「より、詳細を」


 なんとか、動揺を表に出さないように抑えながら声を搾り出した。


『三角が確保した二名の黄金の環だが、どうやら、始めから三角を狙っていたらしい。拘束して油断した三角に魔断球状結界シャットアウト・スフィア使ったようだ。敵も三角を一番の脅威として、大枚はたいて対策してきたと見える』


 魔術使いを拘束しておくには、魔術を封じる必要があり、現在では二つの手法が用いられている。

 一つは僕たちNNNの基本装備である、対魔術使い用の純銀製の手錠。

 銀は魔力との親和性が高く、よく魔力を通すため、肌に直接触れる形で取り付けることで、術を構築する前の活性魔力を流出させる。肌に直接触れさせ続けさせなければならないため、相手を無力化してからでないと使えないという欠点がある。


 そして、もう一つが『魔断球状結界』だ。

 この世で最も貴重とされる『唯一の個性』の由来となった宝石、レッドベリルを用いた対魔兵器。

 レッドベリルは、一般的に魔力充填媒体バッテリーとして使われている石英クォーツよりも高い魔力蓄積能力を有しており、僅か10グラムで日本の全世帯の電力を一ヶ月賄える量のエネルギーを蓄えることができる。

 だが、特筆すべき点はそれだけではない。

 レッドベリルは取り込んだ魔力を一度に全て放出する、そして、二度と魔力を通さなくなる。

 それはつまり、魔力に対して100%の抵抗を持つ絶縁体になることを意味している。

 この性質を利用したのが魔断球状結界。起動すると対象を覆うようにレッドベリルが厚さ一ミリ程度の球状に変形。中に閉じ込めると内側の表面部分を蓄積魔力で強化する。結界に魔術を使えない、物理的に割ろうにも莫大な魔力で強化された鉱石を破壊するのはまず不可能だ。

 使う魔力はレッドベリルに内包されているものだから、手錠で術を封じられていても使える。

 レッドベリル自身が貴重なため、数もなければコストも掛かる、その上完全無力化できるのは一人か二人、費用対効果の悪さから、あまり実用的でない兵器だ。


「こちらも、一つ分かったことがあるので報告します」

『なんだ?』

「この人型兵器はかつて、NNNの技術研究室ギケンで立ち上げられたMSマジックソルジャー計画、その試作機体MS‐P-00を素体としていることが判明しました」

『MS?』

「過去に銃火器と魔術の相性の悪さから、戦車や戦闘機に代わる新たな巨大兵器開発計画が生まれたんです。それがMS計画。まあ、巨体ゆえに重量やパーツの数によるメンテナンスの困難さ、燃費の悪さ、コストパフォーマンスの悪さなどが設計段階で目立ったことで、結局、計画は試作機の設計図が作られた段階で凍結しましたが」

『それで、その凍結したはずの兵器がなんでこんなとこに? しかも、ウチの研究室発案のモノが敵方に回ってるんだ?』

「それは技術研究室の人間に問い詰めてください」


 しかし、兵器として欠陥だらけのMSを敵が今回の襲撃に組み込むとは予想外だった。

 というかMSを投入した理由は何だ? 突破口や囮に使うにしても、MSはあまりに無駄が過ぎる。費用対効果が見合っていない。他に何か役割があったのか? それともそう思わせること自体が罠か?


『魔断結界といい、MSといい、随分と羽振りがいいな……それだけ投資する価値が、この襲撃にあるってことか』

「単純に要塞としての完成度が高い方舟、第一機関の本拠地、戦力的に未熟ながらも魔術使いとしての価値がある学生。確かに、大枚叩いて手に入れるだけの価値はありますね」


 少人数による襲撃という点から、目的はもっと小規模なものだっと踏んでいたが、ここに至るまでの敵の力の入れようから、それこそ、方舟の奪取すらあり得る。


『だが、絶対防御結界がある限り、敵側が方舟を完全制圧すること……など…………まさか!』

「敵の狙いはアキレウス……!」


 アキレウスを何らかの手段、それこそ、そこのMSがもつ射杭器で破壊すれば、機能が停止する。

 NNNが持つ最強の非戦闘用兵器。本来の方舟の状態ならどうかは分からないが、現状の方舟、内部セキュリティーを敵に掌握され、敵があちこちに散らばっている状態なら、そこを攻略さえすれば方舟の制圧も視野に入る。

 けど、それは……そんなことは、ありえない。あって、欲しくない。


「だって、それは、敵がアキレウスの場所を、形を、大きさを、知ってないと成立しない。奴らがそれを、知っているはずがない! だって……それは、つまり……」

『アキレウスの詳細を把握している何者かによる情報のリークがあった。そして、それを把握してるのは開発者のアルベルト、そして、開発に携わった当時のチーム、アルベルトの仲間六人だけ――つまり私も容疑者の一人というわけだ』


 僕が言い澱んでいたことを、姐御は無慈悲に告げた。

 三角、姐御、日向の両親、菅野、そして、もう一人は僕の後見人。

 その全員に可能性がある、誰もが僕と関わりがあり、信頼していたい人たち。


「すいません姐御、可能性がある以上、あなたを疑わざるを得ない。これ以上の情報共有を控えさせてもらいます」

『止むを得まい、私は私に出来ることをする』


 姐御との通信を切り、一人で考える。

 誰一人として疑いたくない思いとは裏腹に、僕はアキレウスの詳細を知る全員が裏切り者であると仮定して今後の動きを考えている。

 この思いは僕の甘えだ。無条件の信頼なんて飴より甘い。100%の潔白が証明できないなら信じることはできない。

 なぜ? とか、誰が? とか、は今考えることではない、それよりも、最悪の状態を想定し現状を打開する手段を講じたほうが建設的だ。

 結局のところ、孤立無援の現状に変わりはない。ただ、信じれるものが人より与えられるものではなく、自分で見聞きしたものだけになっただけだ。

 けど、やっぱり、悲しいな。限りなく信頼していたはずなのに、こうも簡単に疑えてしまうというのは。


 この時、視界の端に納めて注意を払っていたMSを、一瞬だけ意識の外に置いてしまった。

 その一瞬が致命的だった。

 初めに聴覚で異変を捉えた。硝子、あるいは氷、とにかく硬いものが複数同時に割れるような音。

 次に視覚。視界にいたMSの脚に巻きついていた黒の手術衣が内側から破壊され、のそっりとした動きでMSが立ち上がる。

 最後に触覚。強い衝撃を前面に受け、肺の空気が全て抜けるような感覚の後、体が宙に投げ出される。

 すべての感覚を統合して状況を正しく認識したのは、上空10mほどから地面に叩きつけられてからだった。どうやら脚の拘束から解放されたMSに殴り飛ばされたらしい。


「がっ……! げほっ……!」


 痛みと息苦しさを感じることで、意識があることを確認する。

 一体、どのようにして脚の拘束を解いた? 殴り飛ばされる直前の記憶では黒の手術衣にヒビすら入っていなかった。

 その答えの片鱗を一瞬ながら視界に捉えることができたのは不幸中の幸いと言うべきだろうか。


「レッド、ベリル……ほんと、金に糸目をつけない作戦だな……」


 燃料タンクの底から内容量を大きく上回る魔力出力を検知した。なるほど、活性状態の石英の中に微量の非活性のレッドベリルを仕込んでいたのか。

 姐御の話の真偽がどうあれ、敵方にはレッドベリルを確保する手段がある。という可能性を忘れていたわけではない。ただ、全員がレッドベリルを持っていると仮定して、一発きりのアイテムをどのタイミングでどういう目的で使うか、それを計りきれなかった。


『へぇ、やっぱお前、魔力の流れが見える奴か、まあ別にいいけどよ。お前がこそこそ誰かとおしゃべりしてる間に、こっちも仲間とお話ししてな、本当ならもっと面白いことに使うつもりだった虎の子をこんなことに使うことになっちまった』


 そうまでして、拘束を解いたということは、このMSがやろうとしていた『面白いこと』を別の手段で他の誰かがやろうとしている、ということになる。

 『面白いこと』が何かは推測の域を出ないけど、どの仮定も方舟の人たちを危険にさらすことに変わりない。どうにかして止めないと。

『お前、他の連中をどうにかしないと、とか考えてんだろ? おいおい、今目の前にいるのは俺だぜ。こっちは貴重品を使わされたんだ、黙って見過ごすわけねぇだろ!』


 そんなことはわかってるさ。他の誰かが代わりにコイツの役割を引き受けたなら、コイツの目的もまた別のものを与えられているに決まってる。

 そして、一時的とはいえこの巨体の動きを封じた僕を、敵が無視するとは思えない。多分ただの学生でないことくらいは看破されているだろう。目的の障害となり得ると判断されていてもおかしくない。


「すなわち、障害の排除がキミの当面の目的だろうッ!」


 振り下ろされる右の拳を、MSの足下に向かって走って躱し、砕かれた黒の手術衣を拾い、再度繊維状にし紡ぎ直して元の外套状態にして装備する。

 MSはバランスを安定させるために下半身が重く、その分、出力の多くを脚に割き、比較的軽いほうの上半身、特に腕の出力は控えめとなっているため、俊足に反して腕を振り下ろす所作は緩慢だ。それこそ、魔術使いとしては最低レベルの鈍足の僕でも、ある程度の余裕を持って回避できるくらいには。


『ちっこいわりにはトロいな、下手したら大衆のカスどもより遅ぇんじゃねぇのっと!』

「一度でも当ててから、そういうことを言ったらどうだい?」


 口の悪いパイロットは今度は射杭器を鈍器のように振り下ろす、射杭器の重さも加わってそこそこ速いが、劇的に変わったわけではなく、横に飛び退くだけで回避できる。

 相手としても、最初の不意打ちみたく脚を使えば簡単だろうけど、再び黒の手術衣で拘束されることを警戒しているらしく、蹴るどころか、脚を上げて動きすらしない。

 下半身が重たいがゆえに腕だけで立ち上がったり這いずることができないのだろう、レッドベリルを消費してしまった以上、再び拘束されるのを恐れている。

 動かないことがわかっているなら、無視して先に進みたいところだが……。

 射杭器――全長10mの『貫く』ことより『壊す』ことを重点においた先の潰れた円錐形の鉄杭を内蔵した、あの破壊兵器がここで効いてくる。

 射角を真下に向けることは出来ないようだが、もし僕がMSの前に躍り出るようなことがあれば、躊躇無くパイロットは引き金を引くことだろう。

 ただ振り下ろされる拳や銃身とは武器としての格が違う、速度も威力も対物を想定したモノだ。僕なんかじゃ躱せないし、直撃でもしたら、意思とは関係なしに気力が持ってかれる。

 このまま奴の燃料切れまでイタチゴッコを続けるか? いやそれこそ敵の思う壺だ。なんとしても早急に突破する。


「応急処置×2Zwei!」


 黒の手術衣を両手で握り締め、左手には包帯を、右手には布ままの黒の手術衣を用意する。

 左の包帯の端を飛ばし、あえてMSの前面にある電柱の地上10mほどの位置に結びつけ、包帯のもう片方の端を左腕にしっかりと固定する。


回収winden!」


 声の終わりと同時に、包帯は一箇所に集まろうとする。基点になるのは動かないもの、つまり電柱に巻きついた包帯に収束する。無論、僕の腕に巻きついてる包帯も例外ではない。包帯は僕の身体ごと一箇所に集まろうと電柱に向かっていく。


『包帯をフックショットの代わりにしたのか!?』


 このまま進むと電柱に激突しかねないので止む無く僕は包帯を自身から切り離し、宙に投げ出される。


『だが、残念だったな! そこはまだ射程圏内だぜ!』


 抗いようのない破壊をもたらす長筒の先を、パイロットは無慈悲にも逃げ場のない空中にいる僕に向け引き金に指をかける。

 だが、僕にはまだ残っている、右手に残した黒の手術衣が。


緩衝材polster……!」


 両手を銃口に突き出し、右手の黒の手術衣の半分はより繊維を細く裁断し綿状に、もう半分はそれを包み込みクッションを形作る。

 打ち出された鉄杭をクッションが受け止める、しかし、小さいクッション一つで衝撃を受けきれるわけも無く、大きく後方に吹き飛ばされる。

 直撃は避けた、即席のクッションと腕を前に突き出したことである程度の衝撃を腕に集中させることが出来た。アキレウスが無ければ、こんなことは無意味で粉々にされるのがオチだろうけど。

 それでも、黒の手術衣を手放すことになったが距離を開けることができた。

 しかし、どうせ打たれるなら、地面に立ちながら打たれるより、空中で打たれた方がダメージを推進力に変えられる分マシだ、とか思ったけど、結構響いたな……。折角、桜に結ってもらった髪も解けてしまった。


 腕に衝撃を集中させたといっても、全部が全部この細腕に収まるわけが無い。余剰分は当然身体に回る。

 気を失う事態は避けられたが、鉄杭の衝撃と地面に落ちたときの衝撃で一時的な呼吸困難に陥ってすぐに立ち上がれなかったのは痛い。脳震盪はないが身体がぐらつく。

 肩が脱臼して腕が上がらないからか、バランスが悪くてただでさえ遅いのに、さらにチンタラした走りになってしまう。

 このまま、どこか物陰に隠れて切り札を出そうとしていたのに、相手も僕が黒の手術衣を手放したことを把握しているだろうから、動かないという縛りからは解かれている。鉄杭を再装填して追いかけてくるか、捨てて身軽になって追いかけてくるか……前者なら望みはあるが。


「無理っぽいかな……」


 僕を仕留め損じはしたが、動きが鈍っているところを見て、すぐさま追撃に駆け出す鉄の巨人。

 どうしよう、他に手は無いか? 万策尽きたか? 間に合うことを期待してRXを呼ぶしかないか? 呼んだところで、起動している暇はあるか?

 焦る気持ちが時間を早め、僕から余裕を奪っていく。

 考えろ、考えろ、意識が途切れるその瞬間まで……!


『いい加減、諦めやがれ!』


 目前まで迫ってきたMSは僕に目掛けて蹴りを放つ。

 こうなったら気絶しないことを祈って蹴りを肩に受けるか? 片腕も動かせるようになったら、もう片方も直せる。

 若干自棄になりながら、そんな無謀な策を実行しようと、目を閉じて身構える――。

 

 ――――あれ?

 一向に蹴られる衝撃がこない。もしかして、痛みを感じる間もなく気を失ったか?

 それがどうやら違うらしいことを理解したのは、この身に風を感じたからだ。吹く風じゃない。そう、単車に乗ってるような、自分が高速で動いているときに感じる空気の壁にぶつかるような風。

 けど、生身の僕ではこんなに速く動ける力は無い。痛覚が鈍っていて蹴飛ばされたのに痛みを感じなかったか? いや、今でも肩が外れた痛みが続いている。

 何が起こったのか。それを正しく認識するために僕は閉じた目を開く。

 傾きかけた陽が僕の目を一度細めさせるが、眩むような光に抗って開いた目は、それを見た。

 そして、もう一度僕の目を霞ませた。

 今度は、光のせいじゃない――。


「なに、涙目になってるのさ、未希」


 僕を『アート』とは呼ばないその声は、助けは来ないと、一人で戦うしかないと、決めた覚悟に響く福音だった。

 そして、遅れて伝わってくる温かさは、今僕が一条の春風に乗っているように感じさせた。


「どうして、キミがここにいるんだ?……桜」


 MSを遠目に望む位置で立ち止まった少女は、咲き誇るような笑顔を見せた。

 春風は少し生易しすぎるかな、どうやら僕は吹き荒ぶ春一番に乗せられていたらしい。

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