#034:非道かっ(あるいは、叫べよ折れない風車)

水窪ミズクボ、顔を見せてみろ」


 憔悴しきって横たわるばかりの私を、カワミナミ様が何とか抱き起こしてくれますけれど。悔しいですのよ、私悔しいですの。


 今にも何かが漏れ出てきそうな私のしかめ面を見て見ぬふりをして、カワミナミ様は、仙子さんに超絶張られた、私の右頬の状態を見てくれますのよ。


「……だいぶ腫れたな。とりあえず冷やすしか出来ないが、次局は、上段に振られた打撃は全てガードで防げ。かなり状況は追い込まれてはいるが、まだまだ。まだまだ勝機はある。落ち着いて丁寧にローを置いてこい」


 保冷剤のような四角いシート状のものを、ヘッドギアの下に挟み込むようにして固定してくださいながら、カワミナミ様は私の目を見て、そうおっしゃってくださいますの。


 的確な指示と見せかけながら、しっかりと励ましてくださるのですわ。ですけどそれに応えられない自分が歯がゆいですのよ。と、その時、


「……ねえさんよお」


 傍らから、アオナギさんが唐突に声を掛けてきましたわ。何というか、いつもと感じが違いますの。何というか、自然体というか。ふとそのテカテカの長髪に覆われた面長を直視してしまいますけれど。その奥の煮凝った細い目も、何だか優しげな光を湛えているかのようで。


 思わずその奇面を見ながら、言葉を待ってしまいますの。だいぶ私も弱ってきていますのよ。アオナギさんは落ち着いた声で続けますの。


「ねえさんの過去に何があったかは知らねえ。今のメンタルだって、過去からの何らかの影響は受けてのことなんだろうよ。でもそんなことも知らねえ」


 言葉はぞんざいで、私を咎めるかのようにも聞こえますけれど、その目は濁りつつも真摯ですのよ。


「だから……思い切って、全部、吐き出しちまうのがいいのかも知れねえぜ。自分の中に抱え込んでいるものを、ねえさんの周りを取り巻く他のやつらや世界と共有しちまえば、瞬間、その鉛の玉みてえな重いものは、分裂して、揮発して、拡散する。諸々が剥がれ落ちれば、きっとねえさんは勝てると思うぜ」


 そう「いい事」を言った風に、汚い微笑みを浮かべますの。でもやっぱり受けつけなかったので、グローブに包まれた拳を開いて、サミング気味に親指をその目辺りに撃ち込んでいくのですわ。


 くれまちす、みたいな呻き声を上げてのけぞるアオナギさん……もしかして、私を気遣って、発破かけるために、わざとこの突っ込ませを……!?


 いや、それは無いですわ。と、ふう、とため息を突くばかりの私の背後から、元気そうな女性の声がいきなりかかりましたのよ。


「やあ!! キミがワカクサ? ボクは『ダテミ』っ。次の対局相手さ。キミもボクも二敗同士、後が無いけど、正々堂々、爽やかに戦いたいなっ」


 振り返るとそこには、こんがりきつね色に日焼けした、そしてそれと対照的に真っ白なサンバイザーをかぶった、さわやか笑顔の、少女のような棒切れのような体つきの女性が腰に手を当て、こちらを見下ろしていましたのよ。


 うーん、またしてもやりにくそうな相手……しかし、そんな贅沢言ってられないのですわ。二敗同士、底辺の争い……ここで負けるわけにはいきませんのっ。さっきから何度も同じような決意を口にしていますけれど、今度こそ本気ですのよっ。


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