#037:死闘かっ(あるいは、通常の死闘の二倍の量で迫って来ますやん)
<ああーっとぉ!!
実況少女の張り上げた声が響くのですわ、強烈な一撃を喰らった、この身体にも。
「オフェンスアドバンテージ」とは、あのアルミホイルの拳に秘められた仕掛けと見ましたけれど。
「思考の埒外」……それがどういうことなのでしょうか。
優位に立ったと見るや、ダテミさんは尚更軽快に上半身を前後左右に小刻みに振って、ライトの光を受けて目障りに輝く拳を、見せつけるようにこれまた上下にリズムを取るかのように振っていますの。
間合いは3メートルくらい。しかし。
「!!」
不用意にもほどがある無造作な振り抜き。思考の埒外も何も、完全に拳も届かないだろう所からのダテミさんのテレフォンパンチが、
まるで腕が伸びたかのように。
まるで拳がロケットが如く飛び出したかのように。
私の顔の前に上げたガードを弾きますのよ。そして私の眼前で、余裕の笑みを見せながら舞うようなシャドーを始めるダテミさん。腕の回転を上げ、その場で見せつけるだけかのように。
「ぐっ……」
しかしその空を切るだけに思われた拳の一撃一撃が、拳が到達していないはずの私のヘッドギアやボディースーツにめり込んできますの。揺さぶられる、視界が。
<連打っ!! 入ったぁぁぁぁっ>
単発では何てことない軽い一撃一撃が、切れ目なく撃ち込まれることによって、私の体の自由を奪う。いえ、自由を奪っているのは拳撃そのものじゃなく、まさかこれって。
「……!!」
撃たれた箇所をグローブ越しに触って確認すると、やはりその部分だけスーツが「硬化」していることが分かりますのよ。
……大きく異なる点は、各自、身に着けてもらった『対局服』にある。特殊な繊維で編みこまれたそのスーツは、衝撃を与えると硬化する性質を持っている。つまり、打撃を受けると、その体の部位を動かすことが困難になるので留意するように……
そんな説明がなされていたことを思い出しますの。深刻なのは左肩にもらってしまった一発。肩の稼働が制限されてしまって……左腕が撃ち出せませんのよ。
「アドバンテージオフェンス」、それは、グローブに付けられたアルミホイルのようなものを相手に振り抜くと、何か見えないレーザーのようなものが射出され、その照射された部分のスーツに対し、ふつうの打撃が加えられた時と同様の衝撃を与え、そして硬化を引き起こす、厄介な代物……なのですわ、たぶん。
一体どんなテクノロジーだと言うのでしょうかっ。
でも、よけ……られないですのよ、そんな埒外の攻撃。さらに自分の体の拘束部分も広がっていく一方。ジリ貧ですの。ジリ貧ですわのよ。
「降参したら~? 私も結構疲れてきたし、あと『2分』近くもシャドーやってんの、退屈」
もはや腕をだらりと下げ、やる気を無くしたかのようなダテミさんの嘲る顔も、遠くに感じられるのですわ。先ほどまでの快活そうな雰囲気は微塵も無く、これがこの方の本性。
そんな事よりも、この身体のままならなさの方が問題なのですのよ。正直、今、射程距離に相手が入ってくれたとしても、出せる攻撃は限られてますし、全力で撃てるとも限らないですの。
「硬化」されているのは主に上半身なのですけれど、その影響がおそらく足技にも出そうな感覚がしていますわ。全身を躍動させることが出来なければ、威力のある蹴りも放てませんのよ。
「!!」
そんな逡巡も、全く意味をなさないかも知れないですけれど。ダテミさんの気怠げな拳の一振り一振りが、私の体に衝撃と拘束を積み重ねていきますの。動けない。
<これは一方的ぃ~!! 残り1分半、水窪選手、耐えきれるかぁ~!?>
その実況の間に、私はついに右膝をリングへ突いてしまうのですわ。体の……バランスも保てなくなってますの。
「……水窪っ、もういい。もうっ……」
リング外から、ふとカワミナミ様のそう押し殺した声が聞こえてきますけれども。
けれども、私は負けたくないのですわ。勝って若草に繋ぐんですのよ。
と、ひざまずいた私の目の前に、ぶらぶらと振り子のように動くグローブが現れますの。ダテミさん……かなりの至近距離まで無防備で近づいていらしましたけど、私にもう反撃の余地がないこと……お見通しなのですね。
「知ってる~? この強化されたパンチを直に喰らうと、とんでもない衝撃が広範囲に走るって~?」
もう顔を上げることも出来ない私ですが、ダテミさんの勝ち誇る顔は容易に想像できますのよ。何か……起死回生の一手は、ないものでしょうか。くっくといやらしい笑い声を立てながら、ダテミさんは言葉を続けますの。
「……でも私の足を舐めて許しを乞えば、負けを認めてあげる~。ほら、舌は動くんでしょ? これ以上痛い思いしても、もう意味ないってば、ほれほれ」
右足を浮かべ、私の眼前でぷらぷらと揺するダテミさん。私に屈辱を与えようと、そういうことですのね。身体だけでなく、精神にもダメージを与えようとしてらっしゃる。
「!!」
私は動く左脚の筋力を総動員して、ダテミさんの持ち上げられた右足を、自分の左肩にひっかけるようにして立ち上がりますの。予想外のことだったようでして、バランスを崩したダテミさんはそのまま無様に尻餅をついてしまいますのよ。
「負けなど誰が認めるか、ですわ……この、く、クソアマっ、ですのよ……」
若草のようなキレは無い啖呵ですけれど、無様な真似だけは晒すまいと、私はそう思っているんですの。
「貴女も含めた全てのく、クソのメスのブタどもを……ぶ、ぶっ殺してやる所存ですのよっ!!」
若草、ごめんなさいね。私にはもう、こんな虚勢を張る力しか残されていませんの。ですがあなたと私の魂の尊厳だけは守って見せますのよ。
「……へぇぇぇぇぇ」
一瞬、怒りで顔が真っ赤になった後は、その感情の揺らぎすら恥と思ったのか、殊更に何でもない風でだらりと立ち上がると、あーめんどくせ、みたいに舌打ち混じりで低く呟くと、ダテミさんは無気力に見せてその実、かなりの腰の入った右を私の顔面に直で、撃ち込んで来ましたのよ。
避けるも防ぐも、もう出来ませんでしたの。ダテミさんがおっしゃった通り、喰らった顔面を中心として、衝撃が上半身全体を襲いましたの。なす術も無く、脳を揺らされる強力なショックに、私の意識はあえなく吹
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