#038:女神かっ(あるいは、天の御使いやあらへんで!)
「……」
白いシルクのような布で、顔を撫でられているかのようですわ……ぼんやりとした意識のまま、徐々に視界がはっきりしてきますの。
「……気付いたか」
白い天井……それしか見えませんわ。
どうやら横たわっているらしき体を、何とか起こそうとしてみますけれど、首すらまともに動かせませんのよ。穏やかに掛けられた、カワミナミ様の声だけは、どうにか耳で拾いましたけれど。
「わたくし……」
声はかろうじて出ます……情けなく掠れて平坦になってしまっていますけれども。
「無理に喋るな。もういい。お前はよくやった」
テンプレ気味の言葉を、カワミナミ様は押し殺したかのような声で、絞り出しているかのようですわ。感情を抑えているからこそ、そんな型通りの台詞になってしまっているのかもですけれど。
無様ですわ……結局、私は何も出来なかった。対局に勝って未来を開くお金を得ることも、若草の閉じ切った心を開かせることも。
……無様ですのよ。何が、「若草が憧れた理想」ですの? 「華々しく散る」? ちゃんちゃらおかしいのですわ。
……結局、何も起こらなかった。起こせないまま、終わってしまった。
「前半の三戦が終了したところで、一時間の昼休憩が挟まれるとのことだった。あと二十分ほどで残りの二戦が始まるが……正直、私はもう棄権をするべきだと考えている」
顔は見えませんが、カワミナミ様のいたわりは、私の心の中の芯みたいなところに響くように感じているのですわ。
三連敗。「リーグ六名のうち、上位二名が通過」という条件を、満たすことはもう出来ませんの。でも。
「……最後まで、戦わせてはいただけないでしょうか……」
私の口をついて出たのは、そのような言葉でしたのよ。再び体を起こそうと、もぞもぞやっていると、見かねたのか、カワミナミ様が私の体を前から抱き締めるようにして、抱き起してくださいましたの。
久しく感じることの無かった人の体のぬくもりに、溶かされるような、こわばりが解かれるような、そんな泣きそうになってしまう安心感を覚えますのよ。
そう言えばあなたは、酔いつぶれた若草を、その背中に乗せて連れて帰ってもくれましたものね……朦朧とした意識の中での、その温かさも思い出しましたわ。
「……せめて、一太刀。でないと私は、……私の存在意義が、無くなってしまいそうな気がしていますの」
上半身を簡素なベッドの上に起こすことが出来た私は、難しい顔をしてらっしゃるカワミナミ様のその流麗なお顔に向かってそう告げますの。大丈夫、体もまだ動きますのよ。
視界が広がって、私が寝かされていたのは、簡易的な医務室のような大部屋だったことを確認するのですわ。静謐な空間。
でもその時でしたの。
入り口の扉を乱暴に押し開けて、がやがやと騒がしい何人かの話し声や足音が急にこの静寂になだれ込んで来ましたの。一体?
「……ワカクサさんとかおっしゃいましたかしら? わたくし、貴女に棄権を勧めに来たのですわっ。お互い消化試合なんて、はっきり意味がありませんものっ」
「私との次の対局も、もう意味がないはずだぁ。すなわち、尻尾巻いて今すぐ帰れってこった」
「いやいや? それやられちゃうと、この雑魚とのクソ対局で手の内DEPを晒されたあちきらが不利なんですけど? 沈黙、棒立ちでもいいからアンタさあ、リングには上がれっつぅの」
私の、対局相手たちでしたのよ……それも五人全員。互いが互いに勝手なことを大声でまくし立てていらっしゃいますけれど。
カワミナミ様がそのわやくちゃ喋り散らしている集団の方へ近づき、部屋の外へ押し戻そうとしてくださってますけれど。混沌とした押し問答は収まりそうもないのですわ。
私が行って、どつかれてもいいので、場を収めるしかない、とベッドから立ち上がりかけた、正にその時でしたの。
「っじ、時間かかってすみません!! こちらに『ミズクボ ワカクサ』さん、いらっしゃいませんか!?」
入口から飛び込むようにして駆け込んできたのは、ひとりの「少年」のような顔つき体つきの方でしたの。息を切らせながら私の名前をお出しになりましたけれど、この方……一体どなたなんですの?
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