第9話~ゴブリンってヤバいんじゃ……~
「あーさーだーぞー!おーきーろー!!」
朝七時半。
悪戯男に体を揺すられるも、紫英莉は起きない。
「んん~~、もうちょっとぉ……」
「無理無理、さっさとクエストこなして強い装備作って他の星に行こーうぜ~~」
また何度も体を揺する。
「ふへへ、ならばこうだ……!」
彼が紫英莉のショートパンツに手を添え……
「えーいっ!起きなかったら脱がせていくぅ~~」
「う~~、さむいぃ~」
紫英莉は布団を被るも、違和感を感じる。
「あれ……?」
下半身に直で触れる布団の感触。
「あ、ショートパンツとパンツも一緒に……」
「なっ!?」
彼女は完全に目を覚まして、布団を引き寄せる。
「おい、パンツ返し――」
「あれ?なんか染みてない?くんくん……」
返却申請は破棄されるどころか、彼はショートパンツを鼻に近付ける。
「やーめーろぉぉー!!」
「おしっこと女の子の良い香りが……」
人生史上最低最悪の朝だった。
朝食後、街を歩いて行き場を探していると……
「ごめんて……ゴブリン行こうぜ」
「やだ」
どうしてもこいつはゴブリン退治のクエストに行きたいらしい。
「しかも、皆一辺にいなくなっちゃったし……一回宿に戻って――」
「えへ、エッチなことする?」
ここに来て段々とコイツの頭は腐り始めている気がする。
「は?なんであんたみたいなやつと……しなきゃなんないのよ……!」
途中まで言って、その選択肢を想像すると顔が赤くなる。
「あ、今想像した?想像したろ?大丈夫だ!俺のは長さも太さもゴブリンに負けない……!多分」
大口を叩いたと自覚したのか、彼は少し小声になる。
「はぁ……」
「へへっ」
冗談で面白がる彼はまたにへへと笑う。
「繁殖期よ?ゲームじゃないこと位分かるでしょ!?」
ちょっと怒りながらそう訴えると……
「俺もだぞー、あれから何もしてない。だからこそ、初体験を……!」
手をもみくちゃにして、紫英莉へにへへと笑いかける。
「童貞」
「処女ニート」
ブーメランが返ってきた。
「うるさい……!処女は買えても童貞は買える価値ないんだから……!」
「じゃーもらってくれよー」
ちょっと強めの言葉を言っても、へこたれずにまた交渉してくる。
(繁殖期めんどくせー……)
「嫌だったらゴブリンだ。案外大したことないかもしれない」
「スライムすら倒したことないのに?」
「それはそれ、これはこれ」
「はぁ……」
紫英莉が何を言っても、彼の表情は変わらない。
何かのゲームと勘違いしてるのであれば、彼を置いて今すぐ逃げたい。
宿に戻ればオッケーサインと勘違いし襲われる事間違いない。
なので二人は街の外へ出ることになった。
「あ、あそこだぞ。あのちっちゃい
「見えるわよ……!」
勇也はわざとらしく小さい洞穴を指差す。
そしてちゃっかりと私の肩に触れてくる。
『パッ』
払い落とすと……
『ポン』
今度は頭に乗っけてきた。
(年下だからって自立した大人をバカにしやがって……)
「ね、ねぇ?これさ、ゲームじゃないんだよ?せめて素振りとか……」
「ダメダメ、MPとかスタミナが勿体無いだろ?」
(ダメだコイツ……)
「じゃ、ゴーー!」
「ちょ、ちょっと!まずそうだったらまた戻るからね!!」
洞穴にスキップしていく彼を追いかけて、紫英莉も洞穴に入る。
「ちょっと!段々真っ暗になってきたんだけど……!」
ヒソヒソ声で彼に問いかける。
「炎の魔法だ。シエラになんか書物とか買って貰ったろ?」
彼に言われて気付く。火の書、水の書、雷の書。最低限の魔法書を買って貰っていた。
「そっかそういえば……」
あまり音を立てないように、バッグの中を漁る。
「本、本……あった……!」
紫英莉は取り出した三つの本を、手触りでどれかを確認する。
そして一つの火のスタンプマークがついた物を選び、他の本をしまう。
「えっと……」
「どうやって詠唱するかは知らないぞ……?」
二人はこそこそと喋る。だがあまり良い状況ではないようだ。
「適当に小声でやるし……!」
「お、おう……」
彼の心配を振り切り、紫英莉は適当に詠唱する。
「ファイヤー!」
本の先っちょから火炎放射が発射される。
火炎放射に触れそうになった勇也は慌てて避ける。
「わわっ!?あっぶな!」
「しーーっ……!」
慌てて静かにするよう促すが、特に変化はない。
「ちょっと……後ろにいて……!」
「了解……!」
近付いてそう指示すると、彼は後ろに付く。そして暇あらばお尻を揉む。
「やめて……!」
「はーい……」
ちょっと強めに拒否するとその手は離れた。
「灯火って英語で何だっけ?」
英語で詠唱するのは分かったけど、肝心の英語が分からない……
「おい……灯りはランプ。だからランプライトだ」
「あざっす……!」
丁寧に教えてくれるので、多少調子に乗った感じでお礼をすると……
「ひゃんっ……!だから揉まないでって……」
「…………」
無視だ。お尻を揉んだ手を離すどころか腰に手を回してきた。
「ご、ごめんなさい……」
「よろしい」
そうすると手を離してくれた。
(めんどくせぇ……!)
「ランプライト……!」
そう詠唱すると、彼女の一歩先に人魂のような灯火が点いた。
「ナイス……!敵は……まだいないみたいだな」
しばらくそのまま先に進むと……
『ググゥー、グガガァー』
いびきが聞こえる。恐らくゴブリンだろう。
「ねぇ勇也、その石の剣見せて」
「おう……!」
紫英莉はあることを思い付き、武器のページを開く。
「ストーンソード……ファイヤーウェアー!」
詠唱は優しく単語の固まりになっている。
(緊急時にも使えるためかな……?)
『ボッ!ボボボッ!』
石剣に炎が灯される。
「よし、後は任せろ!」
彼は自信ありげに炎剣を持つと、居合いの構えをする。
「剣道って……」
「時と場合によってそこは考えないとなッ!!」
彼は駆け出しながら、おもいっきり剣を振り回す。
それはゴブリンの首もとを綺麗に刈り取る。
「凄い……」
ゴブリンは血を吹き出しながら無言で倒れ、火が死体を燃やす。
「グェッ……?」
「はッ……!」
彼は声を抑え、次のゴブリンの首中心を炎剣で突く。
ナイスダブルキルだ。
「へっ、へへっ……はぁ、はぁ……」
彼は少し笑うも、息を上げている。
(あ、あれ……?もうスタミナ切れた?)
「ファイアレーザー……!」
ニメートル離れたまま、眠るゴブリンに照準を合わせてレーザー光線を放つ。
『ジュジュゥゥ……』
「おお……」
綺麗にゴブリンの首を焼き切る。
「起きたのはお願いね……?」
「おっす……!」
彼にそう伝えるとバッグの中からマジックポーションを取り出す。
(打てなくなったら使うって感じね……)
これは行けるかもしれない。そう思った時だった。
「ウグゥ?ウゴォォォオ!!」
奥のゴブリンが異変を察知して叫びだす。
だが……
「ガバッ……」
勇也の突きが炸裂したのか倒れていく。
「ウグゥ?」
「ウガァァ!!」
「ゴォォォオオオオ!!」
甲高いゴブリンの声がいくつか聞こえた後、野太い大型ゴブリンの声がする……
「ま、まずいんじゃ……」
「こ、困った時は……」
「すこになれ?違うでしょ!逃げるのよ!ビッグバックシールド!」
紫英莉はノリツッコミをしながらも、昨日の余った資金で買っといた予備魔法本を開く。
そして振り返りながら呪文を放ち、シールドを開く。
「逃げるわよ!」
『ドゴォンッ!』
「グゥエッ!」
振り返った時、シールドが小ゴブリン数体に当たって時間を稼げたようだ。
(ラッキー!)
「ナイス!」
勇也の声と共に二人は駆け出し、洞穴の外まで逃げてきた。
「はぁ、はぁ……」
「うぅ……めっちゃ重い、コレ……」
二人は息を荒げて草原の地面に座り込む。
彼は重そうな素振りで盾を下ろし、その場に置く。
「グェーーッ!!」
「ま、まじかよ……」
彼は再び盾を背負って立ち上がる。
「ご、ごめん……足釣っちゃった……」
「まじかよ!!」
「ぷふっ、そ、その物真似やめて……」
彼の大袈裟な反応に紫英莉はお腹を抑えて笑ってしまう。
「へっ、ここで頑張らなきゃ男が
彼は盾のベルトを前に回して抱えると、紫英莉を背負う。
「あ、ありがと……」
「へへっ」
背負った手を紫英莉のお尻に触れる。そのまま内側まで手を回してきて……
「それ以降はアウトよ……」
冷めた声で彼に警告する。
「へいへい、どうせこんな重いの沢山背負ってたらそこまで気回らねえよ。お尻がぺちゃんこにならないように力入れろよ?」
「…………」
ただでさえ年下に助けられている状況だ。
彼の
悲しいことを言うのならば、何せ出会って数日しか経っていない。
今までこいつがどんな事をしてきたかなんて知りもしないのだから……
「な、なんだよ急に……腕回してぎゅっと掴んでくるなんて」
「別に良いじゃない……」
彼女はこの世界で……
戦闘が当たり前の厳しい世界で……
誰かと助け合って生きていかなければならないと、改めて自覚した。
――一時間後――
二人はギルドの食堂で昼御飯を食べていた。
「で、あの数とでかい奴……どうすんのよ」
「そうだな……でも奴等が襲いかかる隙はあったはずなのに距離を詰めなかった。恐らく火が苦手なんだろうな。もぐもぐ……」
彼はこんな状況でも平気な顔で肉料理を食っている……
かくいう紫英莉は……先程のゴブリンがフラッシュバックしてしまい、野菜料理しか頼めなかった。
「おーい?聞いてるかー?」
「ふぇ?」
彼の考察を流していたら問い掛けられた。
「おいおい、全然箸が進んでないぞ。具合悪いか?宿に帰って一緒に風呂でも――」
「元気だから!はむ!もぐもぐ!」
彼のにやけた陽気さにイラついて食欲が湧いてきた。
「ちゃ、ちゃんと噛んで食えよー?」
「なによ……!ワンチャン入れるとでも思ってたの?」
「そうだな変身前なら」
その言葉だけはカチーンと来た。
なので頬をレタスで膨らませながら投げキッスをする。
「あ」
『ぱふ』
変な効果音と共に、彼女の服は全てテーブルの上に畳まれている。
「ちょ!おま!バカか!?」
「ぬぁ、なぁによ……!あんたがあたしをバカにしたからでしょ!」
紫英莉はフォークを強く手放してテーブルに放ると、顔を真っ赤にして両腕で胸を隠す。
ひらひらと何かが舞って彼の頭に着地する。
「ん?こ、これって……」
それは今日紫英莉が履いていた……ピンク色のレースのパンツだ。
「…………ッ!!」
顔はもう上げられない。そしてもうお嫁にも行けない。
「あ、ちょっと湿ってる~~。くんくん、あれ~~?おしっこの他に何か変な香りが――」
「えぐっ……うっ……ひっく……」
もうどうしようもなくて涙が溢れてくる。
「ご、ごめんごめん……!と、とりあえず!はい!」
彼はパンツを手に持たせてくれると、自分の冒険者マントを羽織らせてくれる。
「と、とりあえず……!バレてないみたいだから……!早く下で服着るんだ!」
小声で耳元で囁かれる。そして彼女はえづきながらこくりと頷いた。
「人いるのによくバレないな……ん?なんか緊急ニュースやってるのか……」
紫英莉は机の下でそれを聞きながらも着替えていた。
今日はデカパイ用の服じゃない。だから服がミチミチで勿論ブラジャーも着けられなかった……
『緊急速報です。
たった今、能力の複製、人体実験等を行っていた魔術船スターグレイ号が墜落し……
さ、最新の映像が届きました……!
警理隊の船と……
炎上した船の鎮火を終えたようです!』
速報という事もあり、普段のニュースとは全く違う慌てようだった。
そしてそれは……ギルド内も同じだった。
「おお!やっと捕まえてくれたのか!」
喜ぶものもいれば……
「最近の騎士団はほんと優秀だな……いつも積極的に動いてくれて安心できる」
安心している人もいる。
「あ、あぎとって何なんだ……?」
「知るわけ無いじゃない!」
机から出てきた紫英莉は不機嫌そうに勇也を突き放す。
「あ、じゃあいいもんね。シエラにパンツの事……」
「い、いじめるの……やめてよ……!」
紫英莉は悔しそうな表情で彼に怒る。
「い、意地悪も何も!お前が勝手に……!」
「おいおい、こんなめでたいニュースの時に喧嘩するんじゃないぞ……」
あの酒場のバーテンダー、リエスさんが近くに来てくれた。
「は、はい……」
「…………」
紫英莉はこくりと頷くだけで黙っている。
「はぁ……おい嬢ちゃん。またこの坊主にセクハラされたのか?」
全部が全部彼のせいという訳ではない。だから頷く事は出来なかった。
「おい坊主よ。この嬢ちゃんこんな優しいんだからあんまいじめてやるな?可愛いのは分かるが酷いことはそれなりに傷付くだろ?」
リエスさんは優しく勇也を説得すると、彼ははいと言って紫英莉の方へ向く。
「意地悪言って……ごめん」
「ほら?辛いのは分かるが、許してやってくれ、な?」
「うん……もう、酷いこと言わないでよ?」
「あ、ああ!約束する……!」
彼はいつもとは違う優しい笑顔で小指を差し出してくる。
紫英莉も彼と指切りしようと小指を近付ける。
「わっ!す、すまん!お、お前達が結婚してるだなんて知らずに、独身の俺が……も、申し訳ない……!」
何故かリエスさんに頭を下げられて謝られる。
「け、結婚……?」
「な、何言ってるんですか……リエスさん?」
「へ?だってお前ら小指を……」
困惑した彼は小首をかしげる。
(や、やばい……下手に出たら恥をかかせる……!)
「あ、そ、そうなんですよ~!俺達、もうそろそろ結婚しようかなーって考えてて……おい……!」
勇也がそう切り出すと、最後に小声で話に乗れと示唆してくる。
「そ、そうなんですよ……!け、喧嘩止めてくれてありがとうございます!」
紫英莉も慌ててフォローに入る。
「だ、だよな?結婚した時は教えてくれよ!うちの酒場で最高のご馳走と酒を用意するからよ!成人直後で結婚なんて……嬢ちゃんも中々やるなぁ……!?」
「は、はい……!えへへ」
褒められても全く嬉しくなかった。けど嬉しい気持ちは味わえた。
彼が席を離れても、まだニュースは続いていた。
「な、なあ?俺達さ、本当に結婚――」
勇也は余所余所しく、とんでもない発言をしようとする。
「は?」
「す、すみません……でもさ……俺、もうお前しか信じられないんだ……!」
両肩を掴まれて、真剣且つ焦った表情で告白まがいの言葉を告げられる。
「性欲何%?」
「ひ、一桁位……かなぁ?」
彼の目が一瞬、自分の胸に向いたことを紫英莉は見逃さなかった。
「あのね?そういうのはもっと大切な人と、デートとか沢山して……」
紫英莉が深々しく彼を説得しようとすると……
「きょ、今日だって男としてお前を守っただろ……?」
「そ、それはそうだけど……」
(な、何よ!この急なラブコメ要素……ちょっと意識しちゃうじゃん……!)
緊迫した状況に、目を逸らしてしまう。
「分かった!じゃあ、もうちょっと俺達が強くなって!俺の気持ちが変わらなければ……その時伝える……!」
勇也は決意めいた表情で意見を述べた。
「わ、分かったわ……とりあえず今は強くなって!この世界で生きれることが先決よ!」
「おう!」
いつもの雰囲気に何とか戻した。
(やっぱり男の性欲ってヤバいのね……)
ニュースの雰囲気が少し変わった。
『今!現騎士団長、
「へ?」
それは突然だった。間違いなく、幼馴染の名前が聞こえた。
「どうした?」
「い、いや……知り合いの名前が聞こえたような……」
「じょ、冗談だろ?こんな宇宙に位、同姓同名は……」
彼の言葉を遮るように、ニュースの映像が会見へと変わる。
それは、そこに映っていたのは……村上家と
結衣ちゃんだった。
姿は変わらぬ銀髪ストレートで少し分けられた前髪。重厚な騎士の格好をしていた。
「これからも竜の星、赤竜神星は警理隊含め宇宙のバックアップをしていただけるという方針なのでしょうか?」
「ええ、それは間違いありません。現在次の世代も同行して実践演習、指導を行っています。例え私達の代が任期を終えても、能力の秩序を乱させません」
インタビューの様子を見ると……明らかに彼女は疲れた目をしていた。
(何が……あったんだろう。昔はあんなに笑顔で優しかったのに……)
でも悪に対する厳格さは昔から変わらないところだった。
「し、知り合い……なのか?」
「うん……」
「行きたいんだろ?だったら目指すはそこしか……」
「そうだけど……」
こんな状況の二人が来ても足手まといになるだけだ……
「だったら!強くなろうぜ!俺達!シュブなんとかだっけ?あいつなんかを見返せる位!愛美さんやあの人達を驚かせる位!な!?」
勇也は本気で紫英莉を元気付けてくれる。
「ほ、ほんとに?」
「ああ!それまで俺はどこまでもお前に付いていくし、連れてってやる!もっかい、約束だ!」
もう一度手を差し出し、紫英莉の手を優しく取って、指切りをさせてくれる。
「ありがとう……!」
嬉し涙を滲ませた紫英莉は、心から彼に感謝した。
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