第10話~繁殖期ゴブリンの弱点~
「うぅ……」
眠たい朝。ここ何日かの規則正しい生活で朝は勝手に目が覚めてしまう。
(もうちょっと……)
寝相を変えて振り返ると……なんかごつごつした素肌に触れた。
「へ?」
「ぐぐぅ……」
上半身裸の勇也が寝ていた。
急いで振り返って見なかった事にする。
(あれ?いやいや、昨日はちゃんと疲れて寝たはず……!こいつが先に寝たのは気付いてたぞ私……)
昨日の夜の記憶を探るも怪しい事は一つも見当たらない。ダブルベッド以外の部屋が中々空かない事を抜いて。
(私……もしかして寝てる間に……)
自分の部屋着に触れるも乱れは一つも無く、胸も元の貧乳に戻っている。
(別に戻らなくても……いやいや!こいつの為にも私の身の安全の為にもそれはまずい……!)
彼女は自分の胸を触りながら考え事をする。
「ん?」
シーツと体の間に何かが挟まっているのか違和感を感じる。
手でそれを取ってみると……男物のパンツ、トランクスだった……!?
(な、何で……!!ってことは今こいつは……)
抱き着かれないようにする為、彼との間に布団で壁を作る。
(ま、まさか……)
一つ浮かぶ可能性は彼がもう我慢できなくなった。これしか思い付かなかった。
「くんくん……わ、ほんとのやつだこれ……」
匂いを嗅いでみると、男臭さでは無い変な臭いがした。他には勇也特有の良い匂いがする。
(何やってんだ私……)
「起きよ……」
お腹も空いてきたし、とりあえずベッドから抜け出す事にした。
二人は着替えると、朝食を済ませて街をぶらぶらしていた。
「どうやってあいつら倒す……?」
「うーん……」
勇也の問いに紫英莉は考えるも、先程の上半身が頭に焼き付いて離れない。
「なあ。あいつら、火に弱いんだよな?」
「そうね。凄いビビってたみたいだし、私達の攻撃でも即死だったもんね」
不意打ちとは言え、一発KOは弱点の証拠だ。
「もしかして……油って効くんじゃねぇか?」
勇也の突然な発言に、紫英莉はきょとんとする。
「油……?そっか……!ナイスアイディアよ!」
でもすぐその意味に気付いたのか、紫英莉は喜びながら彼を褒める。
「ああ!俺が撒き散らして、お前はあのシールドで防御!」
「おっけい!」
その作戦を即採用し、食用油やガソリンを街の人や店から購入した。
二~三リットル程買ってしまった。あとはマジックポイント回復のポーションを少し。
どうやらこの星ではポーションの類いがかなり高いらしい……
上位モンスターの体液を必要とするからという噂だった。
「ポーション一個の半分のお金で買えたね……」
草原を歩きながら、袋に詰まった沢山の油のプラスチック容器を見る。
「まあ、元がレア物らしいしな……しかもこの時期、体液系取るには捨て身じゃないときついだろ……」
彼の言う通り、繁殖期は相当辛いのかもしれない。
「てか、あんたって、意外と頭良いわね……」
重い油の袋を持ち変えながら、紫英莉は彼に話しかける。
「へへっ、どうだ?付き合う気になったか?」
「あんたそれ別の意味の突き合うでしょ……」
こいつがニヤついた時の思考は分かりやすい。大体エロい事かしょうもない事を考えている。
「ふへへ」
勇也はにたにたと嬉しそうに笑う。
そして彼を仲間として、異性としても認めている自分が何か恥ずかしい……
「あ、着いたわよ」
「よし!油は任せろ!」
作戦はこうだ。彼がまずゴブリンの群れに油をぶっかける。
その間紫英莉は、後方から炎の玉の魔法を詠唱する。
そして彼が後ろに下がり次第それを打ち放ち、即座に特殊系のシールドを詠唱して洞窟をしばらく塞ぐ。
現場に着いた二人はランプを点けると、忍び足でゴブリンの寝床に侵入する。
彼等は武装しながら眠っていた。
『ゴー!』
紫英莉は小声で彼にゴーサインを出す。
それと同時に小声で火の玉の術式を詠唱する。
『ファイアボール……!』
勇也は油を全力でゴブリンの群れにぶっかける。勿論彼等は少し遅れてから起き出す。
「グゥゥエェ……?」
「ガァァウ?ウガァァア!!」
紫英莉は火の玉の詠唱を完了させて、あとは発射するだけだ。
「こんなもんか……よし、いいぞ!」
彼は紫英莉の近くに近寄ると、奴等の遠距離攻撃を警戒して盾を構えてくれる。
紫英莉はその隙間から火の玉を放つ。
直ぐに魔法防御シールドを詠唱する。
『マジックバリア!』
透明且つ虹色に輝くシールドが生成され、洞窟内を密封状態にする。
「ウギャァァアア!!」
「アガァァアア!!」
残酷な叫び声が燃え盛る炎の中から聞こえる。
「すまんなゴブリン。来世で人間として会おうぜ……」
「そうね……」
現実として見ると悲しいが、これしかまともな攻略法は無かっただろう。
しばらくすると、火は落ち着いてくる。燃やす空気が無くなったのか沈下していった。
「今いくつだ?」
「109よ。案外ギリギリだったね……」
クエストシートを見ると、109という文字が浮かび上がっていたのを彼に見せる。
「よし、帰ってゆっくりするかぁ……」
「そうね。なんかどっと疲れたわ……」
連続で魔法を使ったからか、少し疲労感がある。
「え、勝利後のえっちなご褒美は……」
「あなたさぁ……」
紫英莉は他人を論ずるかのような呆れ口調で答える。
「へへっ、冗談だよ。魔法詠唱お疲れさん」
「ね、ねえ?」
紫英莉は踏み切って気になっていた質問をする。
「朝なんで裸だったの?」
「お前で抜いたからだ」
真顔で率直過ぎる答えが返ってきた。
(だめねここ……キザっぽいのは慣れてきたけど……)
紫英莉が頭を抱えて首を左右に振る。
「俺は早くお前と初体験したいんだけどなぁ……」
「あのね?私、セ●レじゃないんだよ?宇宙の知らない星にすっ飛ばされた日本人同士なんだよ?」
勇也はどうしても精欲が強いのか、また性行為の交渉に出てくる。
だから紫英莉はそんな彼を論ずる。
「俺はハーフの娘……というより紫英莉みたいな二次元っぽい娘が大好きなんだけどなぁ」
恥ずかしいはずの台詞も、彼はすんなりと口にする。
「や、やめなさいよばか……」
「お!恥ずかしいのか……!?これはもうこの後滅茶苦茶しましたのパターンしかないな!」
「はぁ……」
溜め息を隠せないまま、街へと戻った。
これからこいつの性欲をどう回避できるか。そちらの方が不安だった。
クエスト報告を済ませて、お昼ご飯を食べた後の事。
また繁殖期クエストを受ける……
今度は夜行性コウモリの大群だそうだ。
なので二人は宿で仮眠を取ることにした。
ダブルベッドに潜り、紫英莉は嫌な予感をひしひしと感じていた。
(はぁ……絶対あいつ元気でしょ……)
「ぐぅ……すぅ……」
背後にいる勇也からいびきが聞こえる。
(え……絶対寝たフリでしょ!そこで安心して私が眠ったとこを……)
「すぅ、すぅ……」
いびきは寝息に変わる。
(もしかして……寝不足?あー、そっか)
今朝全裸だったこともあるが、いつも起きるのが早いはずの勇也が中々起きてこなかった。
「洗濯物とかも残ってるし……やっちゃおうかな」
紫英莉はそれでも彼を信じきれないので、ダブルベッドから這い上がると木の桶に入れておいた洗濯物を持っていく。
「んむぅ……おーい、どこいくんだー?」
寝惚けた様子の彼に聞かれる。
(やっぱり起きてたのね……)
でも演技にしてはやけに元気がない。
「ん?洗濯物残ってたからそれだけ……って何か顔赤くない?」
よく勇也の顔を見ると目の下がやけに赤い。
「んあ……?そうかー?まぁ、確かに……ちょっと、怠いような……」
ゴロゴロしている彼は布団を肩まで被り直す。
「まさか風邪……?や、やめてよねシコって風邪とか……てかあんた女の子の前でかなり最低な事してるわよ……」
「うぅん……すぅ……」
この先が不安になってくる。
「繁殖期いつ終わるのよ……でも終わったら終わったで冬……てかこの星にもちゃんと来るのかな……あー、でも月と太陽が来るなら少なからずともあるわよね」
実況癖が抜けていないのか、紫英莉は廊下を歩きながら独り言を喋っていた。
洗濯物を洗い、干すために部屋へ持って帰ってくると……
「うぅ……やめろぉ……」
勇也は顔を真っ赤にして
それはもう悪夢を見ているような嫌悪の表情だった。
「ちょ、ちょっと大丈夫……?少し休めば……」
でも紫英莉はふとした事に気付く。
ここは別の空気や別の物質、未知の菌やウイルスが存在していてもおかしくはない。
前に定時制の高校で、外来種の授業をうっすらと思い出す。
「夜の高校ほんと楽しかったなぁ……楽しくなさそうな人もいたけど……」
私は友達に恵まれた方だったから、そういういざこざした事はあまり無かった。
考えが逸れてしまったが、いきなり変な外気に触れて何かを引き起こした。なーんて事の可能性もある。
「夜ご飯の時起きなかったら――ってその頃病院もやってないか……うーん……」
彼の命を心配するならば今すぐに町医者を呼んできた方が良いのかもしれない。
どうせ風邪、だとしても抗生剤なんてものはあるのだろうか……?
「善は急げ、早起きは三文の徳、万事休すとも言うし……」
今までもその通りに早く動いて助かった。なーんて事は沢山あった。
さっさと洗濯物をクローゼットのハンガーを取り出して部屋内に干す。
そして彼の元へと寄って様子を見る。
「おーい、大丈夫?」
軽く揺すってみるも、その手を力無く拒まれてしまう。
「ちょ、ちょっと力弱っ……!ちょ、おでこ失礼するわよ……!?あっつ……!」
おでこを触ると、高熱なのかかなり温まっていた。
「呼んだ方が良いわね……ちょっと!聞いてる?医者の場所探してくるから!」
「うぅん……わか、た……」
彼は喋る事すら辛そうだ……
早いも何も洗濯物を干す前に判断するべきだったのかもしれない。
街のお世話になっている人や商人に聞いてみると、町医者はいるようだ……
まあここまで活気のある西洋風の街なら、町医者の一人や二人いなくてはおかしい。
そして幸いにも明日は休業日。
(危なかった……)
医院へ赴き、事情を看護師に相談した……何故そうなったかも含めて……
恥ずかしいけど仕方ない。医者にははっきり事実を伝えなければ治る訳がない。
そうすると……
看護師は慌てた様子で医師を呼んだ……
勿論嫌な予感がした。
三十代位の黒髪眼鏡の男性医が医療バッグを持って出てくると、案内してほしいとのことだった……
(あーやったわ……あいつ間違い無くやった……)
推理する間も無く告げられたのは……
医師からは繁殖期特有の病気、淫魔病の可能性があるとのことだった。
性的に弱体化した状態で、淫魔……つまりサキュバスの発するフェロモンウイルスに感染すると発症するらしい。
私達を助けてくれた愛美さん達。
彼女達も毎年、ここの繁殖期モンスターの討伐を手伝ってくれる優秀な能力者なのらしい。
「うん、これは淫魔病だ……」
「やっぱり……」
一つ気になっていた性的に弱体化した状態。誘惑の能力を使い、発情スライムの液を浴びた事。
彼が私を気遣ってたのか、来てからずっと発情を抑えていたこと。が原因らしい。
(そうは見えなかったけど……)
確かに部屋のゴミにもそれらしき物は無かったし、医者がソレ専用のゴーグルをかけても手に反応は無かったらしい。
「あのー、治るんですか……?というか実は私もスライムの液を……」
医師が彼を診た後に質問をしてみる。
「いや、大丈夫です。女性はかからないので。
そういう物に抵抗がない男性且つ、性欲を我慢しなきゃならない同棲の人とかによく見らます。
治るのかはまず薬が効くのか次第ですね。
効かなければ、一週間以内にそのサキュバスを倒さないと遠隔で精気を吸われ続けます……」
「なるほど……」
かなり深刻そうに話すので、ちょっとどころか凄く心配になってきた……
「な、何やってるのよもう……」
一人呟くと、医師に真剣な声色で質問される。
「何度か体を求めるように言われたりしましたか……?」
「え、まあありましたね……断りましたけど……」
ありのままに事実を話す。
「その時点で恐らく潜伏期間に入っていたでしょう……」
(異世界生活辛すぎる……)
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