#064:凄惨かっ(あるいは、ハーパ!性化学)


 <せ、先手……耐ショック姿勢……5秒前、4、3……>


 勝敗は決した。


 無情の実況ハツマの、戸惑いがちのカウントダウンが迫る中、私の対局相手、知鍬チグワは、その可愛らし気な顔を極限まで緊張で引き絞りながらも、堂々とその時を待っている。エアロバイク的装置に前傾で着座しながら、不敵な笑みさえ湛えながら。


 何だっつうの、この精神力は。でも、でもでも、何度も言うけどハンパないんだってば、ここの電流は。


 ぐるりを巡る観客席辺りも、どよめきから徐々に静寂へと包まれ始めていっている。だだっ広いこの地下球場に詰めかけた幾万の人々が固唾を飲んで見守る中、遂に、


「っっすきあああぱれっっりぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 測定不能な電撃が哀れな敗北者の直腸向けて放たれたと思われた瞬間、形容不能の凄まじい断末魔の声を轟かせながらも、一瞬、背中がえびぞるほどのシャチホコ的いいポーズを決めると、知鍬は固まってひきつった笑顔のまま、手前に位置するハンドル状の装置に白目のまま、力無く崩れもたれかかると、果てた。


「……」


 観衆はあまりの衝撃の悲惨さに声を失うばかりで、知鍬の華奢な体に身につけた黒いウェットスーツ状の対局服が電撃によりマイクロビキニ化するほどにまで縮み切っていても(だからどういう機構?)、歓声を上げることは無かったわけで。


 ほんの少しのどよめきの中、臀部がサドルから離れたと感知した「装置」は、実直にルール通りにその拘束が解き放たれたかと思うや、内部に乗り込んだ知鍬もろとも傾斜に沿ったレールの上を徐々にスピードを増しながら滑走し始めていく。


「!!」


 レールを滑り落ちるように、放射状に広がるレールの終点、中央の謎の液体が満たされた真円で深淵たるプールへと容赦なく向かっていく、知鍬とその搭乗する装置。


 <し……失格っ!! ナンバー04、知鍬選手、落水により脱落となります!!>


 レールが切れる所まで勢いよく滑っていった知鍬は、そこで急停止した装置の前方へ、その身体を直径3mくらいのプールへと放り出されていった。響く水音。


「はっ!! き、きぃやああああああああああっ!!」


 着水の衝撃で目覚めたのは良かったけど、知鍬の身に着けたマイクロビキニ状の対局服は、プールに満たされていた謎の水に漬けられた瞬間から、どんどん溶け消えていくのであった。いやだからどうゆう化学変化だっつうの。


 しなやかで若々しくも、どこかなまめかしい、そんな知鍬の肢体が、纏った黒の帯状の布を蒸散させながら、水中でくねるように、何かを誘うかのように舞う。ウオオオオオン、と忘れかけていたかのような野太く聞き苦しい歓声が、急激に暑苦しく感じられるようになったここ、地下球場に戻ってきた。


 しかして。大画面にもそのセクしぃな情況は絶妙なアングルで映し出されているわけで、性的な要素を遠慮なくブッ込んできた運営の必死なやり口に、勝った私ですら真顔になるのを禁じ得ないけど。


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