スウィッチ☆クロナ

@rilala_umeshu

第1話 13歳の夜に

※はじめに…他サイトとの重複投稿になります、恐れ入ります。




 霧深き森の奥で、小さな村がクリスマスを迎えていた。青い月明かりとキャンドルの光に照らされる中、一様に黒いローブをまとった魔女たちと使い魔がテーブルを囲む。クルク鶏の丸焼きに、クリスマスプディング、ミモラサラダ…、卓上にはあふれんばかりの料理がならび、華やかな様相だ。彼女たちの視線は料理ではなく、中央に置かれた古時計に注がれていた。グラスを握って固唾を飲み、秒針が進むのを見守る。

「さーーん、にーーい、いーーち」

魔女たちのカウントの声と共に、時計が0時を指す。

「みんな、お誕生日おめでとーー!」

カラーン!と景気のいい音が鳴り響き、これまでの静寂が嘘のような喧噪が訪れた。総勢二十人ほどの魔女たちが各々テーブルをかこみ、ジュースで乾杯している。続いてごちそうが取り分けられ、そこここで温かな湯気とかぐわしい香りが立ち上った。相当な量の食事が用意されているが、うら若き彼女たちのぺったんこの胃袋にかかればすぐに元の白い皿に戻りそうである。

今日は年に一度、村の全員が主役の日。そう、誕生日だ。この村の魔女たちは皆12月25日の生まれであった。


「お誕生日おめでとう、ベニエ!」

「あいたっ!気を付けるポン!」


グラスをかかげるおさげの少女クロナが、周囲の喧噪を上回る大声を張り上げる。金茶の髪の毛をざっくり編んだごん太おさげは、腰まであって動くたび上下にはねた。丁度真横をふよふよと飛んでいた白コウモリのポンチキをおさげが直撃し文句を言われるも、少女の耳には届いていないようだ。


「ありがとう。クロナも、みんなもおめでとう」

祝いの言葉を向けられた当人、ベニエがにこやかに謝辞をのべる。ふわふわのショートボブから覗く切れ長で涼やかな眼、通った鼻筋に落ち着いた声音。可愛いというよりは美形、と形容した方が良いだろう。そんなベニエの微笑み1つで、辺りにいた魔女たちの頬がぱっと染まった。


「もう13歳になってしまった。・・・8年なんてあっという間だ。」

気丈に笑うベニエだが、その笑みはとても寂し気だ。

「いつ、行っちゃうの?」

おさげの少女、クロナが尋ねる。

「明日……いや、もう今日か。あと数時間後、夜明けとともにイズワール先生が送ってくれるそうだよ。」

「そっかあ……。あーーもう、寂しいよーー!」


クロナにつられ、側にいた魔女たちも口々に別れを惜しむ。村で最年長である彼女は魔女たちにとって姉のような存在であった。

「ベニエがいないと、チビたちも不安だろうな。」

「大人になったら村には帰ってこれないしきたりなんて~、厳しすぎるよね~。」

しんみりとした空気に村が包まれる。すすり泣く声が漏れるすんでのところで、クロナが突然立ち上がった。


「はい!はいはいはーーい!」

「いきなり何ポン、うるさいポン」

「ベニエにプレゼントがあります!」


言っていつの間にか掴んでいた木の杖を一振りすると、ぼわん、とピンクの煙がたちのぼった。

「ちょっと、こんなとこでいきなり魔法…げほっ」

「いいからいいから、ほらこれ!これをね」

魔法で取り出されたらしいリップのふたを開け、袴を回して中をくり出す。出てきたのは、柔らかなピンク色の紅、ではなく、飴玉だった。どうやらリップの中に、キャンディがつらなって収納されているらしい。何やらまた変てこな物を、と考える一同を前に、クロナはその飴玉を口に放った。


「スウィッチ!」


呪文と共にかみ砕かれたピンクの飴玉。その破片が散ったかと思うと、桜吹雪のように膨れ上がり、見る間にクロナの体を覆った。思わず、おお、と魔女たちからも歓声が漏れる。桜吹雪が晴れる頃には、クロナは派手な魔女衣装に衣替えしていた。ピンクの宝石がついた可愛いステッキを握りしめ、ポーズをとってみせる。一瞬呆気に取られていた一同だったが、はっと我に返ると笑いがこみあげてきた。


「出た出たあ、クロナの変てこ魔法」

「もお~、イズワール先生にまた怒られちゃいますよ~~。」

「何それ、授業さぼってまたそんなの作ってたの?」

口々にヤジを飛ばす魔女たちだが、その表情はとても楽しそうだ。


「いーのいーの!今日は私たちみーんなの誕生日だよ!それに先生も今は見てないし」

「こら、そこ!なんですかその品のない恰好は。早く術を解きなさい。」

遠くから洗濯物の山を抱えた女性から怒号が飛んでくる。皆に噂されていたイズワール先生その人である。

さしものクロナも慌てて杖を一振り。するりと魔法が解けて元の黒いローブに戻った。睨みつけるようにして見届けたイズワールは、洗濯物を置きに本屋へと去っていった。


「こわこわ!」

完全に姿が消えたのを見計らい、杖をローブで隠しつつこっそりもう一振りする。

「こりないポンね」

ピンクの煙の奥から現れたリップを、今度はベニエに差し出した。先ほど変身に使ったものと同じもののようだ。

「はい、ベニエ!」

「これを、私に?」

「うん!お見送りのプレゼント。迷ったんだけど、今まで作った魔法道具の中で、これが一番自信作だから。」


「あのさクロナ、それって美味しいの?いくら変身用のキャンディだからって、ベニエに変なもん食べさせないでよ」

横から1人の魔女が口を出す。ベリーショートの髪が特徴的な彼女、名をフェンと言う。まだ11歳と幼いながらも村の中では年長者の部類に入る彼女は、ベニエに次いで村の良心であった。


「美味しいに決まってるでしょ!野イチゴ味だよ。それにこれで変身して魔法使うとね、いつものローブでやるよりちょっと力が」

「あっそ。」

必死で弁明するクロナに対し、フェンは全く興味がなさそうに腕を頭の後ろで組んだ。

「全然聞く気ないポン」

「聞いといて何よもうー!」


かしましいやり取りを見守っていたベニエが笑みを抑えきれなくなり、声をあげて笑った。

手の内のリップを握りしめて笑うベニエは、心から喜んでいるように見えた。


「プレゼントのハードルさがって良かったよ。それじゃあたしたちも」

憎まれ口をたたきつつもフェンが木の杖を振るい、白い煙と共に現れた透明なキャンディを口に放り込んだ。続けざまにかみ砕くと、散った破片に体を包まれ、見る間に魔術用のローブ姿に変身する。

「スウィッチ!」

フェンが再び杖をふるうと手元にプレゼントの包みが出現した

「これ、あたしたちからの餞別。今まで本当にありがとう、ベニエ」

フェンと共に村の魔女たちが用意したプレゼントは法外に大きく、ようやく収まりかかったベニエの笑いをまた大きくした。


「みんな。本当に、ありがとう」

「いいってこと。……さ、あたしたちはチビたちにご飯でも配ってくるかな。」

「えー、ボクはここにいるポン。」

「いいからいいから。ポンチキも行くぞ」

ポンチキをなかば無理やり連行し、フェンは年少の魔女たちの面倒を見に行った。他の魔女たちもめいめいに食事や会話に花を咲かせ始める。


戻って来た喧噪の中で、クロナとベニエの2人は、向きあって互いを見つめていた。これから離れる時間の分も、今ここで記憶に焼き付けておきたい。言葉こそなかったが、想いは同じだった。

しばしの沈黙の後、ベニエが口を開く。

「クロナ。君はまだ、人間になりたいって思ってるの?」

「もちろんなりたいよ!だって人間って自由じゃない。」

「自由って?」

「ドレスを着られるし、可愛いスイーツも食べられるんでしょ?それに王子様と恋だってできる。」

他愛のない理由にベニエが微笑む。しかし続ける言葉にはやや険があった。

「昔読んだ絵本の話してる?実際はそんな人間ばかりじゃない。それに人間に魔法は使えないよ。」

「でも魔女はほら、村の掟とか言われてこのだっさいローブしか着れないし、ごちそうも年に一度のクリスマス…てか誕生日だけ。おまけに村の外にはぜーーったい出してもらえないし。まあ、大人になれば外に出られはするけどね。」

大人になれば、という言葉にをと眉を動かすベニエ。その表情は険しい。


「それに、人間には家族がいるよ。……お父さんにお母さん、兄弟が。」

クロナの寂し気な表情に気づき、ベニエも少し声を和らげ問うた。決して彼女を追い詰めるつもりではなかった。


「私たちにだって本当はいるよ。それに私はクロナもポンチキも、他の魔女たちみんなのことだって、もう家族だと思っている。クロナは違うの?」

言葉に詰まるクロナ。正論だ。皆がいれば寂しいと思う隙間さえない。だけれどここにいる魔女たちが皆、親の意思のもと村での生活を余儀なくされている以上、納得しきれない気持ちは残る。だが、皆が押さえているその思いを口に出せるほどは、幼くなかった。


「なによう、もう!馬鹿にするために聞いたの?」


茶化すクロナの唇を指で制し、まじめな様子でベニエが言う。


「いいや。もし君が心から人間になりたくて、どんな試練も乗り越える覚悟があるのなら。」

「…なら?」

   

言いきらないうちに、ふっと二人に影が落ちた。先んじてベニエが後ろに向き直り、続いてあわてて振り向くクロナ。そこにはイズワールが音も無くしのびよっていた。

「ベニエ。人間がどうの、と聞こえましたが。」

「いやだなイズワール先生。何のことです?」

問答を続ける2人の姿をクロナは唖然として見つめた。両者一歩も引かない。

しばらく言葉を交わし、イズワールが諦めたように息をついた。


「村の掟に逆らったら、分かっていますね。それでなくともあなたは厄介なのだから、立場をわきまえなさい。」

「ええ、わきまえてます。ここまで育てて頂いた恩は忘れませんよ。」

イズワールはベニエをいまいましそうに睨みつけ、その場を去っていった。


その背を完全に見送ると、ベニエはクロナにぐっと顔を寄せた。

「えっ」

突然のことに顔が赤らむ。整った唇からもれる吐息とともに、言葉が耳に流れ込んできた。

「もし君が心から人間になりたくて、どんな試練も乗り越える覚悟があるのなら、村の小麦小屋の二階を探してごらん。」

「え…う、うん?分かった」

不意をつかれてよく訳も分からず返事をするクロナ。その頭を、いつくしむようにやさしく撫で、ベニエは続けた。

「離れてしまうけれど、私は君のことを決して忘れないよ。」

「う、うん、私も!まあ、来年は私も13三歳だし、またすぐに会えると思うけどね」

無邪気に笑うクロナを、笑って見つめるベニエ。そこに悲哀の色が含まれていることに、彼女はまだ気づいていなかった。


魔女たちの笑い声やグラスを交わす音が響き、賑わいはまだまだ終わる気配がない。2人は自然と他愛のない会話に戻り、幸せな夜はふけていった。

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