第4話 邂逅
秋元先生は
「私がいいと言うまで絶対に開けるなよ。絶対にだ」
と、某お笑い芸人の様に念押しして扉の向こうへと消えていった。
待ちぼうけを食らった俺は静かに瞠目しながら、扉が開くのを待つ。
廊下に置かれた古い置き時計がカチリカチリと秒針を進めていく音だけが辺りに響く。
1年と3年は授業中、2年は修学旅行の為勿論いない。
その為、いつもは騒がしい筈の校舎が静謐に包まれているのはなんだか違和感を覚える。
そんな益体のないことを考えることしばし。
流石に遅すぎる。
体感時間で10分。
実際もそれくらい経っているだろう。
不審に思い、そっと扉に近付いて耳を澄ます。
と。
「___っ!!!」
絶叫が響く。
それから、争うような物音と陶器の割れる音が漏れ聞こえてくる。
俺は扉を蹴破る勢いで開け放つと、中へと勢い良く飛び込んだ。
そこに広がっていたのは、俺の知る保健室では無かった。
無惨に刃物で裂かれたシーツやカーテンの残骸がそこかしこに散らばり、
枕かベッドから出たであろう羽毛がふわりふわりと揺れている。
床には花瓶だった物の欠片と花弁がもがれた色とりどりの花。
そして、その中心には。
「秋元先生!」
倒れ伏す秋元先生の姿があった。
「馬……鹿……入ってくるなと言ったはず……だ……」
抱き起こすと、目を眇めながら俺を叱り付ける。
この教師は自分の事よりすぐ他人を優先する悪癖があるのだ。
その振る舞いに若干心が苛立つのを感じた。
___こういう時くらい自分の心配しろよ。
「んな事言ってる場合じゃねぇだろ。
どこか怪我は……?」
「いや大丈夫だ……それよりも……」
秋元先生が首を向けた先。
そこに。
___彼女はいた。
着崩した制服に矮躯を隠し、
明るめの金髪は振り乱れている。
手には、図画工作用のチープなカッターナイフ。
冷めた目でこちらを見下ろすその端正な顔立ちには、人に興味が無い俺でも見覚えがあった。
「若宮……莉奈?」
確か1年の夏休み明けに、クラスメイト5人に怪我を負わせるという暴力事件を起こして停学処分を受けていた少女。
この似非優等生だらけの自称進学校で問題行動、しかも暴力沙汰を起こすなど前代未聞だと大騒ぎだったので鮮明に覚えている。
「……誰?」
若宮がこちらを見下ろしたままそう尋ねる。
その瞳には仄暗い諦観と、明確な拒絶の意思があった。
___その瞳に俺は"あの記憶"を揺り起こされる。
夕暮れの教室で、鋏を逆手に構えながらこちらを見るセーラー服の少女。
彼女もまた同じ瞳をしていた。
誰にも期待せず、今生きる世界を無意味と断じる"死んだ目"。
「誰って聞いてるんだけど」
無反応だった俺に苛立った様に先ほどよりやや低く問う。
「俺はここの生徒だ」
「そう」
その回答で満足したのか、若宮は興味無さげに呟くとカッターナイフの刃を自身に向けた。
「ただの生徒なら邪魔しないで」
「……なにするつもりだよ」
状況から察せるのに、俺は敢えて問いを発した。
もしかしたら無意識の内に否定して欲しかったのかもしれない。
俺の思い至った可能性を。
が、彼女は予想通りの回答を口にする。
その口元には薄い笑みすら浮かんでいた。
「___今から死ぬの、私」
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