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「ほい、ちょっと痛いだろうけど我慢して、ねっ、と」
桜は馴れた手つきで外れた僕の肩を押し込み、関節と接続させる。
桜は
「っつ……ありがとう。片手が動けば、もう片方は自分で出来るから」
通常、脱臼は嵌めなおせば大丈夫、というものではなく、ちゃんとレントゲンを取って血管やら筋繊維に損傷が無いか確認して適切な処置を施さないといけないんだけど、こんな
一応、もう一回外れたりしないようにテーピングで保護はしておくけど。
僕をお姫様抱っこして桜が連れて来たのは、商業エリアのビルの物陰、そこには日向もいた。
MSは忽然と消えた僕を見失い、でかい足音をたてながらこの辺りを探している。
『それで、あの、ロボットは何? 一体、ここはいつから、悪徳と野心、退廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたゴモラになったのよ?』
「むせる。じゃ無くて、確かにパイルバンカー持ってたけど、どう見てもATじゃないでしょ、どっちかといえばMS……ってこの略称じゃ結局同じじゃないか、ってそうじゃなくて。どうして、キミたちはこんなところにいるんだ、避難指示が出ていただろ?」
コアなネタで驚きを表現する花蓮に苦笑いしながら
救出してもらって恐縮ではあるが、学生が戦場にいるのは見過ごせない。
「笑顔なのに目が全然笑ってないよ……私たちは風紀委員の人達の避難誘導を手伝ってたんだよ」
『土地勘のない生徒は避難場所まで迷ってしまうかもしれないって、どっかのお人好しが言ったから、ナビゲートしてあげたのよ。提案したのはそこの馬鹿。まあけど、その甲斐あって私たちと風紀委員以外は全員避難が間に合ったけど』
事の成り行きを説明する花蓮だが結局のところ、戦場に出てきた理由にはなっていない。
「人助けをしていたのも結構なことだし、逃げ遅れたのも仕方ないことだ。けどなぜ態々戦場に出てきたんだい? どこか安全な場所に身を隠しておかなかった?」
「怪しい二人組に襲われた」
そんな……もう既に日向たちの所まで敵が侵攻していたのか!?
「何とかぶっ倒して、風紀委員の連中に監視してもらってる。で、今、方舟でなにが起こってるのかを確かめたいと思った。だから、この状況に一番詳しそうなお前を探しに行こうということになったんだ」
「そ・こ・で、あのウィーン、ガッシャンって感じの奴から、逃げてるボロボロの未希を見つけて、拾ったっていうこと」
『そもそも、絶体絶命のピンチから救ってやったていうのに、感謝の言葉も無くイキナリお説教とか、どの口が言ってるんですかぁ?』
聞けば、一番に僕を発見したのは、通信機を切る前まで発信されていた位置情報から、現在の僕の位置を割り出した花蓮だという。押し付けがましいが、事実、彼女がいなければ、最悪、何も出来ないまま、黄金の環の好き放題させる結果になっていただろう。
「はぁ……成り行きとは言え、助けに来てくれたことには感謝している。謎の人物に関しても侵入を許したNNNの落ち度だし、キミたちに危険な目に会わせてしまったことも謝罪する。それでも、キミたちにこれ以上危険が及ぶのを看過できない。だから、今の状況は説明するが、状況を飲み込んだら直ちに安全な場所に避難してくれ」
アキレウスの破壊が敵の目的に据えられている可能性がある以上、方舟内にいるからといって絶対安全とは限らない。これ以上、戦いの場に桜たちを置いてはおけない。
とにかく、今がどういう状態で、どれほど危機的状態かを理解してもらうために、必要な情報を開示する。
黄金の環が侵入してきたこと、MSによって包囲網が瓦解したこと、三角が行動不能なこと、敵の狙いがアキレウスかもしれないこと、動ける人員は僕しかいないこと、そして、NNN内部に裏切り者がいるかもしれない、ということを。
一通り説明し終わると、日向が立ち上がった。
「また一人であのデカイのに立ち向かう気か?」
「いや、アレが僕を見失っているうちに本命に向かう。キミたちのおかげで活路が見出せた」
これは紛れもない僕の本音だ。
さっきまでの状況は間違いなく、誰が見ても僕は絶望的で一挙手一投足に賽を振っているような状態だった。そんな状況が好転したのは、桜、花蓮、そして日向がいたからだ。
旗色は悪いままだけど、ほんの僅かだけど希望が見えた。
「俺も連れて行け」
日向は僕を心配してくてるのか、同行を申し出てくれた。
そんな申し出に、一瞬だけ心が揺らいだ。
もし、一人じゃないなら、なんて益体もない考えが頭を過ぎる。
あの時、桜に抱きかかえられた温もりを思い出す。一人じゃない心強さは、身に沁みている。
けど――。
「駄目だ。さっきも言ったけど、これ以上キミたちを危険な目に会わせるわけにはいかない」
彼らに甘えるわけにはいかない。
なぜ僕は戦っている?
そんなのは決まっている。全ては人々の平和と安寧のために、今の子供たちが武器を取って争わないで済む、そんな未来を創りたいからじゃないか。
それなのに、そのために、彼らに武器を取らせるなんてのは間違ってる。
「俺はお前より強い」
そんなことはわかってる。
僕は弱い、鈍足、細腕細脚、一人じゃ何も出来ない。その癖、副長なんて肩書きを背負い込ませれて、一人でいると不安で押しつぶされそうになるのを、笑って誤魔化す臆病者だ。
「強い強くないの問題じゃない、これは僕の仕事だ。キミたちに任せていいものじゃない」
虚勢を張る。
甘えるな。弱くても、臆病でも、掲げた理想があるなら、それを曲げるな。
「俺たちを守るのが仕事だからか?」
そうじゃない。
仕事だから、任務だから、日向たちを守っているんじゃない。全てを守りたいと願ったから、僕はこの仕事を選んだんだ。
「そうだ。キミには戦わせることはできない」
嘘が口から滑り出る。
傷つけてでも退かせる。形振りを構うな、関係が壊れても良い。今は彼らを逃がすことだけを考えろ。
「俺は信頼できないか?」
そんなわけない。
信頼を疑念に変え、友軍を敵軍だと思い、親友を仇敵に置き換え、孤立無援であると自分を追い込んでいた。そんな中で、手を差し伸べてくれた。疑う余地がない、唯一信じることのできる仲間がキミたちだ。
すぐには否定できず言葉に詰まると、日向が畳み掛ける。
「俺はまだ守られるだけの存在か?」
違う。
口を衝いて、出てしまいそうになる言葉をすんでで留める。本人は気づいてないかもしれないけど、瀧貴さんが亡くなって傷ついているはずなのに、それでも前を向ける強さを持ってる。
日向はもう自分の脚で立てる、病床に臥していたころとは違うのだと、声になるのを抑える。
それでも、強くなったから戦わせる、なんてのは間違っている。
戦って傷付くのは僕だけでいい、子供が戦っていい理由なんてどこにもない。
「俺にだって、自分の手で守りたいものがある。俺には……俺には、それすらも出来ないって言うのか!?」
日向の声に感情が乗る。
仏頂面、無愛想、しかめっ面、無感情、そんな言葉が似合う日向の顔に悲痛な表情が浮かぶ。
どうして、彼はこんなにも苦しそうに訴えるんだろう。どうして、彼はこうまでして僕に付いてこようとする?
『あーっ、もう、めんどい、二人とも! 下らない禅問答してんじゃないわよ』
ここまで静聴していた花蓮が割って入る。
『日向が切り出したから私も桜も黙ってたけど、言いたいことがあるならハッキリ言いなさい。どっちも不器用で鈍感なんだから。結局、日向は、というか、私達は未希が心配で未希は私達を心配してくれてる。ただ、それだけの話じゃない。それなのに日向は言葉が足りてないし、未希は取り繕ってばっかなのよ』
「うん、日向はわたしたちが言いたいことを言おうとしてくれてたんだよね。けど、口下手な日向に任せたのが間違いだったよ……だから、わたしが代わりに言うね」
ああ、そうか、どうやら、また僕は本当の気持ちが見えていなかったのか。
「確かに、わたしたちの知らないNNNの『誰か』のアナタはわたしたちを守りたいし、守らなければならないんだと思う。けどね、わたしたちの知ってる、ちょっと理屈っぽくて、甘い物が好きで、いつも笑ってて、頭が良くて、頼りになる、『白雪未希』っていうアナタはね、わたしたち第六小隊の仲間なんだよ。だから、一人で危険なところには行かせられない。わたしたちはアナタの仲間なんだから、わたしたちを頼って欲しいの」
『どっちのアンタが本当のアンタかなんか私たちは知らないし、興味もない。けど、私たちはNNNの『誰か』のアンタなんか知らない。私たちにとって第六小隊の『白雪未希』が本当のアンタなのよ』
遠回りの言葉で向けられていた思いが真っ直ぐに僕に届く。
アートではない、白雪未希という名の僕。
彼ら彼女らにとっての、僕という存在。
僕にとっては皮を被った、偽りの姿でも、みんなにとっては、それが僕なんだ。
「つまり、なんだ、その、俺だって守りたいモノがある。あの日、トリガーから守れなかった日常だ。だから、俺はそれを、今度こそ守りたい。俺の日常の中にお前は必要なんだよ、ドクター」
結局、僕らは互いに守りたいモノが互いだったんだ。
僕は遠ざけることで、日向は傍にいることで守ろうとした。それだけの違いだった。
「アナタの番だよ『未希』アナタの気持ちを教えて」
「僕は……」
もし……もし、僕は『アート』じゃなくて『白雪未希』としていられるなら、仲間に助けてもらっても、甘えても、いいんだろうか。
一人は怖いと、手を取ってほしいと、願うことが許されるのだろうか。
「誰にも傷ついて欲しくない。戦ってほしくない。戦ってボロボロになるのは僕一人で十分だ。僕だって一人は怖いさ、けど、誰かが傷つくことの方がもっと怖いんだよ!」
情けない、本当に、情けない。
せめて、この子たちの前では良い格好をしていたかった。こんな弱音を吐きたくなかった。
「それは、みんなで分かち合う怖さだよ。一人の怖さは一人だけで抱え込まないとだけど、誰かを思っての怖さはみんなで一つの怖さだよ。どんなに大きな怖さでも分け合えればなんとかなるって!」
力無く重力に従っていた手を、優しく握り締める手があった。
「大丈夫だ。誰かが傷つく怖さ? んなもんゼロにしてやるよ。それなら、一人でいるより百倍マシだろ」
下を向いて項垂れる頭を、無骨で乱暴で、けど力強く撫でる手があった。
『そんな風に心配する人がいる癖に自分が傷ついて心配しない人がいるとでも思ってるの? 自分勝手な言い分ね』
強く打たれて少し軋む身体に、少し棘があるけど柔らかい声が響いた。
溢れそうになる涙を堪えると、気が付けば、代わりに言葉が零れ落ちていた。
「お願い……僕を助けて、一人に、しないで……」
「「『任せろ』」」
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