#004:存外かっ(あるいは、ひとたびはダメに臥す)

 結局落ち着いたのは、ガード下のさらに奥まった所にあった昔ながらの飲み屋。


 イス神輿状態の我々を受け入れてくれたのは、老夫婦でやっているのだろう、壁のしみや天井の煤などに歴史を感じさせる、こじんまりとしたあまり流行ってなさそうなお店だけだったわけで。


 あんれま、今日は何の祭りべ? と、どこの郷の言葉か分からないけど、腰の曲がった小ちゃいおばあちゃんが、引き戸の入り口から上に顔が見切れている私の姿を見て口をぽかりと開ける。


 今日の私の出で立ちは、燃えるような緋色のパンツスーツの上下であり、ざっくり胸元の開いたサテン地の光沢のある白いシャツに、首元には銀色にラメるネッカチーフ。そして淑女のたしなみとして金色をメインとしたアクセを所々に散りばめている。


 今日が旅立ちの日、と思えばこそのフル装備だったけど、まあ、正気の人が見たらてんやわんやのお祭り状態に見えても致し方ない、かも。


 おねえはん、ビールらよぉっ!! と床に降ろされたキャスター椅子から、うんしょと立ち上がると、そのおばあちゃんに、にこりと笑みを振りまきながらそう注文する。


 あいよー、お兄さん方は? とたどたどしい動きでおしぼりを運んできてくれながらそのおばあちゃんが丸男とアオナギに向けて聞いてくるけど、二人とも妙に委縮して何も言葉を発そうとはしない。やれやれ、やり過ぎたかしら?


「……あたひのおごりやよ。ん何でも頼みなさいぃ」


 分かりやす過ぎるアメとムチかも知れなかったけど、瞬間、二人は汚い笑みを汚い顔に浮かべると、嬉々としてビールやらつまみやらを頼みだした。単純なやつらめ。


「……」


 狭い店内を見渡してみると、私ら以外の客はカウンターで何やら大将と話し込んでいる白髪の赤ら顔のおじいちゃんだけだ。常連さんだろう。繁盛しているとはお世辞にも言えないけど、こんな昭和の佇まい、私は結構好き。


 真っ黄色のヒールから、かぽかぽと足を抜き、一段上がった座敷にどかりと座りながら、私は今日一日の疲れがどっと来だしたもう若くはない体を、わさび色の塗り壁に寄っかからせる。 


 疲れた。いろいろあって、いろいろ疲れた。


「ね、ねえさん、まま、一杯。いやー、今日はほんと、おっかれさまでやっしたぁ」


 対面から、丸男が不気味な笑みを浮かべながらお酌をしようと身を乗り出してくる。こいつは本当に口調が定まらないな!!


「……おつかれな事は、何もねんだよ。お前らのせいで、こちとら死に損・ね・た・だ・け」


 渡されたビールのロゴの入ったコップの底で、丸男のテーブルに置いた指先を一本一本丹念にぐりぐりと潰していってやる。だんぶるどあぁ、みたいな呻き声を上げつつ、それでも震える手でビール瓶を傾け注ぎ入れてくる根性は買ってあげなくもないけど。


「それなんだが……あねさん。死に損ねたついでに、俺らにその才気、預けてもらうことは出来ねえか?」


 丸男の隣に座る、目が据わってきた長髪男アオナギが、いやに畏まって、そして仁侠映画のような芝居がかった口調でいきなり切り出してくるけど。


「あたひは駄目。仕事も駄目。男にもフラれて、年もいっちゃってる。何をやっても駄目なんよぉ」


 そう、駄目なんだ。渾身の虚勢を張って、この世知辛い社会を渡り歩いてきたつもりだったけど、それももう無理、イヤ。……そう、もう、ぐずぐずの、ダメ人間らんよ。


「ダメ。ダメ。ダメ。いいじゃあないか」


 そんなぐでんぐでんの私の目を、思いがけない優しさを湛えたような目で捉えてくるアオナギ。えっ?


「……あねさん、俺らが目指すのは、ダメの頂点」


 何らって?


「ダメ人間の、ダメ人間による、ダメ人間のための祭典。それこそが、ダメ人間コンテスト」


 その言葉は、何故だか、何だか、私の心の奥の底のしこりを貫いたような気がした。


 何か、胸の奥に涼風が吹き付けた、そんな得も言われぬ、爽快感。


「……」


 だけど、人の顔に指を突きつけてきたのがむかついたので、思い切り曲がらない方向へと、くいと折り曲げてやった。あるじゃのほぉん、みたいな呻き声を上げて、アオナギの体は後方へと盛大にのけぞっていく。


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