#035:深奥かっ(あるいは、本音/客死/魔肖)

 第3ピリオド。


 二敗と追い込まれた私には、もうなりふり構っていられる余裕は無いですの。

 絶対に取りにいく……のですわ。


 <第3ピリオド:ライトリング:

 C:車名井クルマナイ 堕天美ダテミ  VS  F:水窪ミズクボ 若草ワカクサ


 漢字にしたら尚更やばい名前―、とか、思っている余裕もありませんの。三度リング上へと上げられた対局シートに身を預けたまま、私は深い呼吸を繰り返す。


 そして目を閉じ、器に満たされた静謐な水を揺らすように、思考を静かに巡らせますの。


 己のダメだったエピソードをぶつけ合う。


 私はしばし、このダメ人間コンテストにおける大前提を思い返していましたわ。


 そして「私」というものの存在について、薄々こうなんだという自覚を確かめてもいましたの。鼻から長く息をついて、落ち着いて思い返しますのよ。


 ……私は本当の若草ワカクサではないのですわ。


 本当の若草は、自らの命を断とうと思い詰めるほど、追い込まれていました。ぐでぐでの、わけのわからないこの諸々一連のバカ騒ぎに、振り回される体で、何とかそれを紛らわせていましたけれど。


 だけどいざ、自分の「エピソード」を放つ、放たなければいけない場が近づくにつれて、


 ……また精神のバランスを崩していった。


 だけどこの二週間の間に、心の安らぎと癒しを得ていたのも、確かな事実。

 アオナギさん……丸男さん、カワミナミ様。規格外の方たちばかりですけれど、それが若草には眩しかったのですわ。


 「自由人」……しがらみに押し潰されかけていた若草は、その人たちとのつながりの中で何かを吸収しかけていた。


 ずっとこんな生活が続けばいいのに……若草の深層心理、私にはよく分かりますのよ。


 ……だって私は若草の一部なのですから。


 あの特訓の日々を続けたい気持ちと、しかし「対局」はやりたくないという気持ち……相反する感情と、過去の出来事、追い込まれたメンタルが、


 私という人格を形作ったのでしょう。


 でも「人格」……というと語弊があるかも知れませんね。根っこの部分は若草に他ならないのですから。


 あえて言えば、ペルソナ。「虎の皮」ですのよ、私は。


 幸せだった頃の家族の記憶、いいとこのお嬢様だった幼い私が描いた、理想のレディー。

 

 両親は離婚して、家族はバラバラになって、喪っても。私の中の、幸福の未来の象徴として心の深層でいつもあり続けた姿。哀しいほどに気高く、美しいのですのよ。


 それを自分に被せて、ひとまず避難した、奥底へ。


「!!」


 と、私のお尻を強力な電流が貫きますの。深く思考の海に沈んでいたせいで、対局が始まっていたことも気づきませんでしたわ。周囲のスピーカーが、客席からのどよめきを拾って、対局ブース内に拡散していきますの。


 ふと目を開くと、前方には驚愕の表情を浮かべたダテミさんのお顔が。結構な強度だったようですのね。実況のセイナさんも思わず絶句するくらい。確かに痛みはかなりのものでしたけど。


 ……でも効きませんのよ。もう効きませんの。こんなもの、若草が受けてきたものに比べれば。


 「虎の皮」の役目はもう終わり。保護膜となって外界から若草を護っていた、私の存在意義もそろそろ無くなるのですわ。


 じっ、と傷を治すために皮の下で動かずにいた、哀しくも雄々しいライオンに、後は託しますの。


 だけどその前に。


 「覚醒」させるためには、まだ何かが必要と思われるのですわ。


 それまでは私が時間稼ぎをするしかない。願わくば、目の前のダテミさんを道連れに、華々しく散ってやりますのよっ。私は決意を胸に、「格闘パート」へとシフトしたリングへと降り立ちますの。


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