「不死だと? あり得ない、そんな理に反するようなことが可能なわけ……」

「出来る奴が一人だけいる。この世のしんじつを嫌う、嘘吐きの魔女が」


 魔術は所詮は科学の一分野でしかない以上、世の理から外れることはない。

 無から有を生み出すことも、炎を凍らせることも出来はしない。

 だが、そんなあり得ない、まるでファンタジー世界のような『魔法』を使える魔法使いと呼ばれる存在が、世界にはごく僅かながらに存在する。


「魔女は理を壊す、仕組みも理屈もわからない。まさしく魔法としか言いようのないモノを使って、僕の時間を抜き取った。そして、僕は手に入れた、永遠の時間を、願いを叶えるための悠久を!」


 二十年前、心血注いで仲間と共に作り上げた、僕の願いを具現化した装置、それがアキレウス。


「僕の願いの果て、僕の希望、それを破壊などさせない。僕を相手に時間を掛け過ぎたな。夜ならこちらの方にも幾分か秤が傾くぞ!」


 今、僕はどんな表情かおをしているだろうか? きっと、もう笑えてはいない。


「幕を降ろすとしよう。舞台は終演を迎え、言葉は再び形を無くす……。夜の幕、鎖せ! 《月下の真実Aschenputtel》!」


 振り上げた大剣、形の無い物語は、昇る月に揺らめき、その姿を変える。


「さあ、始めようか……締めのダンスLetzte Tanzを」


 『暁の幻想』が防衛に徹した形状なら、対になる『月下の真実』は攻撃に特化する。

 巨大な刃は剥がれるように、大小様々な鉄板となり、それはさながら、精巧な意匠をあしらったダンスドレスのような軽鎧となる。

 大剣は二周りほどコンパクトな、それでも、十分に大きいといえる両手剣となった。

「髪が、白金プラチナブロンドに……はっ、だが、それがどうした。見た目が変わったくらいで基本スペックが劇的に変わるわけ……」


 ブーツ部分の形の無い物語を動かし、地面を削る勢いで蹴り出す。

 夜にしか使えない『月下の真実』の性質は変幻自在、その形状を意のままに操ることができる。


「身に纏った魔導具を動かして、機動力を上げてるのか⁉」

「ご名答」


 鼻がぶつかるほど接近し、ガントレットの補助を受けて増した腕力で両手剣を振り抜く。

 僕の身体は無駄な力を入れないように脱力し、関節の曲げ伸ばしの一切を形の無い物語に任せている。そうすれば、僕の魔術技術と合わさり、通常時を遥かに上回る運動性能を発揮できる。

 荻野は両手剣の側面を叩くことで軌道を変え、鎧を身に纏っていない顔を狙ってカウンターを放つ。


「顔面が……がら空きなんだよ!」


 そんな万人が思いつくような弱点を晒しているわけないだろう。

 上体の重心を拳に合わせて移動させることでカウンターを見切り、空いた右手で殴り飛ばす。


「こっちは人間辞めてんだ。そう簡単に攻略できると思うなよ」


 誰も纏っているのが外身だけとは言っていない。形の無い物語は僕の全身の骨格を薄くコーティングしている。

 神経に直接貼り付けているわけだ。こんなこと常人がしたら、間違いなく激痛で悶え苦しんで死ぬ。

 僕だからこそ、不死だからこそ、激痛に耐えながら操り人形マリオネットと操り手を同時に演じれる。


「それでも、こうまでしても、ここまで人間を辞めても! 本物には遠く及ばない!」


 死なずの肉体を持ってしても、身体に魔力を蓄えた金属を流し込んでも、桜のような俊敏性も、三角のような制圧力も、全盛期の姐御のような腕力も、それらの片鱗すらも掴めない。


「お前に解るか? 人間を辞めてまでも成し遂げたい願いが、届かない理想が!」 


 右脚部に魔力を充填し、放出する。

 多分、右足が衝撃に耐えきれずひしゃげた。

 しかし全身に走る痛みで、部分部分の損傷など気にしていられない。

 身体のどこかで、さらに何かが壊れたような音がしたが、大丈夫だ。機能不全は無い。何も問題ない。

 殴り飛ばしたことで開いた距離を、右足を破壊して、一瞬に近い時間で詰める。


「何度も何度も失敗して、ようやく辿りついた果てなんだよ。この二千年の妄執を! たかだか、二、三十年程度の憎悪が上回るなどと思い上がるなよ!」


 今度はどこかの繊維か管が切れたが、大丈夫だ。感覚に異常は無い。何も問題ない。

 恐怖に引き攣った顔が見える。

 どうやら今さっき切れたのは眼球辺りの血管らしく、血が涙のように流れ出ていた。

 荻野は、人でないモノが向かってくる恐怖を感じながらも、なお、立ち向かってくる。

 そうまでして、僕の夢を壊したいのか。


「世界が広がれば知識が共有されて、多くの問題が解決すると思ったから、交通の発展に貢献した! けど、それらの技術は戦争の物資運搬を促進させ、激化させるだけだった!」


 もう、何が相手に対して不満なのか分からなくなっていた。

 ただ、湧き上がる怒りのまま、剣を振り、足を動かしていた。


「暮らしが楽になれば、争いの種が無くなると信じたから、魔術を世間に広めた! けど、二種族が対立し、新たな争いの種を産んだ!」


 堰が壊れている。止めようのない、感情が激流となっている。


「人の一生で出来ることなど、多くはないと知っていたから、不朽の命を手に入れた! 無限の時間があれば、理想の世界を作れると思ったから……けど、けど、けど、けど! 思いつく手は全て試した。時には多くの人間の可能性を潰した! 魔王とまで呼ばれたこともあった。それでも、世界は何も変わらなかった!」


 もう、相手が何者で、何をするために、アキレウスを破壊しようとしていたのかも思い出せない。


「だから、僕は理に手を出した。争いから意味を奪うために、怪我というこの世の道理を抹消してやる、ためにッ!」


 吠え叫ぶ姿は、もはや人の形を保っているのかも曖昧で、事態をここから見た人間は間違いなく、化け物が人を喰らう瞬間に遭遇したと捉えるだろう。


「その悲しみは驟雨のごとく、降り注ぐ」


 辛うじて残っていた思考能力で、術を組み上げる。

 闇夜の空に、無数の鋭利な氷片が舞う。


「穿ち貫け、魔女の哀涙Trauerregen!」


 撃ち出される氷片と共に、対象を囲い込む。


「何が理想だ、化け物が!」


 相手も一流か、降りしきる氷片の一部その身に受けたものの、躱し、あるいは、壊して凌いでみせる。

 そして、僕の突撃をも利用して、懐に潜り込み、地面に縫いとめるようなタックルで僕を組み伏せ、マウントを取る。


「人間のフリをして理想なんか語ってるんじゃねぇよ! お前も大衆どもと一緒だ、人間じゃない!」


 敵は僕の目から光が失われるまで、何度も拳を叩き込ませた。


「どうして……理解してくれないんだ、誰も傷つくことなんて、望んでないはずなのに……」


 殴られている間も、軋む身体を動かそうとするが、体格の差、体重の差で完全に動きを封じられていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 死ない程度、半殺しの状態になったところで、男は殴ることを止めた。

 殺しきってしまえば、また再起動すると思ったからだろう。

 その判断は正しい。殺しきるより確実に僕の動きを殺せる。現に僕はもう指先一つまともに動かせないほどに磨耗している。

 相手は肩で息をしながら、震えるその目は戸惑っているようにも、怯えているようにも見えた。


「それで、満足かい?」


 今度は、僕にでも分かった。その振り向きざまに見せた、表情が意味する感情を。


「嘘……だろ……」


 絶望、と表現するのだろう。


「残念ながら本当だ。荻野ミツキ、キミの目的はここで潰えた」


 荻野が振り向いた先にいるのは僕だった。

 そしてまた、自身がマウントを取って優勢に立っていた相手も、僕だった。


「終わりとはいつだって劇的ドラマチックとは限らない。むしろ、こうもあっさりしていることの方が割と多かったりするんだ」


 振り向いた先にいた僕が持つ短剣型の形の無い物語が、ヤツの腹部を刺し貫き、致命的なダメージを与えていた。


「不定形、という言葉の意味をしっかりと理解しておくべきだったね」


 もう一人の僕は短剣を抜き取り、荻野が姿勢維持が出来なくなり倒れこんだため自由を取り戻したぼろぼろの僕の手を引っ張り起こした。

 短剣を握っている方の僕は、動けない荻野に手錠を掛ける。


「形が定まっていないなら、質感もいじれる。RXを素体に、僕の形を成した『形の無い物語』を被せることもできるっていうことだ」


 もし、あの時、自分がもう一人いたのなら、と。取り返しのつかない後悔を背負うたびに僕は何度も思っていた。

 だから、月下の真実を元に、完璧な自分のコピーまたはその骨組みを作ろうと考えた。そのベースとなったのがMS計画、完成したものが、機動兵器兼僕の素体RX。


「記憶領域を共有している、同じ時間に存在するもう一人の自分」

「だから、どちらが本体とか、どちらが素体を元にした形の無い物語か、などは些細な問題だ。ただ一つ問題があるとしたら」

「記憶を共有できても、同一人物を同時に存在させるためには個を分割する必要があった」

「片方は理性を持ち、感情を切り離し」

「片方は感情を持ち、理性を切り離す」


 僕は決して、感情に振り回されたりしないし、感情で行動を起こさない。ただ、感情を利用し、武器にするだけ。


「思考は同一だ、脳構造は完璧に写し取れてるから。それぞれが目的をそれぞれの形で遂行でき、同期に抵抗は無い」


 引っ張り起こしたときから繋いだままの手を、鏡合わせになるように両手で繋ぎ直し、額を合わせ同期を開始する。


「お帰り、僕の感情」

「ただいま、僕の理性」


 そして、どちらかの肉体が形の無い物語とRXに戻り、どちらかの肉体に分割間の記憶が統合される。


「ああ、そうか、僕は泣いてるのか?」


 本来の肉体がどっちかは分からない。だから、この瞳から流れるモノが血なのか、涙なのか、僕には分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る