第2話 小麦小屋のお宝

魔女の村の端の端にある小麦小屋で、クロナは1人奮闘していた。

小窓からの光を受け、きらきらと光を放つ程度だったほこりも、どたばたと小麦の袋の山をよけたり積んだりしているうちにどんどん存在を増してきた。


「何を探すのか聞いとくんだったー!」


昨夜ベニエに言われたことを鵜呑みにしたはいいが、肝心の物の内容を聞いていない。そのため手当たり次第にあたりをひっくり返していたのだった。


その様子をふよふよと飛びながら傍観しているポンチキが、茶々を入れる。

「クロナはやっぱり抜けてるポン。」

「うるっさいわね、今自分でも反省してたんだから黙っときなさいよ。」

「ベニエの言ってたことが本当かも分からないポン?」

「あのね、」

それは違う、とポンチキのしっぽをむんずと掴んだ勢いで、何かに思い切り肘をぶつけた。


はっと振り向くと、肘の先には大量の小麦。となりに積んであった小麦袋の山だ。把握したときには既に遅く、2人は崩れおちる大量の小麦袋に埋もれた。

「わーーっ!」

どさどさどさっ、と麻袋に詰められたそれは意外と重く、生き埋めの危機さえ感じる。ひとまずこの小さな白コウモリが潰れないように。ポンチキをかばいつつ袋を端からどけていると、小麦と思えない硬い感触が手に触れた。

「なに、これ…?」

はっとして右手に視線をやると、小さな小箱がそこにひっくり返っていた。

間髪入れずその小箱を開けるクロナ。

中にはラベルの貼られた小瓶と、少しだけ年季の入った魔導書が入っている。


「もしかして、ベニエが言ってたってこれのことかな?」

いつの間にか持ち直してとなりにいたポンチキが急かすように羽をばたつかせる。

「早く読んでみるポン」

言われるまでもなく、重厚な赤の表紙を開き、羊皮紙のページをめくっていく。比較的新しく見えるが、中身は小難しい言葉が並んでいて最早暗号に見えた。


「なになに、変質パウダーの生成魔術?なんじゃこりゃ。」

ページをひたすらめくるも、ちょっと妖しげな魔術書にしか見えない。


「汝の請い願うこと、ただ一つ叶えたまう魔法のコスメの作り方をここに記す。タルクの葉、シリカの枝、妖精の粉に加え、4国の王女の、喜びから出づる涙を魔術にて調合せよ。」

「なお、齢13までの幼き魔女にのみ、使用可能な術である。ポン。」


「えーーっと、つまり。何でも願いが一つ叶うパウダーの作り方、ってこと?すごい!これがあれば人間になれる!」

 浮かれてはしゃぐクロナに対し、ポンチキがぴしゃりと言い放つ。


「作っちゃダメポン」

「なんでよ。何でも願いが叶うのよ?折角ベニエが教えてくれたのに。」

 クロナがぐっとポンチキに詰め寄り、負けじとおでこをつきあわせて反論する。

「五国の王女って、人間の国に出ていくってことポン。13歳より前に村の外に出るのは掟に反するポン!イズワール先生におしおきされるポン。」


 クロナはポンチキのおでこを指でぴんとはじくと、腰に手を当てて鼻で笑った。

「バカポン、イズワールが怖くて魔女やってられるかってのよ。それにほら。」

 小箱に入っていた小瓶のラベルを指さす。ご丁寧に『光の国の王女の涙』と書かれたそれには半透明の黄色の棒が入っていた。何となくその文字に既視感を覚えつつ、クロナは得意げに胸を張った。


「光の国の王女の涙も、今ならセットでついてくる。」

商売人のような物言いに、ポンチキは羽で額をおさえた。


「それが本物って保証はどこにもないポン。大体この本の通りにやっても、なんでも願いの叶うパウダーなんて、本当に作れるかどうかあやしいもんだポン。」

「でもこれが偽物って保証もないもん!」

「それにこれ、ここを見るポン!」

ポンチキが魔導書のあるページを羽で指し示す。

「魔女を捕まえ、極点で殺すためのゴーレム……?」

ページには、いかにも恐ろしげな化け物が街の人々を襲う様子を描いた挿絵が添えられていた。その横に書いてある、説明とも呼べないほど簡単な注釈を読み上げ、見るまに青ざめる。もしやこの怪物に襲われる危険があるのか。過ぎった不安をポンチキがさらに煽った。


「本当かどうか確かめずに危ない橋を渡るなんて、バカのやることだポン。」

「……」


逡巡後、魔導書をばたん、と閉じたクロナ。流石に諦めたかと油断しかけたとき、畳み掛けるように言葉が降ってきた。


「ポンチキが信じようと信じまいとどっちでもいいもん。私もう、行くって決めたから。ベニエがくれたチャンスをふいにするなんて絶対にいや!」


両手に本と小瓶を握りしめて立ち上がる。クロナの瞳には燃えるような夕日が写り込み、真っ赤に輝いていた。ポンチキは説得がもはや無意味であることを悟り、口をつぐんだ。


「そうと決まれば即行動!一日だって無駄にできない。」


魔導書と小瓶を持ったまま小屋を出る様子を、ただ呆然と見送るしかなかった。

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