第2章:たったひとつの、ダメなやりかた

#017:顕現かっ(あるいは、だいじょうぶ? マイゴッド)

 相変わらずのうだるような暑さ。でもそれが今は心地よい。


 待ち合わせ場所の桜田公園のタータン敷きの地面に、私はただ立っている。そう、ただ立ち尽くしている。


 それだけで、体から力が、心臓から手先にまで巡るような感じを覚えている。新鮮で温かい血液が、体中の血管を流れ来るように。


 すっ、と重力を受け、それを感じながら私は直立している。それが無駄な力が入らずにぴんと伸ばされた、脊椎で知覚するかのように、感じている。それがすごく、心地よい。


 私は在る。いまここに在る。自然と同化するかのように、地球と一体化するかのようにただそこに存在している。


 二週間を経て、私は生まれ変わった。そう、体も心も、入れ代わったかのように……


「っおいおいおいおい~、少年っ!! っ何だよそれはぁぁぁぁ!?」


 珍しく焦った感じのアオナギさんの声が響き渡りますですけれど、一体全体、いかがなされたのかしら? 相変わらずのお召し物で、こちらに向けてのたのた歩いてきますけれども。


「……見ての通り、完全体の、水窪ミズクボ 若草ワカクサ、パーフェクトなチューニングで仕上がっている」


 そう、カワミナミ様のおっしゃる通り、私の今はパーフェクト。身に纏った真っ白なノースリーブのワンピースも、今の私の体にぴっとフィットしている。パーフェクトに。


 パーフェクトなボディ。パーフェクトなメンタル。私は全て。私こそ全て。

 なぜなら私は全てを手に入れたのですから……


「いやいやいやいや、ダメだろこりゃ。洗脳はダメだって」


 真っ赤なジープを路駐し、公園内をこちらに向けて近づいてくるにつれ、顔が引きつっていったアオナギさんが、私の目の奥を覗き込みながら、そう仰るけど。

 言っている意味は全くわかりませんの。ただ、その紡ぎ出される音声が、私の鼓膜を震わせることは知覚できますけれど。


「……洗脳とは心外。彼女には、完全なるトレーニングを積ませ、完全なるリラックスと癒しを施し、身も心もパーフェクトな状態に仕上げただけだ」


 カワミナミ様は腕組みをしながら、少し眉間に皺を寄せるけど、そんなお顔も素敵ですことよ?


「……じゃあそれを洗脳っていうんじゃねえの? ともかくこれじゃあ戦えねえだろうが。お前さんには『格闘パート』を仕込んでもらうっつったじゃねえかよぉ」


 アオナギさんは何故か少しイラついてらっしゃる御様子。どうされたのですか、久しぶりにこうしてまたお会いできたといいますのに。


 と、その後ろから遅れてのそのそとやっていらした丸男さんが、私の顔を見るなり、顔色を失ってガタガタと震え始めるのですけど、いや何ですの?


「か、カワミナミの……あ、あれまさか、脳の一部分を切り取って、温厚な性格にさせるっていう、あの、れ例の、手術を、お、お前さんがまさか……」


 顔色がドス黒くあそばされてますけど、この方の話す言葉の意味も私には理解がおぼつきませんわ。どうしたというのでしょう?


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