第5話~訳有りのスライム3000匹~

「はぁ、ぜぇ……はぁ……だぁああ」

 街に着くや否や紫英莉しえりは地面に仰向けで倒れる。

(も、もお、無理ぃ……走りすぎて、しぬぅ……)


「ぬわっ」

 その勢いでピンクのスライムこと……勇也も彼女の胸から飛び出す。


「おいおい……ちょっと数十メートル走っただけじゃんか」

 彼はスライムらしい甲高い声を上げて呆れている。


「私にとっては、一キロよ……」

「お、おい……」

 疲れも取れてきて、名言っぽく告げる。

 だが、彼は慌てた様子で問い掛けてくる。


「何よ……」

「あいつらまだ諦めてないぞ!」

 スライムは未だに彼の事を追い掛けているのか、街の外でキョロキョロしながらキューキューと鳴き声を上げている。


「じゃあ、うんしょ……さっさと変身解いたら?」

 紫英莉は起き上がると、彼に変身を解除を提案する。


「どうやって?」

 何でもかんでと聞いてくるのは構わないけど少し鬱陶しい。

(もしかしてコイツ……思考までスライムレベルに?)


「違う誰かを誘惑すれば良いじゃない。元の姿に戻るとは限らないけどー」

 今の紫英莉の胸や体つきを見る限り、しばらくは解けない。かもしくは一生このままの可能性が高い。

 服装は変えたいが体については満足そうだ。


「誰を……!」

「そんなの自分で考えてよ……21なんでしょ?」

 こういう時ばかりは年下で良かったと思う。(というかやっぱりリーダーシップなんて私に似合わないわ……)


「お前はぁぁッ!俺を!すこになれぇぇえ!」

「私の理想なんて叶えられ……って、え?」

 正直舐めていた。

 目の前には夢にも見た銀髪のイケメンが笑顔で微笑んでいる。


(わっ……タイプだぁ。いやいや!)

 彼女は目を逸らし、スライムの大群が戻っていく草原を見つめる。

「スライム、帰ってくわね」


「あれ?俺、今どんな姿?」

 自分では自分の姿が分からない。それは勿論そうだろう。


「髪色位は分かるでしょ?」

「わ、銀だ。あれー?どうしてシェリーちゃんは目を合わせたがらないのかな?」

 性格の部分まで変えることは出来ないらしい。


「で、どうすんのよ」

「出たよその口癖」

 ちょっとウザいが、イケメンだから怒るに怒れない。


「今日会ったばかりじゃない……ともかく、屁理屈はいいからあのスライムどうすんの?」

「倒すしかないな」

 一言返事しかない。この男には考える頭が無いのだろうか……


「あんなの広範囲の魔法が無いと数で押し潰されちゃうよ」

 あの量は、本当に押し潰されてセクハラどころか窒素してしまいそうだ……


「全然初心者用のクエストじゃないじゃん」

 今更だがその通りだ。あの素早さがあるなら、スライム百匹ですら大変だろう。


「まあ、恐らくあのカラフルな色は……繁殖期とかなんじゃない?」

「確かに今は10月だな」

「…………」

 率直過ぎる答えに言葉が出てこない。


「でもあれじゃ、ゴキブリを百匹潰せと言うのと同じじゃ……」

 彼女はゴキブリで気付いてしまった。


 確かにあの気持ち悪い甲殻は、燃えやすそうな程ツルッツルだ。


「燃やすのね!」

「燃やすのか!」

 二人の声がハモった。彼女は少し顔を赤らめる。


「こほん、スライムとはいえされど水分……!」

「熱したら蒸発するかもしれないな……!」

 紫英莉は軽く咳払いをした後、彼と目を合わせガッツポーズして結託する。

(この仲間との協力感あってこその異世界生活よね!)


「でもどうやって?」

 でも第一関門を突破しなきゃならない。一応彼に聞いてみることにした。

「そりゃあ薪を起こすんだろ。俺達が誘導したら俺達まで蒸発しちゃうな」

 彼は冗談にならないことをさらりと言い、笑っている。


「森を焼野原にしてスライムを狩るの?」

「うっ……」

 紫英莉はその結果に至るまでの無力さを告げる。


「私達、捕まっちゃうよぉ……」

「どうすりゃいいんだよぉ……」

 二人は陽が落ちる街の道端に膝を突き、絶望する。


『ぐるるぅ~~』

『ぎゅるるる~~』

 そして二人のお腹が同時に鳴り、街の生活音に掻き消されていく。


「ちょっと、邪魔……」

 160はある金髪ロングの髪、くりくりと暴れた天然パーマ。左目には黒い眼帯。

 黒いコートに薄着の黒シャツ。深緑のショートパンツに黒いスパッツ。


 そんな強そうな女性に邪魔だと言われているようだ……

 でも年齢は十代後半の若者に見える。

 そして……おっぱいも大きい。Dはあるね。


「退けって言ってるの分かる?」

「ちょっと先輩。そんなキツい言い方しちゃダメっすよ……!」

 横から来る同身長位の黒髪の男は、盗賊職のような西洋チックな忍装束を着ている。


「ど、どうしたんですか?」

 優しく声をかけてくれる天使のようだ……

 でも……明日が見えないし、関わったら少し危険な気もした……

 本当はコミュ症なだけかもしれない。


「だ、大丈夫です……行き倒れの屍とでも思ってください……」

「そう、じゃあ踏んで通らせてもらうわ」

 女の子は紫英莉の太ももを跨ぐことなく踏んで歩く。


「い、いたい……」

 普通に靴で踏まれているので、つい痛がってしまう。


「お願いしますッ!!」

 勇也は涙を流して、その踏まれた足のふくはぎに掴まる。


「余った武器でも何でも良いです!僕らに恵んでくださいぃ……!」

「お、お願いします……!」

 紫英莉も彼の後に続き、頭を下げる。


「は?それであたしに何のメリットがあるのよ」

 彼女のそれは、中々に心に刺さる言葉で芯を得ている。

 そして太ももはゴリゴリと踏まれている。


 道の邪魔までして武器まで譲ってくれなんておかしい話だ。

(わ、私……年下になじられてる)


「愛美先輩……!」

「何よ……」

 黒髪の男の子が話しかけると、愛美さんは困った表情をする。

「酷いことは先輩らしくないです……!」


「はぁ、分かってるわよ……!でも、貸しだからね?まず名前を教えなさい」

「村上 紫英莉です……」

「橘 勇也です……」

 助けてもらえるなら名前なんてどうでもいい。そんな気持ちで発した言葉だった。


「あれ?それって愛美先輩出身の竜の星の人の名前……?」

「あたし達の星から出る人はこんなヤワじゃないわ」

 二人は星が何だとかの話をしている。結構な強さで踏まれているからちょっとしんどい。


「わ、わかってますけど……!その、色々あるじゃないですか……地球とのアレコレーとか、乱威智先輩だってなんか複雑だって言ってたし……」

 後輩さんは地球とかライチが美味しいだとか……


「アイツそんなことまで吹き込んでたのね……!てか何口走ってんのよアンタ!」

 愛美さんは焦った様子で後輩の男の子の脇腹を小突いている。


(へ?今地球って……)

「ち、地球を知ってるんですか!?」

「お、俺達そこに住んでたのに、仮面のお姉さんに説得されて飛ばされたんです!」


「…………」

 愛美さんは苦虫を噛み潰したような気不味い顔を見せる。


「た、助けてくれなくてもいいですから……何か知ってることがあったら私達に教えてくだ――」

 紫英莉も必死に抗議するが、何故か愛美さんにモコモコワンピースの胸ぐらを掴まれる。


「いい……?頼む相手が違うわ。そういうのは赤い髪のクール気取りな奴にでも聞きなさい!」

 それはいわゆる本気マジな目だった。

 怒っているとかじゃなく、真面目に紫英莉へ訴えるかのような目をしていた。


「え、愛美先輩!それは間違ってます!」

「あ、ごめんなさ――間違ってないわ!」

 手を離すと彼女は一瞬申し訳無さそうな顔をする。だけどすぐに強がって、スタスタと……フラフラしながら走り去ってしまった。


「…………」

 紫英莉は黙ってしまった。人に突き放されたのなんて……いつ以来だろう。

「シェリー、やっぱり俺達ってもう……」

 勇也も力無さそうに問い掛けてくる。

 もう体を売らないと……ダメかもしれない……


「だ、大丈夫だから……!しっかり戦って生きれる位の手助けは僕がしてあげるから!」

 それは一差しの救いの手だった。


「ふぇ?」

「い、いいんですか!?」

 二人は涙を流し、天へとすがるような気持ちで後輩さんの方へ向く。

(嬉し涙ってこういうことなんだ……)


「勿論!」

(あ、ありがたい……)

「で、でもあの人追い掛けなくて良かったんですか?泣いて、ましたよ……?」

 女の子の涙には敏感な勇也が、心配そうに彼へ問い掛ける。


「そ、そうですか……気付かなかった。ありがとう……!」

 彼はニッコリと微笑むと、何故か紫英莉を方を見て顔を赤らめる。


「あ、あの……と、とりあえず服をどうにかして……ご飯食べながらお話しましょうか?」

 そのしどろもどろな喋り方で気付いた。


『サッ』

 すぐにワンピースの裾を伸ばしてパンツを隠す。

(もしかしてさっき胸倉捕まれてからずっと……)

 紫英莉の顔は真っ赤に染まる。


「あ、僕の名前はシエラ・カーボン。よろしくね!」

 後輩さんことシエラさんは自己紹介をする。

 それはまたファンタジックな名前だった。


「こ、こちらこそよろしくです!」

 紫英莉がそう答えると……


「助けくれて本当にありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます!」

 勇也に続き、彼女も深々と礼をする。


「い、いいのいいの……!冒険の準備を手伝うこと位しか出来ないけど、力になれて嬉しいよ!あ、あと……勇也さんは年上ですよね?」

 シエラさんもそう答えると、勇也に申し訳無さそうに聞いてくる。


「あ、多分そうかな……ふっ、別に呼び捨てでも大丈夫だ!」

 一瞬鼻で笑われたような気がした。


「あ、あの……もしかして……」

「ぶふっ、ああ。ぷはっ……そうそうシェリーちゃんもそうだよな?」

 またシエラさんが困った表情を見せると、勇也がこちらを見て笑いを堪えている。


(コイツ……!こんな奴にズリネタにされるなんて許せない……!)

「ぐるるぅ……!」

 怒って唸ると、手で抑えて抑えてと落ち着かせてくる。


「ま、まあ何とかなって良かったな……」

「私達の見た目は戻ってないけどね……」

「た、確かにな……あはは」

 彼は自分の銀髪の毛先をいじり、困った顔をしていた。

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