フクロウのお守り

くろまりも

フクロウのお守り

「おめでとう」

 菩薩のような微笑を浮かべる少女の言葉を皮切りに、乾いた拍手の音が響き渡る。

 綺麗な女性とは縁がない俺は、思わず照れ笑いが浮かんでしまう。ただ、疑問があるとすれば、身体を縄で縛られていることと、何を祝福されているのかわからないことだ。

「いやぁ、ありがとうございます。それもこれもみなさんの応援のおかげですよ」

「うふふ、謙虚に振る舞ってるつもりで適当に言ってるでしょう?」

 速攻でばれた。

 ニコニコとした笑みを浮かべているが、放たれている圧がやばい。あれは顔は笑っているが、内心では笑っていない類のやつだ。

 とはいえ、心当たりは……あることはあるが覚えていない。昨夜飲み過ぎたため、記憶が丸々飛んでしまっているのが原因だ。そして、目が覚めるなり、美少女とその取り巻きたちから祝福の言葉と拍手の歓待だ。まるで意味が分からない。

 まずは分析が必要だ。昨晩、何をしたか思い出してみよう。


◆◆◆


 先日、成人式を行ったばかりの俺は、一人でバーに行って酒を飲んでいた。

 友人と一緒ではなかった理由は、彼らの前で醜態を晒したくなかったからだ。まずは一人で飲んで、限界を知っておきたかった。

 最初の一杯はビールにしてみたが、あまりおいしいとは感じなかった。二杯目からカクテル切り替えてみると、こちらは舌にあったのでいくらでも飲めた。

 そのため、この時の俺は『俺って酒に強いんじゃね?』という自信が湧き、いろいろなカクテルをカパカパ飲んだ。今思い返せば、ただのアホである。たぶん、二杯目のあたりからすでに正気ではなくなっていたのだろう。

「おい、兄ちゃん。それくらいにしておきな」

 そんな俺を止めてくれたのは、隣で飲んでいたスキンヘッドの男だった。顔に大きな傷があり、見るからにやのつく職業のお方だ。

 だが、彼らだって年がら年中暴力に走っているわけではない。仲間と一緒に飲んでいる横で、明らかに加減を間違えている若者がいたので、親切心で止めに入ったのだろう。スキンヘッドの男の後ろでは、彼に負けず劣らずの強面たちが苦笑いを浮かべている。

 道で出くわしたら避けて通りたくなるような人種。そんな彼らに注意された俺は――

「うるせえっ!」

 右ストレートでスキンヘッドの男を殴り飛ばした。


◆◆◆


「何やってんの、俺!?」

 思い出して、自分にツッコミを入れる。

 いや、待て。まだその件と関係があるとは限らない。きっと殴り飛ばした後に謝って、万事問題なく店を去ったに違いない。

 そう自己暗示をかけてから顔を上げると、取り巻きの一人に禿頭がいるのに気づいた。なぜかとても見覚えがある。あってほしくなかった。

「な、殴ってすみませんでした!酔ってたんです!」

「ん?あぁ、いいのよ。酒の席での喧嘩くらい笑って流せるくらいじゃなくちゃ、極道は務まらないもの」

 なにはともあれ謝ることにしたが、美女は笑って許す。スキンヘッドは苦虫を噛み潰した顔をしているが反論する気はないようだ。

 許されたけど、さらっとヤクザだと認められた。というか、殴ったことが原因じゃないなら、なぜ俺はこんなところでこんな状況になっている?

 再び頭をフル回転させ、過去の記憶を呼び覚ます作業に戻る。


◆◆◆


「いえ~い、俺は二十歳だぜ~」

 スキンヘッドとその仲間たちを殴り倒して店の外に出た俺は、店横に停めてあった車に千鳥足で近づいていった。

「ぬ~す~ん~だ~くるまで~はしりだす~」

 キーを置いたままにしてあったので、そのままエンジンをかけて発車させる。一応免許は持っているが、もちろん俺の車ではない。

「いけませんな~。車はちゃんと元の場所に戻しておきませんと~」

 謎理論でダッシュボードを漁ると、スキンヘッドの免許証と名刺が入っていた。名刺を見て住所を把握すると、その方向に向けて車を進める。

 よく事故を起こさず、警察にも止められず、正しくその住所に向かえたものだと思う。今思い返せば、ぞっとしない話だ。だが、結果として、無事到着することはできた。

 ……いや、待て。違う。なにか違う。

 目的の場所に辿り着いたのは間違いない。『梟島組』と書かれた事務所が目に入ったのはかろうじて覚えている。そして、事務所の前に車が一台止まっていたため、その手前に駐車しようとしてブレーキを踏み――

「ひゃっはー、アクション映画だぜぇ!」

 ブレーキと間違えて、アクセルを踏み込み、事務所前に止めてあった車に激突した。


◆◆◆


「セリフ的に確信犯じゃねえか!なにが、間違えて、だよ!」

 過去の自分にツッコミを入れ、頭を床に擦り付けて土下座する。

「金は……ないですけど、がんばって稼いで車は弁償します!だから、命だけは!」

「車?……あぁ、あの騒ぎもあなたのせいなのね。それなら気にしなくていいわ」

「……へ?」

 事故を起こした犯人が自分だとは気づかれていなかったようだ。白状してしまったことは藪蛇だったが、彼女は気にしていないどころか嬉しそうだった。

「あなたが突っ込んだ車は、うちの組にカチコミに来た他所の組の者でね。あなたが起こした事故のおかげで、あいつらは出鼻をくじかれ、こっちは襲撃に気づくことができた。偶然とはいえ、そのことに関しては礼を言うわ」

「えっと、じゃあ、弁償は?」

「ボロ車の一台二台どうってことはないわね」

「いや、お嬢。あれ、新車だったんすけど……」

 スキンヘッドが恐る恐る主張するが、少女の一睨みですごすごと引き下がった。いや、本当に申し訳ない。

 だが、車の件でもないというのならなんなのだ?さらに深く記憶を辿る。


◆◆◆


「ぐっ、なんでいきなり車が突っ込んできたんだ!?」

 炎上する車から、拳銃を持った男たちがよろよろと脱出する。騒ぎを聞きつけた梟島組のヤクザたちも、何が起きたのかと事務所の外に出てきた。

「おい、なんの騒ぎ……て、てめえらは夜鷹組!?カチコミだぁ!!」

「ちくしょう!バレたなら仕方ねぇ!ぶち殺せぇ!」

「ザッケンナコラー!スッゾコラー!」

 事務所の前で激しい銃撃戦が繰り広げられ、ヤクザ同士の怒号が飛び交う。そんな中、俺はどうしていたかというと――

「う~い、お車お届けに参りやした~」

 裏口から事務所の中に入っていた。組員は全員表口の抗争に出払っていたため、見咎める者は一人もいない。

「あれ~?留守かな~?いやぁ、いいベッドですなぁ。寝心地がよさそうでぇ」

 少しうろついていた後、アルコールが回ってきて眠くなってきた俺はカーペットに寝転がった。その部屋は少し豪勢で、ふかふかのカーペットが気持ちよかったのだ。

 そのまま睡魔に負けてウトウトしていると、誰かが部屋に入ってくる気配を感じた。

「まったく、学校から帰って来たばかりなのにカチコミなんて……」

 寝転がっていたのはソファーの後ろだったため、その人物は俺の存在に気づいていないようだった。高校の制服を脱いだ彼女は、鏡の前で自分に言い聞かせるように呟く。

「……大丈夫。私は組長の孫娘。悪逆非道な極道。……うん、やれる。がんばれ、私」

 顔をパチンと叩いて気合を入れる。

 と、同時に扉が開いて、拳銃を持った男が部屋に飛び込んできた。

「っ!?」

「梟島燕だな!?死ねぇっ!!」

 おそらく俺と同じように、表の騒ぎを目くらましに裏口から潜入したのだろう。初めからそういう計画だったのかもしれない。男は血走った目で拳銃の引き金を引き絞り――

「やかましい!寝る時は静かにしろ!」

 睡眠を邪魔された俺にノックアウトされたのだった。


◆◆◆


「あっ、思い出した。あんた、あの時――」

 何かを言おうとした直前、燕の手が俺の口を覆い塞ぐ。

「えっ?酔っていて覚えていない?何が起きて、私が何を言っていたかまったく覚えていないですって?」

 そういうことにしないと殺すと目で訴えてくる。殺されたくないので、俺は何度も首を縦に振る。

 その答えに満足した燕は菩薩のごとき笑顔に戻った。いや、だから、目が笑ってなくて怖いって。

「あなたは元々私の専属護衛になる予定だったけど、面接の時間に遅れそうだったから、車を借りて慌ててやってきたの。秘密の護衛だったから、組のみんなが知らなくても当然ね」

「……いや、さすがにその設定は無茶が――」

もし・・、不法侵入だったら――」

 あまりにも強引な内容に口を挟もうとしたが、燕はさらにその上から被せるように言う。

「今日からあなたのベッドは東京湾の底になってしまうものね?」

「そのとおりでございます。お嬢様」

 ニッコリと笑う彼女の背中に、悪魔の羽が生えているように錯覚した。権力に弱い俺は手首が壊れるレベルで手の平返しをする。

「さっきおめでとうと言ったのは、面接は免除で合格という意味よ。今日からあなたには、私の専属護衛をやってもらいます。組の一部以外には内密でね?」

「……いやいやいや、不合格でいいです!俺、一般人なんで!」

「あっ、車の弁償代と飲酒運転事故の揉み消しにかかった費用なんだけど――」

「犬とお呼びください、お嬢様」

 権力に弱い俺は以下略。畜生、こいつ完全にサドだ。

「……でも、一般人なのは本当なんで、お、お手柔らかにお願いしますぅ」

 泣きそうな声で懇願する俺に、周囲のヤクザたちは同情の目を向ける。だが、燕だけは鋭い瞳を光らせた。

「一般人、ねぇ」

 彼女は顔を寄せ、俺だけに聞こえる声で囁いた。

「一般人が喧嘩慣れしているヤクザ数名を倒し、衝突事故で車から無傷で脱出し、鍵がかかっていたはずの裏口を難なく突破し、拳銃を持った男を音もなく気絶させたっていうの?」

「……ビギナーズラックってやつですよ」

「なら、私の幸運のお守りになりなさい」

 どうしても俺を手放す気はないらしい。この子は間違いなく、俺の天敵となるタイプだ。

「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったわね。私は梟島燕。あなたの名前は?」

 諦めの溜息を一つ吐き、俺は観念したように名乗った。

「烏丸鳩也。名前の通りの平和主義ハトなんだけどなぁ、俺は」

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フクロウのお守り くろまりも @kuromarimo459

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