視覚紙面

エリー.ファー

視覚紙面

 紙に眼球を移す。

 自分の眼球を移し、それを自由に扱う。

 それによって見える世界は全て僕のものだし、この利益を独占することこそに意味がある。僕がこの紙に自分の眼球を移動させる能力を持っていることを知っているのは、僕と七人の妖精、そして学校の用務員さん、里中さんだけなんだ。

 里中さんは始終学校の小さな部屋で、職員室の他の先生方からハゲデブと呼ばれているし、たまにチャックが空いていたりするんだ。若い先生は里中さんの前ではゆるキャラみたいな感じですよ、とかいうけど、裏で、ゆるキャラはゆるキャラでも、できそこない、ていうのが頭につくけどねって、笑ってる。

 里中さんは、それが俺の人生だからって、いつも言う。

 可哀そうな里中さんを見て僕はいつも思う。

 ああいう、言い方で自分の人生の悲劇性に酔ってるようじゃ、死ぬまで馬鹿にされるんだろうな、あのハゲデブは。

 そう思う。

 小学生の僕にはまだ里中さんのことや、大人の世界のことは全然分からないんだけど、でも、そう思う。

 そんなある日、里中さんの誕生日になった。

 里中さんは小さな用務員さんにあてがわれた部屋でケーキを買ってきて祝っていたけど、他の先生にお菓子を持ち込むのはどうなのか、生徒指導をする際にあなたがそれでは示しがつかない、用務員と言えどもう少しけじめを付けろ、と年下の教師に言われていた。

 おめでとう、その一言を言えば、後は里中さんは悲劇に飼いならされたM豚同様、何を言ってもへらへら笑って受け流してくれるのに、やっぱり年齢のいってない若造教師共は里中豚の扱い方を分かっていない。

 そのせいで、里中さん大暴れ。

 ケーキは飛ぶは、その先生方に殴りかかるは、突然全裸になって学校中走り回ったりで大暴れ。

 何人かの女子生徒はそれで卒倒したり、ヤンキーの生徒は里中さんと一緒に走り回ってかくれんぼをしたりと大忙しだ。

 これを教師たちが黙ってみている訳もない。

 なんと、僕の所にやってきて、君の能力で学校中に眼球を移動させた紙を張り付けて監視してほしい、という。何故、僕の能力を知っているんだろうか。

 どうやら、あの里中豚はマジでクソらしく、僕の能力を喋ったらしい。

 なんで、自分が持っている唯一の有利性をそうやって簡単に明け渡してしまうんだろう。そういう考えの浅さが今の自分の何とも形容しがたいゴミのような人生になったのだと理解ができてもいない。

 全く哀れな、豚。

 僕は養豚場の主のように、肉切り包丁をもって学校を徘徊しながら眼球を張り付けた紙から見える景色を確認していく。どうやら屋上に向かっているらしい。自分から追い込まれていくというのは何とも不憫だが、こちらとしてはこんなにもありがたいことはない。

 肉切り包丁を振り回し、学校の窓や、壁、警報装置などを叩き割り、なるべく大きな音を出して、威嚇して進む。

 里中さんの独特の呼吸音、つまりは腹回りの脂肪によって肺が潰されて細く低い雑音が響く。

 里中討伐はかなり近い。

 眼球を確認すると、完全の屋上の扉が今、開かれたのが分かる。

 僕は急いで屋上へと向かい、空の下に出た瞬間、後ろ手に扉を閉める。

 案の定。

 里中さんはそこにいた。

「誕生日おめでとう。里中さん。」

「ぶぅーひぃーっ。」

「里中さんっ、もうおめでとうって言ったよ、誕生日なんてそんなもんだよ。」

「ぶぅぶぅっ、ひぃひぃぶっひぃー。」

「そんなこと言ってもしょうがないじゃないか。」

「ぶっぶぅっぶぅー。」

「えっ。今、なんて。」

「ぶぅひぃーぶぶぅぶぅっ、ひぃーっぶぅーっ。」

「そっ、そんな嘘だろ。」

「ぶぅぶぅっ、ぶひぃぃっ。」

「里中ぁぁぁぁっ、てめぇぇぇっ。」

「ぶっぶっぶっひぃーっ。」

「お前だけは許さねぇぇぇぇぇぇっ。」

 ぷげらまそっぷ。

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