#015:適応かっ(あるいは、アオナギ、トウドウ、アウトぉ~)
かつてない時刻に、かつてない場所で、かつてない有酸素運動を、かつてないプレッシャーを全身に受けながら強制されている。
だんだんと私は、いま現在行われている事が、現実なのか、夢なのか、あの世とこの世の狭間の出来事なのか、把握できなくなってきていた。
夜明け前の15号は、ここが銀座? と戸惑うほど、慣れ親しんだ風景とは異なっていたわけで。歩行者が皆無であるということが、ここまで違和感を覚えさせるなんて。
車通りも数えるほどしかなく、いやまあ数えている余裕なぞ無いわけなのだけれど、結構なスピードで小さくなっていってしまう銀色のジャージ姿を、息を上げながら私は必死で追いかけている。何でなん。
ショーウインドーに映る自分の走る姿は、よたよたとしていて危うげであり、それでいて顔は硬直に近い強張りを見せていたりで酷いものだったけど、それ越しにお洒落な秋物が展示されているのと重なることにより、尚更、悲壮感が否応増していくのであった。いや、でも、走らなあかんのよね。夜明けまで(多分)。
「……」
「1kmごとに15秒待ち、追いつけなければ折檻」という鉄の掟を、カワミナミ鬼軍曹は忠実に遂行していくようだ。突如足を止めたかと思うと、こちらを振り向いて、腕時計に目をやる。やば。
目を見開き、口を引き結んで、とにかくのめるように前へ前へと手脚を繰り出していく。人生でこうまで必死こいて走ったことなんてあったかしら。
学校とか会社に遅刻しそうになっても、ま、いいかみたいに、焦って駆けていく級友や同僚たちを、少し優越感の混じった冷めた目で見ていた記憶が甦ってくる。
そうだよね。きっと私は周りのみんなが努力していることとか、夢中になっていることを、いつも心の中で小馬鹿にしていたところ、あったかも。そういうのって、外に出さないようにしてても、伝わっちゃうもんなんだよね。
だから私には、親友と呼べる存在や、心をさらけ出せる恋愛とかが、無かったんだ。
自業よ、自業。なのに私はそれにすら牙を剥いていた。ダメだ。やっぱり私は度し難くダメな奴だったんだ。
渾身の走りを見せた私は、何とか残りカウント3でカワミナミくんに追いつけたわけなんだけど、あとの二人はまだ1ブロック向こうにやっと到達したくらいだ。あかんやん。
でも残り3秒、あと50mという絶望的な状況でありながら、のたのた、どたどたとしながらでも、アオナギ・丸男は、恐ろしいほどに真剣な表情で疾駆して来ている。
うーんうーん、この二人を見る限りだけど、やっぱり「一生懸命」って人間らしい外見は犠牲にされがちになるみたいよね……いや駄目駄目! 必死になってる人を生温かい目で見ちゃダメ!! だけどどうしても真顔になってしまうのを止めることが出来ない……っ
案の定アウトの宣告を為された二人だったけど、まるで予定調和のごとく、息を整えつつも、すっと中腰でお尻を後ろに突き出すポーズに揃って移行した。
その瞬間を狙って放たれる、カワミナミくんの電撃の二連右ロー。
丸男は何故か笑ったような、アオナギは何故か怒ったかのような、そんな微妙な表情を浮かべたけど、食らい慣れているのか、悲鳴も呻き声も上げずに、痛みを患部から全身に逃すかのような不思議な上下左右運動を始めながら、再スタートの時をおとなしく待っている。
何かもう調教されてるー、みたいな、突っ込みたいけど突っ込んじゃ駄目みたいな、そんな燃焼温度低そうな空気感の中、私もよく躾けられた犬のように、主のスタートの合図を待っちゃってるわけで。これはもう何だろう、調教と洗脳の桶狭間?
だったらもう出陣っ!!(やけ★くそ
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