5-2
『タイヤ痕はここまでか。くそ、取り逃がしたか? まさか高校生があんなマシン持ってるとは……いや、あのチビはNNNか。なんにしてもリーダーにバレたら大目玉だ』
MSは不満を洩らしながら、タイヤの痕跡が途絶えている艦橋から最も離れた学校の敷地の最端、第五運動場の前で立ち止まった。
日向と桜が演習試験を受けた船内演習場同様、細かい砂で埋め尽くされた平たいグラウンド。それを囲う野球ボール大の穴が開いた深緑のフェンス、授業や部活で使う倉庫、運動場全体を見渡すため中央外周に設置された監視塔兼教員室で構成されている。
グラウンドを名乗るだけあってサッカーコートを二つ並べても空間に余裕のある広さを持ち、辺り一面見渡しても開けており隠れる場所などない。この場所があの鉄塊の処理場となる。
「おい! てめぇの目は節穴か!」
魔術によって音量を上げられた声が、グラウンドの端から端までに響き渡る。
MSの対面の端に、蛍火を帯刀した日向が立っていた。
『あのチビに付いてた餓鬼か、ノコノコと目の前に現れてくれるなんて、ありがと――よっと!』
MSは日向を目視で確認すると共に駆け出した。そう思った矢先、グラウンドの半分ほどの地から跳び上がった。しかも、日向に向かってではなく、監視塔に向かって。
『見え透いてんだよ! 目の前の地面一帯が本当は地面を溶かした落とし穴になってんのも! この塔にもう一人隠れ潜んでることもよォ!』
跳び上がったMSは監視塔の屋根をその手に掴み、監視塔を真ん中でへし折り、地面に、奴が「地面を溶かした落とし穴」と言った地点に叩き付ける。
「わわっ! 危なっ!」
だが、浅い。
『な!? 誰だお前!』
監視塔を掴んだことで若干長めに滞空しているMSは驚きの声を上げた。
そこにいると思っていたのは、奴のいうところのチビ。つまり僕だ。しかし、中から転げ落ちるように逃げ出したのは、奴の知らない少女、桜だった。
「見え透いてるんだよ。キミの動きを止めた時点で暗視用の
だから、奴がカモフラージュした日向の高温の池を発見できることも、この程度の距離なら監視塔を使って飛び越えられると判断することも、ついでに監視塔にいる誰かを潰そうとしたことも、全部お見通しなんだよ。
僕が対応し切れなかったのは、MSの情報が事前に無かったからだ。ゆえに情報不足で対抗手段を講じれなかったところにある。
だが、動きを止め、構造をシステムの動きを観察し、能力を、性能を把握してしまえば。僕が『警戒』しさえすれば。こんなのは、ただ巨大なだけの鉄の塊だ。
空中にいたMSは真上からの一撃で、例の高温の池に突き落とされた。
『なんだッ!? 何が起きた!』
慌てたMSは一先ず高温の池からの脱出をはかろうとするが、その願いは叶わない。高熱の池はたちまち冷やし固められ、関節や細かいパーツの隙間に入り込んだ液体が稼動を阻害し動きを封じ、胴より下を堅い地面に埋め込む。
『馬鹿な! 高温で溶かした砂だぞ! そう簡単に冷えて固まるはずが……』
その答えを、光を反射させながら宙を舞う透明な結晶見て、奴は直ぐに理解した。
『氷……だとッ!?』
顔は見えないが、目を剥いていることだろう。
自身を地に落とし、動きを封じたモノの正体が、巨大な氷の結晶だという事実に。
魔術の本質は『力を作用させる』つまりはプラスの方向に働かせる能力だ。
減算法である冷却は魔術で再現するのは難しい。空冷、水冷などの対象外に術を行使する冷却手段はあれど、冷媒もなしに瞬間凍結などという『魔法』に片足突っ込んでる域に個人で到達した例は、世界でも僅か一例しか確認されていない。
だから、その一例を引き当ててしまったなんて、奴は思いもしなかっただろう。
『これだけの範囲を一瞬で冷やし固めるだけの量の氷だと!? そんな水どこに?』
「氷とは水の個体における状態の名称だから、正しくは氷じゃない。けど、大枠では常温で液体、気体の物質が凝固点に到達し個体となった状態も氷と呼ぶからあながち間違いでもないか」
僕はMSを見下ろしながら、奴にも聞こえるように呟いた。
『上ッ!?』
さっきから、驚きすぎだろ、昔のヤンキー漫画でももうちょっと大人しいぞ。
そう、僕は始めから、日向が作った高熱の池の上空にいた。
『空中で、氷を作っただとォッ!?』
飛行魔術なんてのは早々に確立されており、航空技術の発展に貢献している。
だが、個人レベルで使う魔術使いは少ない。
その理由として、複雑な術式を要する点と魔術リソースがないという二点が挙げられる。
前者は単純に難易度が高いという話で、魔術に秀でている魔術使いなら苦も無く展開できる。
ゆえに、飛行魔術が敬遠されている決定的な理由は後者にある。
魔術は自身か他の物体に魔力を作用させることが大原則。
他の物体に魔力を作用させる方法は、術の対象に直接触れる。ないし魔力伝導率のいい物体を介して間接的に触れる必要がある。大気の大半を占める窒素は極めて魔力伝導率が低い。魔術リソースとしては優秀ではあるが、大気を介しての魔術の遠隔発動を妨げる。
そのため、空中にいる間は、自身の肉体か大気を利用した魔術しか扱えなくなる、というデメリットが発生する。
そのデメリットを補って余りあるメリットを、僕のみが使える凍結魔術はもたらしてくれる。
『くそっ! フザけんな、だとしても、たかだか砂を熔かし固めたモンで、硝子ごときで動けなくなるわけないだろ!』
「誰が硝子の落とし穴だっつった。少しは頭を捻れよ、ここは学校の運動場なんだぜ。熔かして固めるのに適してるものなんか他にあるだろ?」
『まさか……サッカーゴール……!?』
「それだけじゃねぇよ。陸上部の砲丸、棒高跳びのアレ、金属バット、とにかく、手当たり次第の金属を溶かした。砲丸が意外と積んであって量には困らなかったぜ」
熱分布図カメラと言っても、所詮は対人向けだ。
体温が感知できればそれでいいなら、計器に表示される数値の上限も精々、摂氏八十から九十度。
だから、なにか熱いものがそこにある。ということは分かっても、それが何でどれだけ熱いのか、までは分からない。
『俺がここに着くまでにそんなことしてる時間は……三人目の餓鬼か……!』
MSの中の奴は始めから僕ら二人しかいないと思い込んでいる以上、態々手間の掛かる手段を使わない、その場であるものを利用した、そう判断する。
だから、万一失敗しても気負うことはないと、簡単に跳び越えるという選択を取った。
桜は本気で走れば軽く時速300kmを出せる。無論、彼女は人の身だ。長時間の高速走行は負担になるが、先行して、金属類を掻き集めとく、くらいのことなら造作もなくやってのける。
「問答の時間が惜しい、それではキミにはこの舞台からご退場を願おう」
手を下に交差するように重ね、術を形にするためのイメージを構築する。
物体の形状変化や移動などの術には、医療に関するイメージが合致する。しかし、凍結魔術を扱うときはそのイメージでは上手く編めない、そう、存在しない、空想の風景を、幻想的な氷を現出させるイメージは――。
「
詩、が相応しい。
僕のコードネーム《
難解な計算も、ただ数字で解くのでは面白くないし完成系が見えてこない。だから僕は、式を詩にして詠うのだ。
いくつもの計算式が頭の中で整理され、現実を組み換えていく。僕がこの特異な術を扱えるのは精密解析の副産物と言える。
勘違いされやすいが、精密解析は目や耳を強化する能力ではなく、脳の超活性。思考速度を引き上げ、大量の情報を同時に細分化できるようになる。消耗は激しいが、一時的にスーパーコンピューター並みの情報処理が行なえる。
例えば天才でも三年は解くのに掛かる計算式があったとしよう。これは難しいから三年掛かるというのではなく、方程式、証明の数が途方も無く答えに辿り着くまでにどうしてもそれだけ掛かる。という意味だが、それでも僕なら同時に多重並行計算で5秒で答えを弾き出せる。
手の平の先に、大気が集う。
互いに押し合いながら、詰めて、詰めて、詰めて、それぞれの場所に固定される。
大気の大半を占める窒素、一昔前の科学番組なんかではよく零度以下で凍らない液体窒素の形で題材になってたりした。
だが、条件はややこしいが窒素だって凍る。僕が数多の魔術使いが敬遠する空中を自身のフィールドにしたのは、その魔術リソースたる窒素を周囲360°、どこでも手で触れることができるからだ。
もとの体積から、およそ三万分の一に凝縮された窒素、今はまだ不安定な空気の塊。
「
しかし、それらの空気の塊は呟いた言葉と共に、その姿を変える。
「
それは、十字架を象った氷晶の剣。
大きさはMSの半分ほど。それでも僕自身よりもはるかに巨大だ。
生み出された十字架は空気を圧縮するときに出来た空間の穴を埋めるように、一点に向かって弾き出される。
的となったのはMSの頭頂部、凄まじい勢いで打ち付けられて柄に当たる部分が頭から飛び出ているような間抜けな形となった。
「出来れば鹵獲しておきたかったけど、仕方ない、弾け飛びなよ。――
指を鳴らすと、凍った窒素は魔力の枷から解き放たれ、もとの状態、すなわち、三万倍の体積に戻ろうとする。
内部で急激に膨張した窒素の圧力に耐えられず、MSは内側から破裂し、轟音と共に内部を外気に晒す。
「高い耐久に胡坐をかいてるから、始めの連続射撃が無意味な抵抗だなんて思うんだ」
僕が大量に撃ち込んだのは、ジャケットに銀と錫と色々混ぜた合金を使った、弾の先端が窪んだホローポイント弾と呼ばれる種類の弾丸。
本来なら肉のようなやわらかいモノに効率よくダメージを与えるための弾だが、錫や特殊な素材と混ぜ合わせることで硬い標的にヒットすれば弾頭は変形し対象に吸着するようになる。
銀は魔力を流出させる。だから外装を強化していた魔力をくっついた銀の弾丸が少しずつ外気に洩らしていたのだ。
気が付いたところで、僕が弾丸を打ち終わった段階で、奴の装甲は穴だらけ錆だらけも同然で、自重を支えるのもやっとだった。
「古来より、魔なるモノを滅するは銀の弾丸、ってね」
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