おめでとう!。
美作為朝
おめでとう!。
アクア・カーン准教授は薄緑の光の膜の前の立ち尽くしもう既に三十分近くが経っていた。
只々、勇気が出なかった。
正確にはメーティス星の一日、つまり自転周期、
つまり二日半近く、この薄緑の光の膜の前で過ごしている。
彼女の眼の前には母親の瞳と同じ色の光の膜が地表から高度四万不フィートのメーティス星の非大気圏まで広がっている。
酸素、気密スーツは万事順調。気密簡易防護テントも順調。おかげで食事と水と排泄が出来る。
しかしメーティス星の謎の有機的偏向性電磁場のせいで母船との交信は不可。
そして気分は本当に
五歳の娘、アクラにはジャンプ・シップに乗船する前に別れの挨拶をしてきた。
アクラの父親にはアクラの妊娠を告げたときに強圧的かつ一方的に中絶を勧められ別れの挨拶を五年前に既にしていた。
ろくでなしとは早く別れるに限る。
「ママはね、遠くへ行くの」
「どれくらい遠いの」
「ずーっと、ずーっと遠く」
「お土産はある?」
「あるわ、人類ではじめてね、友だちになるの」
「ふーん、誰と」
「それを調べに行くの」
ジャンプ・シップの開発のおかげで長距離の宇宙旅行による物理的経過時差はなくなった。
しかし、未知の文明と出会う恐怖とチャンスに今、人類は接している。そう世界史で言う宇宙版の大航海時代を迎えたのだ。
アクア・カーン准教授は、ダクバ星の衛星軌道にある宇宙海兵隊の基地で三ヶ月の戦闘訓練を受けた上でメーティス星にロケット・ブーツ・スーツで降下している。
人類のメーティス星への接近と降下は死と破壊の歴史だったと言える。
無人の探査船、ドローン、すべて消息を断った。動物を搭乗させた降下船も消息を断った。
が、ここまで宇宙に進出した人類が諦めるはずがなかった。
数年後、第一次降下船がメーティス星の軌道上まで進出、メーティス星に定期的に降り注ぐ隕石とともにそれをダミーにつかい降下した。
第一次降下船の名前はまさに、<
高度を三万フィートを切ったところで交信が途絶し、強力ではないが指向性をもつらしい有機的偏向性電磁場のせいで母船からのレーダーでの捜索は不可能。
<エクスプローラー>が無事着陸したかも不明だ。
気圧こそ地球の1.2倍程度だがメーティス星に酸素はない。
そうこうしているうちに、四名分の酸素備蓄が尽き、降下は失敗とみなされた。
アクア・カーン准教授は第二次降下"隊"にあたる。船ではない。船には乗っていない。コートニー・ラウ船長と同じ様に隕石と同時に降下。
なんと彼女は地表に無事降下出来た。
メーティス星への最初の"上陸"者になった、とスーツを着たまま五分程度小踊りしていたが、半日ぼんやりとした紫の煙の大気を歩いて最初でないことに気づいた。
眼の前には、巨大な<エクスプローラー>の残骸があった。
<エクスプローラー>は酷く傷んでいた。不時着による破損か、"何者"かによる攻撃か只の言語学の准教授でしかないアクアにはわからなかった。宇宙船の船体工学の単位でも教養課程でとっておくべきだった、と思った。
船内も調べたが、コートニー・ラウ船長以下三名の遺体ならびに遺体に準じる残骸もなかった。
どうやら四名全員でピクニックへ出かけたらしい。でなければ、誘拐かしら!?。
四名同様にアクア・カーン准教授のメーティス星でのピクニックは続く。気密テントを担ぎそこで寝泊まりしながら、四日間歩き続けなかればいけない。
そう、AMGこと、エリア・ミントグリーンに向かって。
エリア・ミントグリーンを最初に発見したのも人間ではない、当時実験段階だった非有人対応のジャンプ・システムの航法を有する無人探査艇<ドリフター207>だった。
担当者でさえその存在を忘れていた<ドリフター207>はメーティス星の重力圏のギリギリをかすめ飛び、その宇宙空間からメーティス星に存在するミントグリーンのピラミッドの画像をタイトビームで送信しそのまま、宇宙の彼岸へ向かってジャンプして飛んでいった。
担当者がもう半日早く気づいていれば、<ドリフター207>を呼び戻せていたのだが、これを人類は<失われた12時間>と呼ぶことになる。
このあと、このAMGについて喧々諤々の議論が全知識人、全専門家を巻き込んで全人類進出圏でまきおこるのだが、それらはアクアからすれば、何の意味もないことなので割愛する。
<ドリフター207>が宇宙空間から見たAMGをアクアは手を伸ばせば、触れる程度の距離で見ている。
しかも、この薄緑の光の膜の向こうには、なんと半馬半人のケンタウロスがいる。
アクアがこのAMGの近くに来てからずっとアクアを見ている。
アクアはケンタウロスをポロスと名付けた。
ポロスに出会ってから、アクアは実際は志願したのだが自分が選考され派遣されたことが大きな間違いだったことに気づいていた。
ポロスには目はあるが口はなかった。言語学の博士号はオーバー・ドクターになり就職先がなかったときと同様に役にたちそうになかった。八年の大学にいってこれだから父親の勧めに従い高卒で就職すべきだった。
そして、このAMGの周辺はありとあらゆる生命体の墓地だった。
アクアが居るAMGの膜の手前は生命体の死体だらけ、ポロスの居るミントグリーンの光の幕の向こうはなにもなかった。すくなくとも、死体や死骸はなかった。
一人or一体?彫像の様にポロスが居るだけ。
ここは、AMGの手前は死の谷、恐怖の丘、魔の山だった。
コートニー・ラウ船長も居た。機密メットが外れ、ものすごい表情をして死んでいた。メーティス星の大気では腐敗が一切進まないらしい。言語学者がものすごい表情と言語でいうのだから、信じてほしい。
残る三名も倒れたままだった。アクアには第一次降下隊全員の生死の確認をする任務も帯びていたが義務は果たせそうになかった。その分給料から天引きしてもらっても良い。当該担当者からの即解雇も望ましい。
アクアは早くここから離れたかった。
死体は、ありとあらゆる奇妙な宇宙人も含まれる。口にするのもおぞましい姿の宇宙人もしくは、宇宙生命体がぼたぼたと無残な屍を晒して死んでいた。
アクアは絶望に淵に立っていたがそこで、脳に直接聞こえてきたのが、ポロスからの声だった。
『おめでとう』
『えっ、誰、なに?』
『おめでとう、ようやくここまで来れましたね』
ポロスがアクアの脳内に直接喋っていると理解するのに一時間はかかった。
『おめでとう。さぁ、こちらに来てください。あなた達が呼ぶエリア・ミントグリーンに』
『なんで、知ってるの』
『このような意思の疎通方法があることはあなたがたの文学や思考推測の範囲で予想が可能でしょう。さぁ、おめでとう』
『あなたは誰??』
『あなたがポロスとよんでいるものです、名前などどうでもいいのです』
『───────────────』
アクアは、宇宙海兵隊も使用する6.74ミリのビーム・ライフルをミントグリーンの膜越しだったがポロスに向けていた。
『この死体の山はなに?あなたがやったの』
『ちがいますよ』
『どうすれば、あなたを信用できるの』
『おめでとう。この言葉は新しい位置や到達点までやってきたものへの喜びやめでたさを伝える言葉ではないのでしょうか?』
『───────────────』
『おめでとう、さぁ、こちらへ』
『ラウ船長はなぜコチラ側で死んでいるの?』
『おめでとう、死とはあなたの時代の古い概念です』
時代!?、時間が関係するの!?。アクアは混乱した。保持していた6.74ミリのビーム・ライフルの銃口が下がる。
『おめでとう、ここまで来て拒む理由はありませんよ』
アクアは知的好奇心はあるほうだ。それに薄紫の大気を隕石と共に四万フィート降下し、薄紫の大気を機密テントを背負い四日間歩いてここまでやってきた。
有機的偏向性電磁場のせいで地上数インチで毎分一万六千回転で回転する二十フィートもある電磁回転樹の林。指向性のある有機的偏向性電磁場によって浮遊する微小で無数の大気
『人類ではじめてね、友だちになるの』
娘のアクラとの会話が思い出され頭に聞こえた。それと同時にアクアカーン准教授はミントグリーンの膜に触れ一気に越えた。
『おめでとう』
アクアの頭の中にポロスの祝福の声が響いた。AMGに触れその膜を越えると同時にアクア・カーン准教授は倒れた。
そこに散乱する宇宙人、宇宙生命体の死骸とおなじになった。しかしそれは完全なる形而下での出来事である。
アクア・カーン准教授は実態のないAMG内で意識体になると自由に浮遊した。浮遊という言葉も正確ではない。物理的、もしくは形而下の移動の概念からもう解き放たれていた。
コートニー・ラウ船長の意識体も居た。いや居るという表現は正しくない。形而下で適応される言葉になる。
言語だけが全てなのかもしれない。
ポロスはAMG内から外に話しかけていたのである。アクアの前には娘のアクラの意識体も存在した。アクアは娘に向かって飛んでいった。人類は次の段階に進んだのだ。
"存在"も"飛ぶ"も新しい人類の意識体に対してはあやまった表現だ。
しかし、AMGのギリギリの淵にはアクア・カーン准教授の死体も倒れていた。
これを昔の世代いや形而下では"死"と呼ぶ。
『おめでとう!』
おめでとう!。 美作為朝 @qww
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