#010:猛禽かっ(あるいは、刺突、使途より使い道)
「……じゃあ、あなたが泥酔状態の私を?」
絶妙な焼き加減の蕎麦生地に、中はとろける半熟。
二日酔いの朝はお茶すら飲みたくない私なのだが、きちんと用意してくれた食事を前にきちんと座ると、不思議と食欲が湧いてきた。ここ数日、ろくな物を食べていなかったこともあってか、自然とナイフとフォークを動かしている自分に気づく。
「……何事かと思ったが、まあ、経緯はあらかたアオナギから聞いた」
麗人も私の左隣の席につき、真っ白く光沢を放つコーヒーカップを傾ける。
新橋ガード下の居酒屋で正体を失くした状態の私を、この麗人が背負ってここ(汐留パークサイドタワー52F、だそう)まで連れて来てくれたそうだ。
何か、そう言われると、うっすら担ぎ上げられた筋肉質な背中の感触を思い出した。そしてその肩にアルコール混じりの胃液を垂れ流したことも。
「……面目ない」
としか言えんわー。一方のアオナギは先ほどから落ち着かない感じで、黙々と下を向いたまま咀嚼を続けている。話を逸らそうと、二人の関係をおずおずと聞いた私だったが、
「内縁のパートナーとしておいてくれ」
とのひと言に、ん? と思考が固まってしまう。えーと、この長髪男と、このイケメンが、こう来てこうで、こう。ふーん。
「えええええっ!?」
思わず大きな声が出てしまった。そんなリアクションにももう慣れているのだろうか、その麗人は構わずに今度はガレットを口に運んでいる。
わからないものねえ。というか、この世の中で私にとって本当に判ったことなんて、実は無かったのかも知れないけど。
いろんな意味で衝撃的なカップルではあるけど、時折その麗人がアオナギに向ける目線は何というか、得も言われぬ慈しみを帯びているかのようで。まあ、うらやましい限りだわ。
と、そんなお門違いな嫉妬みたいな感情を沸き立たせている自分にまた驚いてしまう。
何だか、私だけがこの世界の流れに、うまく乗り切れていないみたいで。
「……」
と、その麗人が、つっと立ち上がったかと思うと、私に柔らかな質感のハンドタオルを差し出してくれる。
お腹がくちくなって脳に栄養が巡ってきたのか、生きているという実感が押し寄せてきていた。
そして大小さまざまなことが頭に甦ったと同時に、死なずにすんだという安堵感も体を巡ってくるかのようで。
堰き止めようもないものが、皿に滴っていたことに気づき、慌てて顔をそのタオルで覆い隠す。
「……ねえさん、飛ぼうとしていた理由を聞くほど俺らは野暮じゃねえ。だがよぉ、だからこそ、お前さんの抱え込んでいるしがらみを一切合切、ぶちまけてみねえか? 分裂、揮発、拡散。魂を浄化させる祭典でよぉ」
アオナギの自然な声が響いてくる。魂が浄化されたのなら……この胸の奥の澱も流れ出ていってくれるのだろうか。
思わずタオルから顔を持ち上げ、その顔を見やる私だったけど、キメ台詞を放った割には私からの懲罰を予期してか、怯えてこわばったおへちゃな面を晒していたわけで。
いやいや、流石に今の流れで折檻はないでしょぉ、と思いつつもデジャブ感はガブリ寄りが如く押し寄せて来ているわけで、じゃあまあご要望通りに、と、妙に殊勝な気持ちで逆手に持ち直したフォークを、テーブルの上に置かれた筋張った手の甲にダンと振り下ろしてあげる。
げどせんき、みたいな呻き声を上げ、手を押さえ震え出すアオナギだったけど、私の中には正しい事をしたという、白い光に包まれていくかのような満足感が沸き上がってきていた。
もしかしてこれが……浄化だとでも言うの? いや違うか。
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