おめでとう

PeaXe

キューピッドは涙を流さない


 ああ、天使とはこの子の事か。


 そう、言わざるを得ない愛らしい笑顔に、その場のほぼ全員が陥落した。


 事は数十分前に遡る。


 翔太の通う私立小学校の、5年1組。翔太達は午後の算数の授業中だった。


「せ、先生!」


 教室の窓際の席にいた愛海が、突如として声を張り上げた。

 普段は大人しいクラスのマドンナが珍しく声を張り上げた。それだけでも場は騒然となったが、急いで教室から出て行った事、戻って来た時の衝撃もなかなかのものだ。

 彼女の弟が、何故か知らんが遊びに来てしまったのだ。


 別の小学校に通っているという彼女同い年の弟、勇樹。義理の弟であり、2年前に親が結婚した時に姉弟になった。

 愛海の自宅はやや遠い場所にあり、いつも両親が迎えに行く。また、愛海と勇樹の通う小学校もかなり離れている。

 とは、勇樹の談である。


 勇樹は来年この学校に転校するというが、愛海がこの学校に彼を連れて来た事など無いに等しい。

 何回か連れてきた事はあったが、学校祭などのイベント時のみで、家から、まして勇樹の通う小学校から案内した事は無い。

 何で来られたのか……。

 摩訶不思議な弟だとは、愛海の談である。


「ごめんなさい。迷惑はかけないので、一緒にいてもいいですか?」


 午前中で授業が終わる事を忘れていたという勇樹は、愛海の親が来るまで居させてほしいと願ったらしい。

 その日同い年の勇樹は、午後の授業中ずっと愛海の隣にいた。


 そのため、勇樹とは転校する前から顔見知りになる事となる。


 さて、これは単に出会いの話だ。


「へー、愛海の弟かぁ。血は繋がっていないのに、何か似てんな」

「あ、うん。元々親戚だから」

「そうなの? 僕、初めて知った」

「言わなかったっけ」

「うん。言われてない」


 くふっ、と勇樹は笑った。

 その笑顔は今まで見た事が無いほど、キラキラと輝いたもので。

 勇樹は同い年の割に小さめの身長で、翔太はつい年下にやるみたいに頭を撫でてやる。すると、彼は嬉しそうに頬を染めた。


 胸の辺りが、キュン、とする。


 翔太に弟はいないのだが、何と無く甘やかしたくなる笑顔だった。


「こ、れ。食うか」

「? あ、プレッツェル! いいの?」

「おー」

「やった、給食無くてお腹減ってたんだー」

「「「?!」」」


 ミルクチョコがかかったお菓子を翔太から1本もらい、嬉しそうに微笑む。

 だが、彼から発せられた衝撃発言と、その1本を頬張った瞬間。

 場が、騒然となる。


「……っ、美味しい~……」


 ふにゃり、と緩んだ笑顔。


 そこは屋内なのに。

 太陽のような、眩しいきらめきが溢れた。

 ぽかぽかとした、温かい空気が流れた。

 でも何故か、教室に居た先生を含める全員が、凍ったように動かなくなった。


 これでようやく、冒頭に戻るのである。


 それからクラス中から勇樹にお菓子が献上されるという不思議現象が起こった。

 翌年6年生で、偶然にも愛海達と同じクラスになった時にも同じ現象が起こった。


 成長期が来ても平均より低い身長という点は変わらず、年上はもちろん年下からでさえも愛でられ続ける日々は、高校生になっても続く。

 高校では美術部の天使と呼ばれるようになるが、それは蛇足だろう。


 そしてやがて、彼等は大人になる。


「愛海姉さん、これは意図的なの? それとも偶然? ノーギルティ?」

「私達の事だもの。ギルティよ」

「1番嫌な表現方法を選んだね?! もー。どうせ楽だから、とかでしょ」

「ふふ、さすが私の弟。よく分かったわね」


 クスクスと笑う愛海は、綺麗な衣装に身を包んでいる。

 ただ元々かわいらしい顔立ちで綺麗な肌であるためか、化粧はかなり薄めだ。

 ただ、いつも以上に着飾る愛海は、かわいらしいというよりも美しいと言った方が正しかった。


 大して緊張していない様子の愛海を下から覗き込み、勇樹は悪戯っぽく笑う。


「普通、弟の誕生日を結婚記念日にする?」

「愛する弟の誕生日に合わせたのよ」

「まーた、そういう言い方する」


 ズルイ、なんて、クスクス笑いながら文句を告げる。

 元より幼い顔立ちは、あの日、教室に紛れ込んだ時と同じような温かさがあった。


「そろそろ、行く?」

「うん」


 真っ白な個室の中で、純白のウェディングドレスを身に纏う愛海。

 勇樹は手を差し出して、愛海の女性らしい柔らかな手を取った。


 向かうのは教会の礼拝堂。


 入口の前には、何故か人だかりが出来ていた。


「「え、何でみんないるの」」


 愛海と勇樹は目を丸く見開いてから見合わせる。それから、その場に居る者達に当然の疑問符を投げかけた。

 この場には父のみがいるはず、なのだが、何故だか招待客が全員いる。

 全員だ。


「いやもう、身内と親友と親衛隊と見守り隊のみじゃん? おまけに神父役すら幼馴染で固まっちゃあ、もう最初から最後まで型破りでいいじゃんって思ってさ!」

「ちょっと、翔太! それでも教会では静かにしないとでしょ!」

「え、そこ? というか、愛海の方が声大きいと思うけど」


 招待客達を掻き分けて出てきたのは、勇樹と比べると随分背の高い青年だ。

 すっかり大人びた翔太は、白いタキシードに身を包んでいる。


 些か的外れな注意をする愛海だが、翔太はカラカラと笑って受け流した。


 ちなみに翔太は、本来ここにはいないはずの人物である。


「翔太兄さんまで……」

「うゎ、兄さん呼びやめろよ、勇樹。違和感半端無い!」


 明るく笑いつつ、未だ撫でやすい位置にある勇樹の頭を撫でてやる。

 一応勇樹の髪もセットされているので、いつもより優しくだ。


「もう。神父様が待っているんじゃないのかなぁ。この場にいない父さんと母さんとか、呼んだはずの先生とか!」

「いや、むしろその神父様とお父さん達から提案された」

「……」


 それを聞いた瞬間、勇樹の顔が引き攣る。愛海が握っていた手を離し、そっと離れたのを確認すると、勇樹はふわり、微笑んだ。

 幼い頃から散々、天使と揶揄されてきた、至上の微笑。


 なのに、目だけが笑っていない。


 天使は成長すると、強かになっていた。


 ちょっとふざけ過ぎたかなー、と翔太から冷や汗が出始めた辺りで、勇樹は1度、深呼吸をする。


「この際だからさ……個人的に言わせてよ、愛海姉さん。翔太」

「「え……?」」


「おめでとう」


 そう、少し悔しそうに、しかしそれ以上に嬉しそうにしながら、微笑む。

 今度こそ、至上の微笑だった。


 首から下げられたプラチナリングのペンダントが、揺れる。


「ほらほら、せめて結婚式は格式張ろうよ。一生に一度でしょ。その分、大きいホールで開く披露宴は暴れて良いから!」

「おい、あのしっかり者天使の勇樹から暴れて良いって許可出たぞ!」

「やーりー!」

「おっし入りきらない奴は会場に移動しとこうぜー!」

「男子たまには良いこと言うねー!」


 披露宴のみ参加の面々は、ゾロゾロと隣の披露宴会場へ移動してしまう。

 結婚式会場の広さはそこまでではないのにやけに多いな、と思っていた勇樹は納得してしまった。


「さ、儀式の時間だよ。翔太、行こう」

「はは、了解。じゃ、また後でな、愛海」

「うん」


 手をひらひらと振る。

 そして、礼拝堂の中へ入ると、それまでは緩んでいた小他の顔が引き締まった。


 あぁ、敵わないなぁ。


 そんな事を考えながら、新婦側の親族席へと座る。


 やはり悔しそうに、翔太の背中を眺めていた。やっぱりかっこいいな、と。


 そうして披露宴では、大々的に宣戦布告をしてやろうと考えていた。

 声を大きくして言うのだ。


「今は祝福してあげる。でも、姉さんを幸せに出来なかったら、遠慮無く引き剥がしてあげるから」


 3人おそろいの指輪を握り締めて言えば、翔太の目がギラリと光る。


 2人には、一生幸せでいてほしい

 たとえ義理でも、弟はそう願って、笑う。


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