ヤスくんの本音4

 電話がかかってこないのにこっちからかけるのはどうなんだろう。次の日、ヤスくんの連絡先を開いたり、閉じたり。ずっと悩んでいたけれど、結局かけることはできなかった。ヤスくんからも、かかってこなかった。

 月曜日はいつにも増して憂鬱だった。ヤスくんは普通だし、私のことを気にしている素振りもないし、イライラするし。やっぱりヤスくんは私が無理に押したから付き合ってくれただけで本当は私のことなんか好きじゃないんだろうな……。

 いやいや、そんなのはじめから分かってたことじゃん!私はヤスくんのことが子どもの頃から好きで、でもヤスくんが私を女の子として見てくれるようになったのは最近で。想いの大きさが同じなわけない。ヤスくんと付き合えただけで奇跡みたいなものなんだ。欲張っちゃダメだよ。

 話があるのでお昼休みに時間をくださいとLINEした。返ってこなかったけれど、既読はついた。

 そしてお昼休み。人気のない非常階段に来た私は、ヤスくんのことを待っていた。まずはちゃんと話さないと。一昨日のは誤解だということ、そしてヤスくんが私に手を出さない理由。何か理由があるのだと信じたい。もしそれが、私のことをやっぱり女の子として見れないというものでも。それがヤスくんの答えなら仕方ないのだ。


「ついてくんな」

「ヤスくん相変わらず冷たいなー」


 でも、そんな決意はどこからか聞こえてきた二人分の話し声の前にバラバラと崩れ去った。ヤスくんの声?それに女の人の声が、ヤスくんと呼んだ。恐る恐る非常階段から廊下を覗く。ヤスくんの腕に綺麗な女の人が絡んでいた。……いやいや、見間違いだよね?……やっぱりいた!目を逸らしたり擦ったりしても変わらない。あ、あの人誰?


「昔は情熱的に抱いてくれたのに……」

「そんな記憶は一切ない。用事あるからついてくんな!」

「あー、彼女ちゃん?」

「……」

「もうあのこと言ったの?早く言わないと可哀想なんじゃない?」

「……」

「お前と別れて他の女と……」

「変な言い方……」

「や、ヤスくん!」


 もう耐えられなかった。どういうこと?やっぱり私には本気じゃなかった?涙目で現れた私にヤスくんは目を丸くする。綺麗な人の手はヤスくんに絡み付いたままだった。


「連絡、するって言ったのに」

「あー……、それは」

「私と、別れたいんだ?」


 ヤスくんが困ったように頭に手をやって目を逸らす。……そうなんだ。本当なんだ。


「俺にはお前を、幸せにできないと思うよ」


 そう、ヤスくんは私が無理に押したから付き合ってくれたのだ。つまり、ヤスくんが無理だと思ったら、きっと簡単に終わる。そう、分かっていたはずなのに。欲張りも大概だ。


「……そう」


 嫌だって縋り付いたら、それでもいいと泣いたら、もしかしたらヤスくんはまた「負けたよ」って言ってくれたかもしれない。でも言えなかった。これ以上ヤスくんを困らせたくないと、そう思った。胸は張り裂けそうに痛いのに、私はクールを装うんだ。

 何度振られても、この人以上に好きになれる人はいない。それは私の勝手な都合。ヤスくんも私を好きになってくれなきゃ、一緒にいる意味がない。

 私の幸せはどこにあるのだろう。ヤスくんの隣にないなら、私の幸せは一生見つからないかもしれない。

 隣の女の人が誰なのか。そんなことはどうでもいい。ヤスくんが出した答えが全て。


「ありがとうございました、主任」


 主任の体がピクッと揺れる。彼の隣を通る瞬間、大好きな香りが残酷なほどに私の体を包んで。涙が溢れないように歯を食い縛った。

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