いている。腰の刀が暖かくなった気がした。目を落とすと、わずかに光っている。加護とやらが付いたのか。


 木の根元に辿り着くと、ロムは幹に飛び移った。滑るように登りながら叫んだ。


「そこでひきつけておいて!」

「わかっておる!」


 できるだけ高い位置のできるだけ太い枝に立ち、ゆっくり近づいてくるゴーレムを待った。木の前に来ると、根元の使い魔達に向かって前かがみになった。好都合だ。

 肩を狙って跳び、着地して使い魔達の方を見ると、彼らはすでに逃げ出した後だった。


 ゴーレムはゆっくりと起き上がり、周囲を探している。足場は揺れるが振り落とされるほどではない。何よりゴーレムは、ロムを全く気にしていなかった。


 そのうなじを見ると、そこだけ赤く光っていた。

 刀を抜き、光をめがけて思い切り突き刺した。刀身は何の抵抗もなく沈んでいったので、ロムは前のめりになった。赤い光は消え、ゴーレムの動きが止まった。


「崩れるぞ! 離れよ!」


 使い魔の叫び声に、ロムはゴーレムから飛び降りた。その場を離れると同時に、岩の身体が崩れ始めた。




「助かった。礼を言う」


 使い魔は虎の背から降り、不器用にお辞儀をした。少女を草の上に寝かし、虎の耳の裏や首をさすった。虎はゴロゴロと喉を鳴らしている。


「その虎も使い魔なの?」

「いや、こやつはこの森に住む野生の猫じゃ」

「猫?」

「おっと、そうじゃ。戻しておかぬとな」


 使い魔が何か呟くと、虎の輪郭がぼやけて縮んでいった。小さな猫の姿になり、大きく伸びをして、役目は終えたとばかりに森に帰って行った。


「わしが助けを乞うたのじゃ。わしだけでは、この娘を守れなんだでの」

「この子……お前の主でしょ? ここで何してたの?」

「主? わしは知らぬぞ。この森で見つけただけじゃ」

「え? じゃあ、お前の主は?」

「とうに亡くなっておるわ」

「じゃあ、この子は?」

「だから知らぬと言っておろう」


 ギルドで出ていた調査依頼は、この少女の事なんだろうか。先程のゴーレムのように、失敗した魔法が何らかの被害を出したのかもしれない。

 魔法使いが不当に誰かを傷つけると、重い罰が下される。そんな事になるくらいなら、見なかった事にしてしまいたい。

 思い悩んでいると、使い魔が口を開いた。


「お主、魔力回復薬は持っておらぬか?」

「そんなの持ってないよ。俺は魔法使いじゃないんだから」


 そう答えたけれど、ふと思いついて自分の革袋を探り、採ったばかりの月下草を取り出した。まだ微かに光が宿っていた。


「これ使える? 俺は良く知らないんだけど、魔法関係の材料らしいから」

「ありがたい」


 使い魔は少女の口元で草を握りしめ、何か呟いた。

 握りしめた手から光のしずくがこぼれ、少女の口に吸い込まれた。少女の喉が動いたので、飲み込んだようだ。みるみる顔色が良くなってきた。

 使い魔は安心したように、小さく息を吐いた。


「この子、なんなの…?」

「わからぬ。こやつの記憶は、霧がかかったようで読めなんだ。記憶を失っておるのやもしれぬ」


 その時、少女がうめき声をあげた。

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