第15話 一人じゃない
「はぁ……はぁ……あうぷっ……」
愛美がスライムに口や体のあちらこちらを、戦闘用の服の中から弄くられている。
藍色のショートデニムパンツのチャックは空き、スパッツも破られ、茶色のジャケットは剥がされ、黒いキャミソールも溶かされかけている。
「や、やだぁっ……んぷっ」
そしてスライム達はそのまま愛美の頭と体を揺すってくる。
「んんっ!?ゆふりゅぬぁぁ……!」
「ゆ、揺するなぁ……」
紫英莉は勇也に体を揺すられるも、中々目を覚まさない。
「お、おい……大丈夫か?薬の時間なんだけど……」
いくら揺すっても彼女は、溺れる~とか苦しい~と
「辛そうだし起こして薬飲ましてあげたいけど、どうやったら……」
なったことのある自分には分かるが、とても苦いけど飲んだ後は凄い楽になって寝付きも良くなる。
「ほら、良薬は口に苦しだぞ。起きて……!」
勇也は再度彼女を揺するも……
「やぁだぁぁ……やっ、入って……くる……!あっ、はぁぅぅ……!」
紫英莉はもじもじと体を押さえて艶かしい声を上げる。
「うぅ……ま、まじでやめろって……」
勇也も直視できなくて困っている。
「はぁ……透香ちゃん呼んでくるか」
勇也は溜め息を吐くと、その場から離れようとするも……
袖をぎゅっと掴んだ手は中々離れてくれない。
「そういえば……」
勇也は思い出す。自分が同じ目に遭った時、紫英莉はどうしてくれたのか?どういう言葉をかけてくれたのか?
「俺、何やってんだ……?男ならその優しさに答えて頑張んなくちゃだよな……」
あそこまで言ってくれた紫英莉から逃げ出す自分が恥ずかしくなった。
彼は決意を固めると、紫英莉の背中と頭を支えてなんとか起こさせる。
「紫英莉……?ちょっと苦いけど……薬、飲めるか?」
勇也は優しく紫英莉に問い掛ける。
「うぅ……どろどろ、やだ……」
紫英莉はまだ夢の中のようだ。
「スライムじゃない……!俺だ!勇也だ!分かるか?俺達生きて地球に帰るんだろ……?」
今度は紫英莉の頬っぺたを両手で支えて、真剣に問い掛ける。
「ん……?ここは……?勇也?」
紫英莉は目を覚ますが、まだ現実を理解できていない様子だった。
「そうだ、俺だ……!良かった。薬、飲めるか?」
勇也は今度こそちゃんと問い掛ける。
「あ……うん、飲める」
案外冷静な声で答える。
「ちょ、ちょっと近い……はずい」
紫英莉を起こそうとしていたため、顔と顔が至近距離まで近付いていた。
「あ、ごめん……これ薬と水だ。一人で飲めるか?手伝うぞ?」
勇也は薬と水を手渡してくる。
(飲んでからでいっか……)
「うん、ありがと……大丈夫」
紫英莉は薬を受け取り、水を口に含んで何とか薬を飲み込む。
「げほっ……!」
慌てていたのか、あまりの苦さに噎せてしまう。
「大丈夫か!?ほら水!」
勇也に水をもらって何とか飲みきる。
「あ、ありがど……」
泣きそうになりつつも何とかなった。
「うん……」
勇也の返事でしばらくの沈黙が訪れる。
「楽になった……ト、トイレ行ってくるね」
紫英莉は意を決してトイレに行こうとする。
「あ、あぁ……まだふらふらすると思うから連れてくよ」
勇也の説得力のある言葉に、やはり一人で行くのは無理そうだ。
「入ったら、耳塞いでてね……」
「わ、わかったよ」
音を聞かれたくないからか、彼女は勇也にそう伝えた。
トイレも無事に終えて部屋に戻ってくる。
そして紫英莉はあることに気付く。
(やばっ、めっちゃ濡れてる……私、どれだけあの夢で興奮してたの?)
下着が濡れに濡れていた。
「タ、タオル……濡れタオルとかある?き、着替えたい……」
紫英莉はもう一つだけ彼にお願いをする。
「あ……透香ちゃん下の部屋にいるから、呼んでこようか?」
勇也は気を利かせてくれたのか、そう提案してくれる。
「あ、ありがと……」
紫英莉は落ち着きを取り戻したその瞬間……
『ドンッ!』
天井の方……おそらく屋根から何かが落ちるような音が聞こえた。
「も、もしかして……!」
勇也は歓喜の混じった驚きの声を上げる。
「愛美……ちゃん?」
紫英莉もそうであってほしいと願った。
しばらくすると、急いで階段の登る音が聞こえる。そのせわしない感じに、ホッとした。
「良かったね……」
「あぁ……!」
『ドンッ!』
大きな音を立てて扉が開く。
「二人とも……!逃げて!」
突然に部屋に入ってきた愛美は、焦った表情でそう告げる。
「ちょっと先輩!いきなりどうしたんですか!?」
彼女の後ろからシエラもそう問い掛ける。
他の二人もいるようだ。
「あたしは今からあの魔神の化け物を子分諸とも潰しに行く。だから三人は……」
彼女は後ろの仲間に向かって振り向く。
「紫英莉と勇也を連れて逃げて……!いや、逃げなさい」
彼女は命令形に直し、三人へ伝える。
「なぁ、愛美。もしその傷がそいつらに付けられたって言うなら、僕は止めるよ。
いくら愛美の指示であっても、皆が首を縦に振ったとしても、一人でなんかいかせない。」
後ろにいた透香の兄、焔は彼女に向かって真剣な眼差しで否定する。
「だったらあなたがどうにかできるの……?」
愛美は焔を睨み、反抗の態度を見せる。
「君はまだ誰かならこうする。こう言う。だけど私は違うって、何の根拠も考えも無しに突っ走ってる。
この前だって……僕らのことを考えていないように見せ掛けて、本当は後ろめたい気持ちがあったはずだよ。
だから君は前を向く振りをして、またそれから逃げた。
そんな覚悟で行かせる訳にはいかない!」
焔は、彼女が口答えをする間も与えない位はっきりと言った。
「誰って誰よ……あたしが嘘を吐いてるとでも言いたいの!?
ねぇ、あんたはさ……何が言いたいの?」
本心を見抜かれ、感情的になった愛美は暗い声で拳を握る。
「そんな不安定な考えじゃ、足元をすくわれる。一番分かってるはずだよ」
焔の言う通り、足元をすくわれたからこんな傷を追って……無茶をすることしか出来なかった。
「えぇ、そうよ。あたしが足元をすくわれたのは無知だったから。
それを冷静に察知することも出来なかったから。
でも……あたし一人でやるしか!」
愛美は悔しい気持ちを震える拳で抑える。
震える声でもはっきりと、意思を露にしようとした。
「愛美、ちゃん……!」
紫英莉は辛い体を再び起こすと、愛美に語りかける。
「おい紫英莉!無茶すんな!」
勇也がそれを止めようとするも、制止の手から伝わる彼女の気持ちを止めることは出来なかった。
「言ったよ……?わたし……一人でやるより、誰かと一緒なら……」
紫英莉はアドバイスした言葉を愛美に思い出させようとする。
「だから!誰かって誰ですか!!あたしにそんなやつ……!」
愛美は自分に助けが来ないことを主張する。自分の感情で一番早く動いてきた。そう思い込む彼女は、自分や人を過小評価し過ぎている。
「いるよ……!私が、保証する……!
きっとあなたが一番に助ける人は……
あなたが選び抜いて信頼する人達は……
絶対にあなたを裏切ったりしない……!
必ず……!あなたを助けに来る!
だから、一人で抱え込もうとして……
逃げちゃダメっ……!
それはあなたの正義なんかじゃ、ない……!」
でも紫英莉は、言葉につっかえながらも彼女を説得する。
もっと周りを信じていいんだよと。
「確かにあなたが目指そうとした人は、あなたに似てるのかもしれない……!
でもあなたが駆け付けた時、その人はあなたの手を振り払ったの……?」
続けて紫英莉は、一番信頼しているであろう弟さんのことを話に出す。
「いや……違う」
愛美は首を振り、腕で涙を拭う。
「そうよね……?
あなたみたいに照れ屋だったら、待ってたよって言わなくても……
あなたのことを信頼して良かったって……
げほっ!げほっ……!」
紫英莉は途中まで話すと、また噎せてしまう。
「紫英莉……!だ、大丈夫か……?
ゆっくり……な?」
勇也は彼女を心配するが、伝えたい気持ちを尊重して落ち着かせる。
「うん……ありがと。
こういう風にありがとうって……
言ってくれたと思うな。私は……」
紫英莉は最後の言葉を伝えると、勇也にもたれ掛って目を瞑り休憩する。
「紫英莉、お疲れさん……
あ、透香ちゃん……?紫英莉の体を拭いてあげてくれ。結構寝苦しいみたいなんだ」
勇也は紫英莉に優しくそう伝えると、透香に彼女の身の世話をやってもらうように頼んだ。
「あ、うん……わかりました」
透香はこくりと頷く。
その部屋は彼女に任せて、残りの四人は愛美の泊まっていた隣の空き部屋へ移動する。
「で、リリスは……」
勇也がリリスのことを愛美に聞く。
「しくじったわ……十二時までにあんた達二人を連れ戻さなければ、襲いに来る……!」
愛美は座ったまま拳を握る。
「大丈夫だ、愛美。落ち着いて……」
焔は彼女の拳に手を重ねて落ち着かせる。
「わ、分かってるわよ……!だ、だから人がいる前でその手はやめて……!」
愛美は照れながらも、その手を優しく持ち上げて本人の膝に戻す。
「今度からはモンスターの知識なんていらないなんて言わないでくださいね?先輩」
シエラもえっへんと胸を張って誇らしげにする。
「無のエネルギーを変化させるなんて……分からなかったわ」
愛美は溜め息を吐きながら後悔の声を漏らす。
「ちなみそれ、悪魔に対する基礎です」
またしてもニヤニヤと胸を張るシエラ。
「うぅ……」
愛美は少し落ち込む様子を見せる。
「焔さん……?助けは呼んだ?」
勇也は名前の呼び方も定着しないまま、応援を呼んだのか聞いてみる。
「焔でいいよ。
うん、呼ぶには呼んだけど……
遅かったから明日の朝まではかかるかもしれない」
焔が自信がなさそうにそう答えた時……
「あっ、朝!?あいつはこの緊急事態に何考えてんのよッ……!」
愛美は拳を握り、焦った表情になる。
「ご、ごめん……」
彼は俯き、更に元気を失くす。
「あ、ここ、こっちこそいきなり怒ってごめん……」
彼女もハッと自分の言ったことに気付き、彼へ謝る。
勇也はその場で悟った。二人が多少特別に想い合う関係にあることを。
(ははーん……透香ちゃんが駄々こねてる感じか)
「先輩……!どうして乱威智さんが夜のうちに間に合わないといけないんですか!」
シエラが踏み切った質問をする。
(え、姉弟との三角関係!?)
勇也は恋愛漫画や小説を読んだ知識で、直感的にそう思ってしまう。
「愛美……ちゃん?そ、そうなの?」
焔もちょっと気まずそうな顔をする。
「え、ちょっとまって何が?と、ともかく今しっかり皆に説明するから……!」
愛美は二人を落ち着かせようと、両手で二人をステイさせる。
「例えあいつを倒しても、あいつが女の神である以上……必ずシュプ=ニグラスが回収に来る。それは夜のうちだけ。つまりのんびりしてたら奴に獲物を取られるか纏めて木っ端微塵ってことよ」
愛美は簡潔に理由を説明する。
「ひぇっ……そんなやばいのかよ」
それが本当かどうにしろ、愛美さん以上の力を持ったあの黒髪女神さんが襲いかかってくる。勇也は想像するなりゾッとしている。
「どうして夜じゃなきゃダメなのか……」
愛美がそこまで言った時、勇也はとある講義余他話を思い出した。
古代エジプトの壁面では、死ぬと夜に女神の腹の中を通り、朝に目覚め死と再生を繰り返す……それがミイラ信仰だ。
徹夜明け。授業中眠れないタイプの彼は、おじいさん講師のうんちくを、ぼんやりと聞いていたのを思い出す。
「そうか!古代エジプトの壁画か……!朝に目覚め死と再生を繰り返す。地球でそんな遺物が残ってるんだ」
勇也は話を遮って声を上げる。
「へぇ……違う国なのに知ってるんだ」
愛美に感心される。なんか子供に見られているような気分で悪い気はしなかった。
「いやいや、そっちこそ違う星でしょ?」
逆に何故知っているのか聞いてみる。
「こっちには色々と因縁があるのよ……!それに、あいつと戦える各国有力候補があたし達に顔負けなようじゃね。あたし達が先陣切って頑張るしかないでしょ……!」
愛美は自信ありげな顔で話し、引き締まった凛々しい表情へ戻す。
自らの拳と拳を合わせていた。
何故か心強い。その場にいる皆を奮い立たせてくれるような熱い強さ。
だけど服は汚れていて若干電気の焦げた匂いもする。
「もぉー、相手が魔神だなんて聞いてないですよ~」
シエラはベッドへ仰向けに寝転がる。だが、満更でもない口調で文句を言う。
「全く……何のためにここまでマーク張ったと思ってんのよ。あいつは、リリスは絶対に渡さない。絶対に阻止するわ……!」
愛美は深い因縁を持っているのか、悔しそうに強い口調で呟く。
彼女に紫英莉の気持ちが伝わったのか、皆でリリスに立ち向かうことになった。
愛美が一人で宿のお風呂に入っている途中、紫英莉の様子を見に行った。
勇也はベッドに座り、彼女へ大切な話をしようとしていた。
「薬飲んで少し落ち着いたか?」
「うん……」
落ち着いているのか、ぼんやりしているのか力の抜けた返事が聞こえる。
(寝そうだな……)
寝かして行くってのもありだけど、勇也には命の恩人である彼女の気持ちを無下には出来なかった。
「なぁ、これから俺達皆で――」
勇也は決意したのか後ろへ向き、彼女に待っていてほしいと話そうとした。
「ついてく」
紫英莉は後ろからギュッと抱き着き、勇也は動揺している。
「お、お前……」
勇也の頭の中では二人で一緒に待っていたいと願ってしまう。
(でももしそれで……最悪な結果になるなら……)
「足手まといでも……ねぇ、勇也には分かるでしょ……?」
彼女は掠れた声で、最後のお願いを頼むかのように声を捻り出している。
(俺は……皆とどうしたいんだ?何の為に強くなろうとして……)
勇也は彼女の目を見ながら、真剣に考える。
「俺は……あの人達と一緒に戦いたい。紫英莉もそうなら、俺は命を懸けてもお前を守る……!」
勇也は自分の言葉で、明かさなかった本心を明かす。
(守る為に嘘を吐くのはもうやめだ……!)
「うん……!ありがと……!」
紫英莉は嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、それまではゆっくり休むんだ」
勇也は彼女へ布団を被せて、横にならせる。
先程の部屋に戻り、お風呂上がりの愛美と皆にその話をした。
「あ、あんた何言って……!るんですか!?」
突然透香に胸ぐらを掴まれる勇也。
敬語を思い出したのか、口調を変えて落ち着くと不機嫌そうにしている。
「どれぐらい危険な相手かは分かってますよね?」
シエラさんが暗いトーンで聞き返す。
だが、彼は愛美の方を見る。
指示を仰いでいるようだ。
「はぁ……まあそうなるとは思ってたわ。あたしが五人の仲間も守れなかったなんて言われたら兄弟に笑われるわね」
溜め息を吐きながら、彼女はその条件を了承する。
勇也は一番反対されるかと考えていたのか、驚きで言葉も出ない。
「愛美、相手が相手だよ?覚悟はできてるの?」
焔も彼女のことを心配し、確認を取る。
「あんた……弟子に入れて~なんて言ってた頃より随分強くなったわね」
愛美はニヤニヤしながら彼の顔の目の前までにじりよる。
あまりの近さに焔も驚いている。
(やっぱりこれは……お互いに自分の気持ちと、相手の気持ちに気付いてないやつ……)
その絶妙な距離は見れば分かると言わんばかり。完全に信頼しあっている雰囲気だ。
「んじゃあ!陣形変更ね!」
透香は顔を赤らめながら、その二人の間に入り距離を引き剥がす。
二人は離れた途端に少し悲しそうな顔をする。
(うーーん。良き)
シエラに左肩をトントンと突付かれる。
満面の笑みでニヤニヤしている。
彼もこの三人を見ていると楽しくなるのだろう。
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