異世界転生、おめでとう

真樹

第1話

「おめでとう、君は異世界転生の権利を得たよ」



 トラックに轢かれそうになっていた猫を助ける代わりに自分が轢かれてしまい、そのまま意識を失って次に目が覚めると、何もない真っ白な空間にいた。


 真っ白な部屋かと思ったが、どう見ても壁がない。どこまでも広がっている白い空間に、薄ら寒ささえ覚えた。


 俺は地べたに座り込み、目の前に立つ白いシンプルなワンピース姿の美少女を見上げる。


「あ、すいません、今なんて?」


 目覚めたばかりで頭がぼんやりとしていて、彼女が何か言ったのは分かったが、何を言ったのかうまく聞き取れなかった。


 美少女さんは頷くと、再び口を開いた。


「君は異世界転生する権利を得たんだ。剣と魔法が支配する、中世ヨーロッパ感あふれる異世界へ!」


 それを聞いて、内容を理解し、そののちに俺の頭に浮かんだことは


「て、テンプレだ!! ネット小説でよく見るやつ!」


 しかしトラックに轢かれて異世界転生、っていうのはちょっと古い気がする。通学中、暇つぶしに読む程度なのでよく知らないが。



「そうそう。最近はそういうのが流行っているらしいから、天界でも導入してみた」


 逆輸入。


 まさか小説が実際の天界へ影響を及ぼしているとは、夢にも思わなかった。

 神的存在、思考が柔軟。


「君は猫を助けて死んじゃったからね。その善行を評価して、いい感じの異世界に転生させてあげるよ」


 普通は記憶を全部消去して、元の世界に転生するらしいが、俺は記憶を残したまま異世界へ転生させてくれるそうだ。


「猫を助けた程度の善行で?」

「文字通り命がけだったわけだし、十分評価に値すると思うけど? それに、蜘蛛一匹殺さなかった程度で地獄から救ってあげよーぜみたいな話、君んとこの世界にあったじゃん。それに比べたらものすごい善行じゃない?」


 確かにあれは納得いかなかった。蜘蛛殺さず見逃すくらい、全人類やってない? 

 そういう趣旨の話じゃないのはわかってるつもりだけど。


「でね、君が転生するのは、こういう感じの世界」


 というと同時に、空中にいくつも映像が現れた。透明なディスプレイが宙に浮かんでいるような不思議な光景だったが、よく考えるとテレビの合成とかで見たことあるやつだと気づいた。



自然あふれる森林の中で、トラに似たモンスターが走り回っている光景や、レンガ造りの建物が並ぶ街中で、市場のようなものが開催されている光景、杖を構えてロープを羽織った青年が、魔法を使いモンスターと戦っている光景などが、次々に映し出されていく。



 それらの映像の前で、少女は両手を広げて満面の笑みを浮かべる。



「どう? わくわくするでしょ! しかも、君にはチート能力もあげちゃう! どんな能力がいい? とりあえず希望言ってみてよ。世界のバランス考えて調整――」


「いや、そもそも異世界転生したくないからいいっす」



 そう告げると、美少女は笑顔のまま少し首を傾けた。



「……ん? 今なんて?」

「だから、異世界転生したくないです」



 もう一度言うと、さらに首を傾けた。

 

「…………なんで?」


 その理由をはっきりいうのは少々ためらわれたが、意を決して口を開いた。



「俺……虫とかダメなんで」



 少女の背後に流れていた映像が、一斉に掻き消えた。それと同時に、部屋も薄暗くなった気がした。


 少女の顔面から、満面の笑みがべろっと剥がれ落ちた。

 

「……は?」


 真顔のまま、こちらを見つめてくる。


「冗談じゃなく、マジで虫ダメなんだって。その世界、今の世界よりヤバい虫とか多そうだし……虫よけ技術とか発達してなさそうだし。悪いんだけど、この話はなかったことに」


 少女は俺の前に膝をつき、信じられないような表情を浮かべて詰め寄ってくる。


「いやいや! もうちょっとよく考えなよ! 異世界だよ? 剣と魔法の世界にロマンを感じない?」

「それは感じてるよ。魔法とか使ってみたかったけど……虫はちょっと」

「そんなに虫って怖いの?」

「うん」


 俺にもし権限があるなら、虫よけ関連商品をを開発した人全員に勲章を与えたい。


「じゃ、じゃあ虫を全滅させられるチート能力とかどう?」

「俺の意思で生態系変えてしまうのはどうかと思う」

「良識家だぁー……」


 美少女はがっくりとうなだれた。


「そっかぁ……今までの人たちは喜んでくれてたから、君も喜んでくれると思ってたんだけどなぁ……良いことしたんだし、何かご褒美あげたかったんだけど」


 しょんぼりとする姿を見て、少し申し訳ない気分になった。それでも、俺の気持ちは変わらない。


「じゃあ、元の世界に転生させるね。普通に」

「うん。……なんかごめん」

「気にしないで。君は悪くないから」


 誰も悪くないはずなのに、なんとなくみんな傷つくことってあるよね。


 いたたまれない気分になり、俺はなんとなくきょろきょろと周囲を見回した。

 さっきは純白だった部屋の色が、灰色に近くなっている。この少女の心境が反映されているのかもしれない。



「……ちなみになんだけど、この部屋って虫いないの?」

「うん、私の担当は人間の魂だから。虫の魂は管轄外だから、ここに来ることはないよ」

「ここで働かせてください」


 少女は目をぱちくりさせたあと、大輪の花が咲くようにぱっと笑った。


「その手があったか!」

「え、できるの?」


 正直、半分冗談のつもりだった。


「うんうん、できるよ。でもねぇ、働くって言っても、そんなに仕事ないんだよね。結構神ってたくさんいるからさぁ。この部屋でごろごろしつつ善行積んでそうな人探したり、あとはたまに会議に出席したり」

「会議ってどこでやるの? 虫いる?」

「天界ってここみたいな部屋が無数に存在してるんだよね。会議もその中の一つでやる。虫はいない」

「最高じゃないか」

「ほんとに?」


 俺が頷くと、少女は俺に向かって右手を差し出してきた。


「就職決定、おめでとう」


 俺はその手を握り返す。


「ありがとう」


 こうして俺の、天界への就職が決まった。

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異世界転生、おめでとう 真樹 @masaki1209

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