5-1

『んじゃ、未希が泣き止んだところで』

「泣いてないよ。とにかく、これからの方針だけど、キミたちの力を借りることで出来ることが大幅に拡がった。とは言え、敵の目的がアキレウス、ないし艦橋だとすれば時間的猶予はあまりない。最低でも日没までにはなんとかしたい」

「日没って、あと四十分くらいってこと? それってマズくない? ここってほぼ艦橋と反対でしょ。わたしの脚ならともかく未希と日向じゃ、向こうに付く前に日が暮れちゃうよ」

「確かに、俺でも三十分は掛かる。ドクターじゃまず無理だ」


 桜の言う通り、ここは連絡港から艦橋までの直線上およそ800m地点、ここから艦橋まで14km、桜なら余裕、日向はギリギリセーフ、僕はぶっちぎりアウト。


「仕方ない。わたしがさっきみたいに未希をお姫様抱っこして走るか」

「いや、その必要はない。それよりも可及的速やかに対処すべき問題が一つある」


 今尚、近くを通る度、駆動音と地響きとを撒き散らしている鉄の巨人、MSだ。


「アレは正直無視しても艦橋付近まで辿り着ける。けど、アレを野放しにしておくのは避けたい。というより、アキレウスの破壊を止めれたとしても次善の策を用意している可能性があるからそれを潰してくためにも、侵入者全員の確保が必要になる。つまり遅かれ早かれ、アレをどうにかしなければならない」

「さっき、ボコボコにされてたくせに強気だな、何か策でもあるのか?」

「さっきとは余裕が違う、五分で終わらせる」


 手首の武器庫を起動し、僕は切り札を呼び出す。


「来てくれRX」


 武器庫より転送されて来たのは、真っ白なボディの悪路走行用単車オフロードマシン

 モタード仕様のヤマハWR400Fに、同型の200Rと200Xの要素を取り入れ、道路交通法の規定を悉く飛び出た魔改造を施され公道を走れなくなってしまった戦場を駆ける白銀の鉄馬、WR400RX。


「オートパイロットシステム、人工知能搭載、瞬間最高速800km/h、超低燃費を実現し、タンク容量を小さくすることで重量を抑えたけど悪路でも舗装路でも力強く走れる馬力がある。まさに今回にうってつけのマシンだ」


 一緒に転送したフルフェイスヘルメットを日向に貸し与える。


「日向と僕がコレに乗る。桜は走ってくれ」

「いいなー、カッコいいなー、わーたーしーも、のーりーたーいー」


 車体を褒めてくれるのは嬉しいが、子供みたいにぐずるのは少し鬱陶しい……。


「悪いな桜。これは二人乗りなんだ」

「うわーん助けてよ~、かれえもん」

『何よ、そのカレーのゆるキャラみたいなのは……それで、どうするの? いくら速いバイクだからって、かなりの体格差よ。パワー負けしてる』

「対人戦ですら体格負けしてる僕が一度でも力押しで勝ったことなんてないよ。不利な部分は搦め手で埋めていかないとね♪」


 髪を低めのポニーテールに括りなおし、僕と日向はRXに跨る。

 


 RXは光沢のある白いボディを煌かせながら、MSの前に躍り出る。

 メーターには時速100kmと表示されている。本気の半分も出してないけど今回は奴との間隔を一定に保つことが目的だし勿体無いけど仕方ない。


『ようやく、見つけたぞ! 糞ガキッ!』


 僕の姿を見つけると予想通りMSは追いかけてきた。

 もはや、足止めより僕を攻撃することのほうが目的になってるんじゃないだろうか。

 RXのハンドルを握っているのは僕ではなく日向。そして僕は後ろに乗っている。

 だが、僕らは普通に二人乗りタンデムしているわけではない。

 客観的に見たままを記すなら、僕らは背中合わせで乗っている。僕は後方のMSと向き合うように、日向は正しくハンドルを握る向きで。正直、ライダーの端くれとしてこんな危険な乗り方はしたくなかったけど、そうも言ってられない状況だ。

 そもそも、僕は大型二輪の免許を持ってるけど、日向は自動二輪の免許すら持っていない時点でまずい。

 緊急事態とはいえ、無免許運転は色々問題がある。一応、運転自体は日向がしているのではなく、RXのオートパイロットシステムに任せているため、日向はハンドル握ってるだけで運転してるのはAIだから無免許運転じゃありません、という言い訳ができるが。

 ただでさえ危険な乗り方をしてるくせに僕はキャップ半ヘル(ゴーグル付き)、絶対に公道でやってはいけない。


「ちょっと揺れるけど我慢してね」


 当然、フルフェイスじゃない理由がある。

 両手に抱えたコイツを構えるのに、顔の前面を覆うフルフェイスは少し邪魔だから。


「マジでそんなん使うのか?」

「あ、舐めてるなコイツの実力。お気に入りじゃないけど結構やるんだよ」


 不安げな日向を尻目に僕は体重を日向の背に預け、乗る前に準備を整えていたコイツを頬に当てる。


「ちょっと黙ってないと、舌噛むよ」


 引き金を引く、毎秒二十発、小指台の金属塊が先端から吐き出され、立て続けにやってくる反動でより強く日向に身体を預ける形になる。

 詰まることなく、リールに繋がれた空薬莢は小気味よく側面から排出され、僅か二秒半ほどで円筒形のマガジンの中身は空になる。そのタイミングに合わせてマガジンを交換し、間隙を限りなくゼロにして撃ち続ける。

 ラインメタルMG3。それがコイツの名前。かつて、世界中の戦場を席巻した銃という武器種の中でも、掃射に長けた汎用機関銃というカテゴリーに属するこれは、現代の戦場においては時代遅れもいいところの骨董品だ。

 拳より速く、ある程度離れた距離から攻撃できるという武器としての優位性は、魔術使いという、鋼鉄がごとき肉体を持つ存在の前ではあまりにも軟過ぎた。

 魔術使いの天然の鎧よりも堅い外装を持つMSという最新鋭の兵器を前には、こんなものは特撮のDX玩具に等しい。


『よく出来たオモチャだなぁ! パパとママに買ってもらったのかぁ!?』


 怒涛の速さで絶えず吐き出される弾丸を余すことなくその身に受けながらも、怯むことなくMSはその巨体を走らせる。

 解析したところ、先ほどまでは射杭器分の重量と空気抵抗があったため、全速力が出せていなかったらしいことがわかった。射杭器を手放した今、奴は時速150kmで走ることが出来るようだ。


「RX、速度上昇プラス50km/h」

『了解、設定速度ヲ150km/h二変更、0.5秒後ニ加速完了』


 四回目のマガジン交換のタイミングでRXに音声指示を飛ばす。無機質な合成音声が指示内容を受理したことを告げ、瞬く間に時速150kmに到達する。

 弾丸の炸薬を少しいじってるため銃身の加熱速度が速い。四回目のマガジンを撃ち尽くしてから距離が離れたのを見計らい熱くなった銃身を取り外す。

 本当は銃身を冷ましたいところだけど、ここは高速で動く単車の上、そんなスペースはないので止む無く熱くなった銃身を投げ捨て、新しい銃身を取り出す。


「なあ、ドクター」

「なに? 銃身取り替えたらすぐに撃ち始めるから、手短にお願い」

「なんで、あの時、諦めなかったんだ? あんな絶望的な状況だったのに、お前はそれこそ攻撃されている間にも活路を見出そうとしてた」


 一瞬なんのことを言ってるのかと思ったが、すぐに、桜に助けられる直前のことだと思い当たる。


「ああ、あの時か、なんでって、そりゃあ……」


 そんなのは愚問もいいとこだ、銃身を取り替えてる片手まで、返答に事足りる。


「可能性は自ら絶たない限り、ゼロじゃないからだ」

「それって、どういう……」

「手短にって言ったでしょ、この話はあとでしてあげるから。ほれ、もうちょっと続くよ」


 銃身の取替え完了、マガジンは五つ目となり、再び浴びせるように撃ち出す。

 距離の埋まらない追いかけっこをはじめて一分、マガジンを八つ、合計400発も当てたにも関わらず、MSは疲労した様子すらみせない。


『んだよ、もう終わりか? つまんねぇなぁ、もっと足掻けよォ!』


 なんか無駄にテンションが高いが、相手にすることに意味なんて無いので無視だ、無視。


「全然効いてる様子がないが?」


 作戦通り必要な弾数を撃ち込んだ。もうアイツと向き合う必要もない。体の向きをなんとか進行方向に直して、ハンドルを握る日向の腰に手を回す。これから、少しRXを暴れさせるし。


「これでいいんだよ。RX、目的設定地点まで可能な限り速く」

『了解、目標地点マデ残リ10km、積載量ヲ算出、現時点デノ最高加速可能速度400km/h、目標地点到達マデ一分三十秒、タイヤノ磨耗ガ激シイ、目的地ニ到着後、再起動マデノ間ニ、交換シテオクコトヲ推奨スル』


 そう言い残し、RXは今までのが亀に思えるほど一気に加速し、目的地まで直進する。


「ドクター、さっきの話なんだが」


 完全に撒いたことを確認し、一息つくと、改めて日向はさっきの問いに触れる。


「言葉の通りだよ。諦めるっていう行為は、見えてないだけの極太のロープも容易く断ち切ってしまう。多くの場合は見えない細い糸だけどね。それでも、断ってしまうのは勿体無いし、そうすることは失敗を許容することと同義だ」

「どこまでも理詰めなんだなお前は……けど、たしかに道理だ。愚問だったな。やっぱりお前は俺なんかよりすげぇよ」

「分かったら気持ちを切り替えるんだ。こっからが本番なんだ、気合を入れておきなよ」


 この問答はどうやら日向にとっては有益なものであったらしく、一人で納得してしまった。

 まあ、どんなことでもプラスに働いてくれるなら文句はない。

 RXは僕ら二人を目的の場所へときっかり予定した時間に届けてくれた。


「もうあのデカブツ見えなくなったけど、本当に追ってきてるのか?」

「大丈夫、何のためにゴムをすり減らしてタイヤの跡を付けながら走ったと思うんだい。さあ、初戦のリベンジマッチだ。出来の悪い玩具をスクラップに変えてやろう」


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