第3話~ファンタジーの世界?~

「はっ……!」

 ふと目を覚ますとそこは……よくゲーム等で見る城下町の売り場だった。

(本物の異世界……?)


「とりあえず、リンゴ食べる……」

 冷静になるには止まるが一番。


「おいひい」

 可愛い口でちょっぴりかじると、甘酸っぱさが広がる。


「あれ?」

 何もない。

 ゲームとかだったらドワァーッて元気が出るようなオレンジのモーションが……


 ガツガツムシャムシャ食べる。

 何もない。

「も、もしかして……騙された?」

(でも使ってみなきゃ分からないか……)


 行き交う人々は、中世の服やファンタジックな衣装……だけでなく普通の服も身に付けている。

 店の人達は紫英莉しえりを変な目で見つめている。


 服装は部屋着として親戚にオススメされたピンクのモコモコワンピース。

(うん、パジャマだ)


 髪色は金髪のボブ。

(長いのはめんどくさいからね。でも凄い好評だったなぁ……)

 現実世界での事を思い出していると


『ドサッ』

 後ろから男の人がぶつかってきた。


(これは……!主人公あるあるの柄悪い人にぶつかられるやつ!)

 冷静になった紫英莉は、咄嗟に誘惑を使おうと振り向いて投げキッスをしようとした。


「あ、すみま……」

「ちゅっ」


 謝ろうとした男はダークブラウンの髪色。その顔は真っ赤に染まっていく。

 ただそれはイケ……普通の顔。青い長袖シャツに黒いジーパン。いかに一般人って感じの服を着ている人だった。


(これでこいつは思うように!って……あれ?)

 なんか凄い涼しい。


『ぱふ』

 彼女が投げキッスをした左手に、綺麗に畳まれたモコモコワンピースが着地。

 その上に薄ピンクのパンツとブラジャーが……


「ふ、ふえ……?」

 髪が長くなければ隠すものなど無い。

 そして気付けば、胸も足も色っぽく大きくなっていた。


「ふ、ふにぁぁ……」

 周囲の男の視線は体に釘付け。彼女の目から大粒の涙が溢れる。


「ひぃやぁぁぁあああ!!」

 大声で悲鳴を上げ、体を隠して猫背になる。

(あーあーあー!もう全部見られた全部見られた!お嫁にいけないぃぃ……)


「え、ちょっと待って!僕が脱がせたんじゃ……」

 道を行き交う民衆は立ち止まってこちらをじっくりと見ている。


 紫英莉が泣いていると、いきなり視点が宙へ浮く。


「ふぇっ……?」

「急いでどっか隠れられる場所に……!」

 その若い男は紫英莉を抱えたまま、何処かへ行こうとする。


「ちょ、ちょっと!」

「こんな公衆の面前で着替えたくないだろ!?」

(気を利かせてくれたのは分かるけど……お姫様抱っこは……!)

 紫英莉の顔は更に赤くなる。


「あ、あの……自分で歩くから。前に立って」

『ピキィーン』

 その時、一瞬耳鳴りのような音がした。

 でも彼女は恥ずかしさでそれどころではないそうだ。


「は、はい……」

 男はぎゅっと目を瞑り、彼女を下ろした。


 大きくなったおっぱいと太ももは戻らない。

 紫英莉は下着を抱え、彼の背中との間に挟む。

 左手でワンピースを掴み、お尻を隠す。


 でも彼が動く度に、衝撃が肌に流れ色んな部分が擦れる。

「ひゃんっ……ふにゃっ……!」

 相変わらずのロリ声。


 周囲に聞こえているのが恥ずかしいのか、彼女は更に内股になる。

 堪らず紫英莉は男の背中に顔を埋めた。



「うぅ……」

 彼女達はゴミ袋等が溜まっている、細い路地のような溜まり場に着いた。


「あ、あの……」

「は、はい!」

 彼女が恐る恐る聞くと男の声は上ずってしまう。


「ぜ、絶対こっち……見ないで」

「は、はい……」

 そして彼女は下着を穿き……


(あれ?きっつ……)

 パンツはサイズが合わないのか腰まで穿けず、同人誌の表紙が如くアルファベットの形のようになる。


(な、なんか……食い込み過ぎ)

 彼女は違和感を感じる。でもそれ以上に恐怖していた点があった。


(ブラ、やばくね?)

 彼女が着けようとしているのはAカップ用のブラジャー。

 今の胸はDはありそうな程の巨乳だ。


(し、締まれ……!無理か……)

 なんとかいける……とかではなく、布幅が物差しの長さ位足りない。


 仕方無くそのままモコモコワンピースを着るが……

(うぅ……前と後ろが……)

 胸とお尻も大きくなったせいか、ずっと手を添えていないとパンツが見えてしまう。


 太ももが大きくなったお陰で、裾をしばらく固定できるが……元に戻ってしまう。


 彼女はブラをしわくちゃに両手で握り、男に話しかける。


「あ、あの……終わりました。もう大丈夫ですよ……」

(あーーーー帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい)


 でもコミュ性の彼女はこんな姿で街の人に話しかけられない。

 分からない事は今ここで聞くしかなかった。


「は、はい……」

 若い男は振り返る。

 イケメンではなくとも顔は中の上。身長も170はあり、頼りがいもありそうだった。


「わ……!」

 振り返った男は私の太ももに目を見張る。


(や、やっぱり男の人ならそうなるよね、そうなるよね……うぅ……)

 もう一つ手があるなら顔を隠したいそんな状況だろう。


「あ、あんまジロジロ見るなぁ……」

 彼女は恥ずかしいのか、小声でその気持ちを伝える。


「は、はいぃ……」

 彼は顔を右側に向けて上45度に逸らす。


「あ、あの……私この街に来たばっかりなんですけど……」

 彼女はここの案内を頼めないか交渉しようとすると……


「あ!お、俺待ち合わせがあったんだー!いかなきゃー!」

 男は声を震わせながら棒読みで、逃げたいと主張してくる。


(こ、こいつ……!私の裸だけ見て逃げるつもり!?ただのズリネタに絶対させるか……!)


「おい」

 紫英莉はブラを左手に持ち変え、逃げようと横を通る彼の腕をがっしりと右手で掴む。

「は、はい……?」


「案内しなさい」

『ピキィーン』

 また耳鳴りの音が彼女の耳に響く。


(この音ってもしかして……ふへへ、なるほどね)

「はい!喜んで……!――ってあれ?今俺は何を……?」


「わぁー嬉しい!案内してくれるんですね?」

(使えるとこまで振り回してやる……!)

「ま、まあ案内位は……っていやいや」


 彼は私の手を振り解こうとする。

 体格差もかなりあって、ニートの紫英莉の握力は優しさに近い。


「あっ……」

 簡単に手は振り解けてしまう……

 男は走り去ろうと駆け出す。


 彼女は絶望に打ちひしがれて、地面に膝を突いてしまう。


『バコンッ!』

「うわぁっ!」

 彼が何か壁にぶつかり、軽い悲鳴を上げる。


(へへっ)

 彼女は勝利を確信した。


「な、何だよこの壁……!この!この!」

 彼は必死に見えない透明の壁を殴るが、それは恐らく私が通らないと解けない類いの物だろう。


(良い力じゃない……!合法チートってとこね)

 彼女は自分の手を見つめて、嬉しそうにガッツポーズを取る。


「おい」

 私は、目の前の逆上した男に気付いていなかった。


「ひゃ、ひゃい……!」

 裏返った幼女のような声が漏れてしまう。


「迷子なのかなぁ?お兄さんがお菓子でも買ってあげようか?」

 彼は怒っているのか、暗い顔で近付いてくる。


「ひぇっ、だ、だだ大丈夫です……」

(ゆ、誘拐……!?)

 彼女はブラを持ちながらも自分の体を隠す。まだ大きい胸は戻っていない。


「そうかそうか。じゃあこの魔法、解いてくれる?」

「は、はい……」

 彼女とて酷い目に合うのは嫌だ。


 仕方無く、見えない壁に触れて魔法を解こうとする。解き方など知らないのだが。


「あれ……」

 本当に見えない壁があり、外へ出られないようになっている。


「解けなかったらどうなるか……大人なんだろうし?分かるよね?」

 男は本気のようだ。

「わ、わぁ、分かってます!!」


 彼女は必死に透明の壁を擦ってみたり、体当たりしてみたり、両手を添えて何かを念じてみたりを繰り返す。


「ふえぇ……」

 彼女は絶望の表情で、地面にハの字で腰を落とす。


「ふへっ……」

「ふぇぇ……や、やらよぉ……」

 男は手を細かく動かしながら近付いてくる。

 彼女は目に涙を浮かべて怯えている。


「はあ、しょうがないな……建物登るから背中に掴まって」

「ふぇ……?」

 彼は溜め息を吐くと、背中を見せてしゃがんでくる。


「ほら早く……」

「うん……」

 彼女はブラを片手におんぶしてもらう。

 少しトリートメントの良い香りがする。

(こいつ……)


「うんしょ……」

 彼は紫英莉をおぶったまま、民家の塀を登る。

(能力とかじゃなくて案外普通に登るんだ……)


 そしてあっという間に隣の裏道へと抜ける。

「はい」

「あ、ありがと……」

 紫英莉は彼の背中から下ろしてもらう。


「あ、あの……お名前って何ですか?」

 彼女は不慣れな言葉で質問をする。


「酷い事しようとした人に名前聞いてどうするの……」

 男は慣れ親しいのが苦手なのか、溜め息を吐く。

(ふっ、かっこつけね)


「警察に売る」

「なっ……!」

 彼女は挑戦的な鎌かけをする。


「あれー?あれれー?守衛の事が警察で分かるんだー?」

「くっ……」

 彼は地面に膝を突く。確信した。彼も転生者であるのだと。


「ふーん。あなたはああいう団地妻っぽい人がタイプなのかぁ……

 そりゃあ好きなタイプに、いきなり犯すぞなーんて嫌われるような事言わないもんね?

 まあ思春期の男の子ならお姉さんが好きなのは?仕方無いと?思うけどねぇ?」


「やめろぉぉ……!」

 私がオタク特有の饒舌で責め立てると、彼は手で耳を塞いで首を横に振る。


「はあ、じゃあどっちもここには詳しくないってことね……」

 私は溜め息を吐いて現状を把握する。


「いや?神のお告げかもしれないよ。アダムとイヴ的な?」

 彼は立ち上がり、紫英莉を性欲の当て付けに出来るんだぞと、強がりアピールをしてくる。


「そういうの冗談でもやめて……!」

 彼女は恥ずかしいのか顔を赤くして、怖がる姿勢を見せる。

 どうやらこの男、流石に女の子の涙には弱いように見える。


「でもそしたら君だってまた変な術にかけるだろ?」

 彼はまたさっきのことを話に上げようとする。

「あ、あれは……私だってよく分かんないし!」


「どう考えても分かるだろ。どぉーせ相手をメロメロにする誘惑の力でも選んだんだろ?」

「じゃ、じゃああんたは何を選んだのよ!」

 呆れたように見抜いてくるので、逆に聞いてみる。


「え、えーっと……」

 彼はもみ上げを人差し指で掻きながら苦笑いをする。

「まさか同じとか言わないわよね……?」


「あ、あはは……」

 彼は乾いた笑いをする。

 それは彼女達のこの先のしょうもなさを表していた。

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