ヤスくんの本音3

 悩んでいる時にその原因になっている張本人が近くにいるのはなかなか厄介なものだ。


「柴崎さん、11月の資料ちょうだい」

「……」

「柴崎さーん」

「っ、はい!」


 ぼんやりとしていたらその張本人に呼ばれる。私はこんなに悩んでいるのに何でこの人はこんなに普通なんだ。それも想いの大きさの違いか。悔しいけど仕方ない。


「……何?」


 私が自分のデスクの前で立ち尽くしていることにようやく気付いたヤスくんが私を見上げる。……ああ、やっぱり大好き。


「いいえ」


 ニコッと微笑んでデスクに戻る。少しくらい私のことで頭がいっぱいになればいいのに。

 その日の夜、先輩が飲みに誘ってくれた。今日はヤスくんと約束もしていなかったし、もちろんついていった。


『今日会える?』


 お店に着いた頃、ヤスくんからLINEが来た。会いたい、そんな気持ちが膨らむけれど、ここは引くべきだ。私に会えなくて寂しいと思えばいい。


『今日は先輩と飲みに来てるから無理』

『そっか。飲み過ぎんなよ』


 お父さんか!私と会えないからってヤスくんには何のダメージもないらしい。悔しい。


『平気だよ』

『終わる頃迎えに行こうか?』

『そんなに過保護にならなくて平気です!お父さん!』

『お父さんじゃないから!』


 そこで携帯は鞄の奥底にしまった。もうヤスくんなんて知らない。

 飲み会には先輩だけでなく、私の同期や先輩の同期、つまり竹田さんたちも来た。悩みはいつもランチの時に先輩に聞いてもらっているから、今はヤスくんのことは忘れて騒ぎたかった。

 竹田さんとはあれからまだ少し気まずい空気が続いている。先輩にはあんなの気にしなくていいよとは言われたけれど、気にしないのはやっぱり無理で。直属の上司だし……。でも今はやっぱりヤスくんがムカつく!!

 私は日向ほどお酒に強くない。いつも飲み会で生き残れるのは上手くセーブして飲むからだ。つまり、セーブしないと大変なことになる。


 パチッと目を開けたら、知らない天井が目に入った。次に頭を刺すような痛みが襲う。ここ、どこ?近くにあった鞄の中から携帯を探し出す。え、9時?まだそんな時間か……。あ、ヤスくんから電話かかってきてる。18件て、何でそんなに?


「もしも」

『唯香今どこにいんだよ?!』

「っ、頭痛いから大きい声出さないで」

『飲み過ぎんなって言っただろ。で、今どこ』

「え、どこって……」


 どこだろう。ていうかヤスくんは何でそんなに怒ってるの?そこでようやく気付いた。カーテンから明るい光が漏れている。


「っ、仕事!」

『はぁ?今日土曜日だろ。で、今どこ』

「そっか土曜日か、遅刻したかと思った……」

『今どこ?!』


 え、ほんとに今どこだろう。誰かの家なのは間違いない。でもヤスくん心配してくれてたのかな。そりゃそうか。昨日の夜から朝まで連絡取れなかったんだもんね。


「ヤスくん、ごめ……」

「あ、目覚めた?」

「え……」


 ガチャッとドアが開いて、入ってきたのは竹田さんだった。こ、ここ竹田さんの家……?ていうか今、竹田さんの声聞こえたよね……?


「や、ヤスく、」

『はぁ、また電話する』


 ブチッと電話が切れた。……それだけ?呆れたようなため息が頭の中をふわふわと回る。


「ご、ごめ、主任と電話中だった?!昨日柴崎さん酔って寝ちゃって、ここ連れて来て、でももちろん何もしてないしそっちの部屋にみんないるし!誤解解かないと……」

「……いいんです」

「え?」

「いいんです」


 ポタポタと涙がシーツを濡らす。ヤスくんはきっと。私がヤスくんを想うほど私のことを好きじゃないんだ。だってもしヤスくんが酔って他の女の人の部屋に泊まったら、不安で仕方なくてあんなに薄い反応しないもん。

 私ばっかり好きなんだ。ヤスくんからの電話はいつまで経ってもかかってこなかった。

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