#025:前金かっ(あるいは、トリプルアクセル輪悪婦郎)
そのド派手黄髪・水色フリルドレッサーこと、ユズランさんは、一瞬、私の全身を見やってから、確かに鼻でお笑いになられましたの。
「……私はてっきり、カワミナミ様がご参戦いただけるものと思い込んでましたのに。教え子の方とは、はっきり、肩透かしですのよ」
ユズランさんは私の背後にいる麗人に、そう拗ねるような、甘えるような声を投げかけますけれども。
明らかに私は眼中に無さそうですわ。でもこの方、そんなに強そうには見えませんですけども。
「……私はもうそろそろ引退だ。『格闘』はともかくとして、『ダメ』の方はもう終わっている。それに……厳密に言うと、私に出場資格はない。この、『女流
腕組みしながら、カワミナミ様はそう静かに、しかし迫力を滲ませたお声でそう答えますのよ。その言葉に目を逸らして肩を少しすくめてみせるユズランさん。何というかこの方は、動作の逐一が、何か型でもあるのくらいにテンプレート感を醸し出してますのよ。
「だが、そこの
うーん、ユズランさんと絡むと誰しも、放つ言葉が台詞めいてテンプレめいてしまうのですかしら。カワミナミ様も少しユズランさんのワールドに引き込まれているような、そんな印象を受けますわ。
いえ、それよりも。
今日のカワミナミ様のお召し物は、光沢を抑えたシルバーの男物スーツの上下をぴったりとそのしなやかな体に合わせているのですわ。下の黒いシャツと細身の卵色のネクタイがまた一分の隙も無く決まっておいでですの。この恰好が似合うのは日本ではこの方くらいしかいないのではないでしょうか。
髪はワイルドなオールバックと表現したらよいのでしょうか。深い茶色の艶のある髪が、荒々しく獅子のたてがみが如く、後ろへ流されていますの。
しかしですわ、その目つきは、「軍曹」時ほどではないにせよ、鋭さはやはり平時とは段違いですのよ。でもそんな凛々しさも素敵……その隣にぼんやりと立ち尽くしている細いのと丸いのの描写は省かせていただきますわ。多分どなたもご興味ないと思いますので。
「まあ、同じ予選組というのも巡り合わせ。そして予選最終戦で相まみえるというのも何かの思し召し。『決勝進出を賭けて』のような白熱のお膳立てになりますように、せいぜい頑張ってくださいま・せ」
ユズランさんは私の方には視線を寄越さずに、そう言い残すとくるりと踵を返して、「1」と記されたアクリルの巨大ブースへと歩み去っていきますの。
失礼を受けた、との認識はありますけれども、今の私はそのような事に心を揺さぶられることはありませんですのよ。何か体の内側で、しきりに叫び出したいような、暴れ出したいような気配のケダモノの存在をじんわりと感じますけれども。大丈夫、私は大丈夫。
それよりも私は「最終戦」であの方と当たりますのね……もう対局順も決まっているということですか。それも初耳ですけれど。
「……いいか、予選はそれぞれ六名による総当たり戦だっ!! 各リーグ、勝ち数の多い『上位二名』までが決勝トーナメントに進むことが出来るっ!! 勝ち数が並んだ場合は、『延長バトルロイヤル』となるぞ!! 細かい説明はおいおいしていくんで、とりあえず参加者とセコンドは『支度金300万』を持って、ブース内の控え室に集合だっ!! いっくぜぇぇぇぇぇぇぇっ、『女流謳将戦』、スタートだこのやろうっ!!」
電飾実況少女の最大級の雄叫びに、場内は恐ろしいほどの歓声で、まるで揺れているように感じますのよ。でも、諸々重要なことを結構つらつらとおっしゃってた気がしますわ。
特に「支度金300万」って……聞いていませんことよ。いったい?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます