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上半身が吹き飛ばされ、剥き出しのコックピットから、氷の剣の直撃を受けてのびていた三十代くらいの男性を日向と桜に引きずり出してもらい、手錠で両手両足を拘束し、その辺に転がしておくことにして僕らは次の行動に移った。
一旦、日向と桜、僕と花蓮の二組に分かれ、それぞれ、僕と花蓮で目星をつけた敵の襲撃ポイントに向かうことにした。
方舟の主要な機能は軒並み下層にまとめられているが、どうしても甲板に出しておかなければならない施設もある。
『私たちがこれから向かうのは通信制御施設と外部防衛施設、そのどちらも見渡せる場所ね』
会話がごちゃごちゃすると作戦に支障を来たすので、日向たちとの通信を切り、花蓮にはこちらのサポートに集中してもらうことにした。当然、緊急時にはすぐに繋がるようにはしている。
「日向たちには下層から甲板部への電力供給拠点を。二人の戦い方じゃ、精密機器の多い僕らが担当する施設は不向きだからね。ある程度、施設や機材に耐久性のある電力施設の方に向かってもらうしかない」
僕はRXに跨り、例の二つの施設を同じ距離で見渡せる高所、艦橋直下の方舟学園校舎の屋上へと足を運んでいた。
三角が痛み分けで拘束したとされる二人、僕と合流する前に日向たちが他の学生と協力して撃破した二人、そして、先ほど撃破したMSのパイロット、これで潜入してきた黄金の環の残りは四人、おそらくは二人一組で行動しているであろうことから、敵の襲撃予測ポイントをこの三つに絞れたのは僥倖といえる。
『アンタの望遠カメラの映像をこちらでも確認してるけど、どっちの施設にも敵影なし。というか、人っ子一人いないわね』
「もともと、無人施設なんだよ。通信制御施設なんて大仰な名前だけど、インターフェイスがあるのは艦橋だしね。あそこにあるのは
黄金の環としては、敵のほとんどを閉じ込め、MSで蹴散らしたといっても油断せずに慎重に進行したいだろうから、多分到着するのにもう少し時間が掛かるだろう。
まさか敵も、ほぼ全戦力が連絡港で戦闘不能になってるとは思いもしてないだろうな……。
『局所への戦力集中で全滅って、ようするに最終防衛ラインが突破されてるようなものじゃない。それなのによく、大丈夫なんて大口叩けたものね』
ぐうの音もでない。
大穴で敵が四人とも電力施設に向かってる場合もあるけど、そうなった場合、流石に緊急連絡くらいくるだろう。
こっちはこっちで、目標地点に眼を光らせながら、待ち伏せを続ける。
「ところで花蓮」
『何よ、無駄口を叩いて見逃しても知らないわよ』
「大丈夫、意識を多層化すればいいだけだし、見逃しはしないよ」
『アンタも大概よね、よくお祖父様を人外扱いしてたけど』
「僕なんか、彼の足下にも及ばないよ、ちょっと魔術が巧くて賢いだけで、本物の天才には及ばない」
謙遜でもなんでもなく、凍結魔術が使えるから、魔術の腕が立つから、なんてのは姐御や三角、瀧貴さんのような本物の強さには遠く及ばない。
副長、っていうのも、所詮はあの魔女の補佐程度の意味合いしかない。
『ふーん、まあいいわ。で、何よ話って』
「日向のことなんだけど、僕と離れている間、何かあったんだい? あの日、トリガー襲撃以来から芳しくなかった体調が見違えるほどに快復していた。あと、なんというか、少しだけ表情が柔らやわらかくなった?」
一言で表すなら、一皮剥けた。そんな雰囲気があった。
自分のことでいっぱいになる前に戻った。ような感じがしたけど、それよりも、少しだけ、一回り大きくなったように見えた。
『色々あったのよ。っていうか、アンタの方こそ、ここに来てから、ちゃんと日向と向き合ってなかったんじゃない? だから、ちょっとした変化にも気がつかなかったんじゃないの』
言われてみれば、ここに来てから、皆と一緒にいた時間は、今までと比べてどうだろうか? 黄金の環のこと、トリガーのこと、それらに振り回されて、日向だけじゃなく、第六小隊のみんなと心から向き合っていた時間はどれだけ短くなっていたんだろう。
「そうかもしれないね。まったく少し目を離すと、知らないところでどんどん育ってしまう。子供の成長っていうのは恐ろしいな」
『私より小さいくせに何言ってんのよ。あと、悔しいけど、日向が前を向けたのは、前に立って歩くアンタの影響があったからでもあるのよ。だから……少しは感謝してる』
「僕が? あんまり褒められた人間じゃないんだけどね」
本当、誰かに尊敬されるような生き方をしてきたつもりはない。ただ前を向くしかなかっただけ。それが日向の目にどう映ってしまったのか。
『後で三角先生にもお礼にいかないとね』
「三角に?」
『ええ、日向の奴、三角先生の助言が根性を叩き直してくれたってさ。あのやる気のない中年にも、良いところがあるのね』
三角が日向に向けて何らかの言葉を贈った。
その言葉を、多分、僕は知っている。
三角が誰かに贈る言葉、そして、日向が立ち上がるのに十分な言葉を、かつて、僕も彼から聞いている。
一つ、答えを得た。
解き明かされた問題は結局どうあっても僕を逃がす気はないらしい、ということを裏付けただけでもあったけど……。
『どうしたの? 突然黙って、まさか、敵が出てきたの!?』
「どうやら、そうみたいだね」
『こちらでも確認したわ』
敵がやってきたのは、通信制御施設の方、男女の二人組みで当然武装している。どちらも周囲を警戒しながら施設に入っていく。
『あら、遠い方に来ちゃったわね』
「なに、たかだか3km、目と鼻の先だよ」
僕は望遠カメラから目を離し、傍らに用意していた長年連れ添ってきた相棒を構える。
『ほんと、さっきの機関銃もそうだけど、そんな骨董品どっから仕入れてくるのよ』
「企業秘密だよ」
さっきのMG3の二倍もの大きさで、僕の身長に匹敵するコイツの名は《SIG50》。カテゴリーは対物狙撃銃。対魔術使い用に改造を施し、ちょっとした
二つの予測ポイントをマークするという必要上、僕が選んだ迎撃手段は狙撃。
直接の戦闘力が人より劣る以上、それ以外の部分で戦力補おうと考えた結果得た二つの答え。
一つは極限まで研ぎ澄まされた魔術による前衛の援護。
もう一つは、単独での撃破能力の強化。直接戦闘を避けるという条件のもと僕が身につけたのが
多くの魔術使いに敬遠されている銃を使いこなすことで、僕はようやく人並みに戦えると思い至り、癖の強いコイツを担ぐことを決意した。
「カメラを
『了解……ってなによこの倍率?』
「倍率は一倍、肉眼で見るのと同じじゃないと距離感が分かりにくいんだ。というか、ただのガラスに
『やっぱりアンタも大概ね。
昔の
「3000mで中心にゼロイン、それから500mずつ離れるごとに一つずつ目盛りが下がっていく、昨日クリック修正しておいたからズレは無いはずだよ」
その後、湿度、気圧、風向、高度の再確認をし、指先に引き金を当てる。
『OK、モニター開始』
二人の男女を観察し、タイミングを伺う。どちらも、ゆっくりと慎重に伏兵やトラップがないかを探索し、徐々に向こう側の壁にある電気系統の制御装置に近づいていく。
『報告の二秒後、男の方、罠を恐れて壁に背を預け、手だけで操作を試みる』
「了解」
花蓮の報告の通り、男の方が周囲を警戒した動きで、操作盤に近づいてきた。そして、通信設備の機能を停止させるべく手をかけようとする。
外観的な情報を司る僕の能力とは対照的に、花蓮の固有魔術は内面的な情報を司る。
僕の持つ固有魔術が感知したモノの情報を記号的な形で詳らかに入手できるものだとすれば、彼女、花蓮の持つ固有魔術は感知した者の情報を言語的な形で入手できるものといったところか。
僕の精密解析とは違い、人体のみと限定されるが、花蓮は細かな動作の変化や呼吸音、果ては脳波の機微から心理を読み取ることができる『精神感応』と呼ばれる固有魔術を持っている。双方合意の上であれば一部の感覚を共有することも出来る。
対照的な能力だが、いや、対になってるからこそ、合わせて使うことで、より高い効果を発揮する。
『今』
物理的な情報、心理的な情報、二つの情報を統合することで、五秒程度なら予知とも呼べるレベルの、完璧な予測が可能となる。
「――
銃身から爆発音と銃口の排炎機構から逃げ出した黒煙と炎が吹き上がり、僕の肩を引き千切らんばかりの衝撃とともに、音速にも到達する速度で対魔術使い用の加工が施されたマグナム弾が、五十口径の銃口から放たれる。
強靭な肉体を持つ魔術使いに銃で対抗するために講じたのは、特殊弾頭の作成。そして、炸薬の強化。炸薬に魔力を充填した石英を少量混ぜることで爆発力を高めたのだ。
ただ、雷管の火が火薬に到達するタイミング、つまり弾が射出される直前に石英に充填されている魔力を活性化させなくてはなない。さらに銃身の中で大量の爆弾が爆発するのと同等の衝撃を銃身は受けなくてはならないという問題があった。
MG3は石英を使わず別の改造弾薬を使って、反動や銃身に加わる衝撃を軽減していたが、一撃必殺を目標としたSIG50はどうしても爆発力を極限まで高める必要があった。
銃身は強化術を掛けることと、三連射以上を控えることで負担を減らしたが、この身に受ける衝撃はただ耐えるしかなかった。
外れたばかりの肩にこの衝撃は応えるが、怯んでいる暇はない。
銃火器が下火になってる現在、敵は謎の攻撃に混乱するはず。その隙に第二射を行わなければならない。
『
正確無比な報告を受けながら、コッキングレバーを操作し、次弾を装填する。
「――っ、
再び強化炸薬が生む衝撃に肩が悲鳴を上げる。
『胴体命中《ボディショット》、目標転倒、制御盤角で背を強打、悶絶しているけど意識はある』
「Verdammt! 結構痛いんだぞこれ!」
『スラング使わないで分かんないから! 痛いだろうけど我慢して、もう一回お願い』
肩が痛いのも確かだけど、三回の連続射撃に銃身が焦げ付くことの方がきつい、直すの手間だし何よりコストが掛かる、MG3の銃身と一緒に今度、発注しないと……。
そんな苦々しい思いとは関係なく、僕の手は仕留め損じたことを受け、反射的に再装填していた。
「So ein Mist!
つい汚い言葉を使ってしまいながら、僕は第三射を放つ。悲しいかな、非正規装備であるため経費で修理費は下りてくれない。
轟音は、僕の財布に放たれたのかと錯覚してしまう。もう、肩が痛いとかどうでもいい。
銃身から炸薬とは別の黒煙が立ち昇りながらも、放たれる弾丸は対象の背中の中心にヒット。音こそ聞き取れないけど、激しく転倒するのが見て取れた。
『胴体命中、今度こそ完全に沈黙、お疲れ様。まさか、ここまで正確な狙撃が出来るとは思ってなかったわ』
「お褒めに頂きどうも。お嬢の御眼鏡にかなってなにより」
金属が焦げ付いた臭気を漂わせているSIGを傍らに、大の字になって転がる。
仰向けになったことで、夕方と夜の移り目の茜色と群青が混じり合った、独特な空が視界に広がる。
『連絡が入ったわ、向こうも無事に作戦完了だってさ。これで潜り込んできた連中は全員撃破。終わってみると結構あっさりしたモノね』
「はは、真正面からぶつってたら、もっとあっさりしてだろうけどね」
当然、こちらが瞬殺されているという意味だが。
『平行してやってた内部セキュリティーの復旧作業も直終わるし、あとは大人が何とかしてくれるでしょ。これにて一件落着、落着』
「ああ、そうだね、これで終わりだ――とりあえずは」
『え?』
傍らのSIGを再び構え、即座に引き金を弾く。
銃の位置は変えていない、つまり、弾の向かう先は通信制御室、狙いは制御盤。
『アンタ、何やって――』
花蓮の声が通信機から途絶える。
ここだけの話、通信制御室はさほど重要な拠点ではない。
敵の思惑としては外部との連絡手段を絶つためにあの場所を狙ったのだろうけど、電話線やネット回線が切れたとしても、外部との連絡を取る手段はある。衛星電話を各支部、本部に常備しているのだ。
これまで、姐御や三角たちに疑念を抱いていたがゆえに通信施設を破壊されることを危険視していたが、一つの解答を得て、その必要がなくなった。
「こちら、アート、応答願います」
『――ああ、そうかこっちは直通回線だから繋がるんだったか。今少し、大変な状況になっていて、こちらはドタバタしてる、手短に話せ』
「通信系統が死にましたか?」
『ああ、敵に通信拠点を破壊された可能性が――』
「僕が破壊しました」
『はぁ!?』
「事情は移動しながら話します」
僕は屋上から校庭に降り立ち、止めていたRXに跨りながら報告を再開する。
「まずは、謝罪します。姐御、アナタを疑ってしまったことを」
『他に色々あるだろ……まあいい、なぜ私が白だと判断した?』
「色々ありますが、決定的だったのは、三角の存在です。三角が日向に師事していたのは、ご存じですか?」
『ああ』
「三角は日向を立ち直らせる、とあることを言ったそうです。そこで僕は合点がいきました。三角はNNNを裏切れないと」
僕は三角が何と言ったか、すぐに分かった。
「三角は日向に問われたんだと思います。いつかの僕が彼に問い掛けたように「お前の強さの源は何か?」と、そしてアイツはこう答えた」
『父親だから、か?』
「少し違います、「守るべき愛する家族がいるからだ」です」
『あの男は、人前でそんな恥ずかしいことを、よくも、まあ……』
姐御が頭を抱えている姿が目に浮かぶ。
そう言えば、三角が姐御にプロポーズしたときも、柄にも無く頬を赤らめていたっけ。
その時は既に姐御は方舟艦長、矢車菊乃で通っていたし、姐御も今更下の名前で呼べないから夫婦別姓にしているけど。
「そして、三角はあの妖刀『村正』の所持者だ。所持者に選ばれたとき、立てた誓約がありますよね」
『生涯を信じた主に付き従うことに費やす。アイツは私の前でそう誓いを立てた』
村正は代々、謀反の凶器として扱われていた。それは村正が所有者の内に眠る反逆心を掻き立てていたから、と推測されている。
そのため、真の忠臣に相応しい、心の底から忠義に厚い者で無ければ村正を御しきれない。
「これは同時に、『主と道を違えた時、約定が果たせなくなる』ということ、もし、アナタが裏切りを企て、それに三角が賛同しなければ、村正の誓約を破ったことなり、三角は村正に飲まれアナタを斬らざるをえなくなる」
姐御の謀反に三角が賛同していた場合は変わらず誓約が続くので、暴走はしない。だから、この二人が同時に裏切った可能性が一番恐ろしかった。
「三角はNNNを裏切れない。けど、誓約は続行している。だから、姐御も同様に離反者でない、ということです」
『三角が、口で言ってるだけかも知れんぞ』
「口先だけの言葉なんかで、日向は動かされませんよ。彼、ああ見えてそういうことに敏感なんです」
僕が聞いていたとしていたら、むしろ、言葉の真意を測りかねていただろう。
『まあいいだろう、それで、通信施設を破壊した理由を聞かせてもらおうか?』
「学生をこれ以上巻き込みたくない、というのもありますが、一番は出来るだけ外部への情報漏洩の可能性を絶っておきたかったからです。これから、ちょっと、公に出来ないことをしようと思ってるので」
『何をする気だ?』
僕の含みのある言い方に、不安げな様子をみせる姐御。
「NNN第三機関副長権限より、コード003を発動します」
通信機からは無音が流れる、言葉は無いが、姐御の表情が見て取るようにわかる。
『……そうか、覚悟は出来てるか? なんてのは愚問だったな。お前が決めた以上、私にそれを止める意思も権限もない。三角には私から連絡しておく。それと、報告は明日でいい。丁度、内部セキュリティーの復旧が終わった。他のことはこちらに任せて、お前はそれだけに集中しろ』
「はい、それでは報告を終わります」
姐御との通信を切り、耳にはRXの駆動音のみが聞こえる。
深く息を吸い込み、出来るだけゆっくりと吸った息を吐く、ゆっくり、ゆっくりと。
「ここからは、僕自身のケジメだ」
吐き出された息は高速で走ってるのにも関わらずそのまま僕の周りに漂っているのではないか、と思ってしまうほど、ジメジメと陰鬱な気持ちで僕はRXを走らせる。
何に急かされるでもないのに、次第にタイヤの回転は速くなっていった。
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