#014:剣呑かっ(あるいは、逃げるは罰だが、逃げないもまた罰)
AM3:30。
「……」
尋常じゃない時間だ。四軒くらいはしご痛飲したのち、勘弁してくださいよ、と一分に一回くらい呟くようになった後輩に担がれつつ、タクシーから自室に運び込まれるくらいの時刻だ。
それなのに、何故私はジャージ姿で、だだっ広いマンションのエントランスに立ち尽くしているのだろう。ああー、そして何で建物の中なのに噴水があるのだろう……と、大理石っぽい質感で滔々と水が噴いたり流れたりするそれを見やり、現実感を遠のけようとしてみる。しかし、
「本日より、突貫で『格闘』を叩き込む。まずは全てにおいての基礎、体力づくりのためのロングジョッグ10kmを行うが、距離は日ごとに伸ばしていくからそのつもりで。遅れずに着いてこい」
私の目の前で腕組みをしながらそう告げたのは、他ならぬ昨日の麗人、カワミナミくんだったのだけれど。
……何か感じ変わってない? 目つきはさらに鋭く、猛禽類のようなそれに近づいてるし。声もより低く、有無を言わせないほどの重い迫力に満ちている。
ちょっとこれって、人に物を教える時にだけ「鬼軍曹化」しちゃう、割と古いタイプの指導者に多い困った性質の発現なのでわ……私はおとついの夜、飛び降りようとした直前の恐怖感の再来のように、お腹の辺りが無意識にぷるぷる小刻みに震え始めているのを感じる。
「お、俺らは関係ねいじゃねいかよう! セコンドだっつーの、セコンド!」
「やれやれ……今回は個人戦っつーのは、お前さんだって先刻承知と思ってたが」
そして何故か私の左隣りには、例の丸いのと細いのが並び、のっそりとだらしない姿勢で立っていたのだが、口々に抗議や呆れと困惑みたいな言葉をカワミナミくんにぶつけ出した。
ああー、これあれだ。折檻パターンだわ。こいつら学習能力ないの? 思考を脊髄で止めて処理してない?
ぱぱん、とかろうじて二回、打撃音を聞き取ることが出来たけれど、見た目は一瞬だった。一瞬にしてカワミナミくんの右ローは、まずアオナギの左膝を下から上に振り上げるようにして刈り取り、空中で溜めをほんのわずか作ってから、今度は丸男の左膝を上空から強襲した。
「……」
「……」
本物だ。そして本物の打撃を加えられると、呻き声すら出ないのね、と、横並びになった丸男とアオナギの真顔で遠くを見ている顔貌を鑑み、私は思う。
「他に。……無ければ行くぞ。1kmごとに15秒待ってやる。その時、私に追いつけなかった者には、気合いを入れてやるので留意しておけ。いいな?」
はぃぃぃぃぃっ!! と私ら三人は力の限りそう返答するほかに術は無かったわけで。
こうして鬼が如くの鬼特訓が始まったのだけれど、うーんうーん、やっぱり逃げ時を間違えたとしか思えんわー。
私はまだ陽の光がカケラも差さない暗い外へと出て、銀色のジャージに身を包んだ長身を慌てて追っかけ始める。
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