#011:真剣かっ(あるいは、涅槃全土!ダーツの旅)
「少し……体の方も澱んでいるようだな」
おしゃれでありながら味の方もかなりの美味だった食事を終えて、ソファの方に促された私は、いきなりその麗人(カワミナミ ジュンだ、と手短に名乗ってくれた)に、背後から腰の少し上の辺りを指で押された。
今は借りた薄いグレーのスウェット上下を身に着けているんだけど、その上から細いけど力強い力が加わってくる。
きゃんっ、と思わずかわいらしい声が出てしまったものの、カワミナミくんは構わず私の背中と言わず、二の腕と言わず、ふくらはぎとか、お尻の横辺りにも遠慮なく手を伸ばして指圧みたいな力をかけてくる。
ええーっ、どゆことどゆこと? と困惑しながらも、あ、何かこりがほぐれて、ああ、いい感じ、みたいに私の体は立ったままのけぞってしまう。
「いい筋肉がついている。しなやかな……何かやっていたのか、客人?」
カワミナミくんは私を女とは認識してくれないのか? と、若干憮然とした表情で振り返りつつ、とすん、と柔らかなソファに腰かけるけど、私の方に興味深い視線を送ってきているその麗人のすらりとした全身をよくよく眺めてみると、あれ、胸の辺りがこんもり盛り上がって……あれれ、女性だったの!? 今まで男かと思ってたけど……
「……体は後から女にした。心は女であると自分では思ってはいるが、よく男らしいと言われる」
カワミナミくんは大して感情も交えずにそう答えてくれるけど、うん、ややこしい。
いやそれよりも。
「さっき『魂の浄化』云々言ってたわよね? それと『2億つかむ』とか何とかも。それで今度は『筋肉』どうとか。そいつらが全然私の中じゃあ噛み合っていかないんだけど、詳細な説明をお願いしてもいいかしら?」
脚を組みながら私は、キッチンの方にいったん引っ込んでいったカワミナミくんと、テーブルでスポーツ紙を広げ始めたアオナギに向け、そう言い放つ。
昨日から「ダメ人間コンテスト」とやらについての断片的な情報は入ってきているものの、全貌はあまり頭に入ってきていない。まあ、昨夜はぐどんぐどんに呑んでたから、っていうのもあるけど。
気が付けば私は、かなりこの、諸々のことに対してやる気になってきていた。何でだろう。こんなうさん臭いことなのに。いつもだったら、無視するというか、全く無関心で通り過ぎるようなことなのに。
「ねえさん、『チェスボクシング』って知ってるか? 感じとしてはあれに近い。イメージ出来るか?」
アオナギが顔を上げ、こちらを、にやりと意味ありげに見やってくる。こいつは時折こんな力の抜けた自然体な表情をするな。まだ自分の立ち位置が分かってないのかしら。
「だから説明を。お願いしてんだろうが」
むかり、と頭に血が昇った私は、ドス低い声で呟くと共に、ローテーブルの上の革張りのペン立てにあった金属の細身のペンを手に取り、ダーツが如くアオナギめがけて射出した。
さくりふぁいす、みたいな呻き声を上げ、眉間から金属の棒状のものを生やしながら、長髪を揺らして男が白目で崩れ落ちていく。
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