第5話 自殺願望者
『私今から死のうと思うの』
夕暮れの教室の彼女と、同じ事を若宮は口にした。
俺はあの時と同様に掠れた声で問う。
「どうして?」
若宮は期待はずれとばかりに鼻白んだように嗤った。
「どうしてって、生きてたって意味ないじゃない」
その言葉は"過去の彼女"と再び影を重ねて___。
また何も出来ないのか、俺は。
また見せつけられるのか。
自分の弱さを、無力さを。
「じゃあ、そういうわけだから」
ぐっと力を込めてカッターナイフを首元に構えた若宮。
___また助けないの?
不意に声が響く。
___お姉ちゃんが死んだのはアンタのせいよ!!
目の前で見てたくせに止めなかったアンタは殺人犯よ!!!
___……もう帰ってくれ。
君の顔は見たくない。
フラッシュバックするのは、3年前のあの日の光景。
俺がずっと背負っていかなければならない罪の記憶。
未だ苛まれ続ける過去への自責。
___また後悔したいの?
___もう後悔したくないでしょ?
「待て!!!」
気が付けば、俺の喉からは出したことないような大声が飛び出す。
その声にびっくりしたのか、若宮は思わずカッターナイフを床に落とす。
「な、なによ」
「生きてたって意味が無いってのは俺にもよくわかる」
生きてるってなんだろうか。
その答えを俺は知らない。
答えは人それぞれで、きっと同じ正解はない。
少なくとも俺はまだ見つけられてない。
「な、なら死___」
若宮の言葉を遮りながら告げた。
「___でも、死を選ぶことは間違っている」
その選択肢は間違っている。
「自殺は究極的な現実逃避だ」
明日から勉強しなくていい。
愛ではなく暴力で子供を教育する両親からも逃れられる。
いじめを見て見ぬふりを教師と学校にも、
いじめの主犯格にも復讐ができる。
確かに理想的。
最も合理的な逃げ方なのかもしれない。
だが。
「逃げちゃいけないなんて偉そうな事は言わない。
でも、死んじゃダメだ」
死は人を二度と物言わぬ骸へと変える。
生前の思いも生きた証も全て無に帰してしまう究極的なもの。
「君の事を大切に思ってくれる人だっている筈だ」
若宮は俺の熱量に気圧され気味だったが、そこに反論の糸口を掴んだのか食ってかかる。
「そんな人居ないわよ」
「いるよ、少なくともここに1人は」
そう言って未だ俺の腕の中にいる秋元先生を見る。
「君の事を本気で心配してくれていた。
これは本当だ。
だから、そういう人の為に死んじゃダメだ」
大きく息を継ぎ、言葉を嗣ぐ。
これは3年前"彼女"に伝えたかった思い。
言いたくても言う機会さえ与えて貰えなかった想い。
それを若宮にぶつける。
「かっこよく生きろなんて言わない。
逃げたっていい。
泥臭くたっていい。
けど、死ぬのはダメだ。
君の事を心配してくれる人がいるうちは頑張ろうよ 」
じわり。
言い終えると、若宮の眦から涙が零れ落ちる。
「わたっ、私……生きてても……いいの?」
きっと辛い思いをしてきたのだろう。
家庭に居場所がなく、学校にも居場所はなく。
肯定してくれる人も、認めてくれる人もいなくて。
そんな世界に生きてきたのだろう。
___歪な世界に。
「当たり前だろ」
その言葉で若宮は幼子の様に声をあげて泣きわめく。
「なんだ。小っ恥ずかしいがいいこと言うじゃないか」
いつの間にやら目を覚ましていた秋元先生がふっと微笑む。
「うっせぇよ」
「やはり。君に頼んでよかったな」
「そうか」
真正面から褒められるという経験は殆ど無い為、耐性がない。
面食らって照れる俺の頭を秋元先生は面白がって「いいこいいこ」などとしながら揶揄う。
恥ずかしさを紛らわす様にいつもの如く軽口を叩く。
「それより体はいいのかよ」
「ん?
ああ、恥ずかしい話なんだが、若宮を落ち着けようとした時に白衣を踏んづけて転んでしまってな。それで痛くて床に突っ伏していたんだ」
「まじで恥ずかしい話じゃねぇか!」
などといつも通りのやりとりをする。
「さて。
悪いんだが、今日のところは帰ってくれないか?
部屋の片付けをしたい。」
それに、と未だ泣き止まない若宮の方を盗み見る。
「君が泣かせた女の子を慰めないと」
「おい言い方」
「冗談だ。
気をつけて帰れよ」
「へいへい」
ささっと扉へ向かう俺の背中に、秋元先生は珍しく素直な言葉を口にした。
「ありがとう。本当に」
照れで赤くなった頬を隠すように俺は振り向かず扉を出た。
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