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『緊急事態発生、緊急事態発生。演習参加生徒は直ちに最寄りのハッチに避難して下さい。オペレーターと風紀委員の学生は避難誘導に協力して下さい。繰り返します、緊急事態発生――』
学生たちが鎬を削り、独自の熱気が立ち込め始めていた演習会場にサイレンが鳴り響き、方舟内部に避難するためのハッチが次々と各地で開いていく。つまり、作戦が失敗した。
時刻は十六時三十分、ついさっき作戦開始の合図が発信されたばかりだぞ。
僕は万が一にも学生が作戦域に入ってしまわないように、演習会場に指定されている範囲の連絡港側の最端、商業区と居住区の堺で待機しており、そこでその警報を聞いていた。
ともかく今は詳細な情報がほしい。
「なんだ? なんだ?」
「避難訓練か、なにか?」
「せっかくいい所だったのにー」
突然の警報に実感の沸かない学生たちに危機感はなく、どこか不満げに渋々と避難を始める。
パニックに陥るよりはましだけど、もっと危機感を持って早急に避難してほしい。
『なんなのよまったく。とにかく、学校側の指示だから、近くのハッチに避難して。一番近いのは、ここから――って、ちょっと、未希⁉ どこ行くのよ!』
オペレーターの花蓮からの指示が通信機から入ってくるが、それを無視して、連絡港の方へと向かう。
「悪い、先に避難してて。ちょっと用事があるんだ」
通信機のチャンネルを姐御と三角との直通回線に切り替え、やいのやいの言ってる花蓮の言葉を遮る。
『ようやく繋がったか』
「こちらアート、状況は?」
『お前の睨んだ通り、コンテナの一つに敵の部隊が潜んでいた。数は八人。それから作戦通り、四部隊で取り囲んだが、奴らの隠し玉はかなりの大玉だった。私も把握しきれていない部分があるが、ありのまま……ありのまま今起こったことを話すぞ」
どうやら、姐御ですら現状を飲み込めていないらしい。いよいよまずいな。
「敵部隊を取り囲んだ途端、コンテナが全長およそ12mの巨大な人型の兵器に変形した』
「…………は?」
姐御の話を黙って聞いていたが、あまりにも突拍子のないことに、思わず口を出してしまった。
『何を言ってるのか分からないと思うが、私も何が起こったかわからない。お前の
「現時点ではなんとも、もっと情報が必要です。それで、例の人型兵器はその後どうなりました?」
『変形と同時に包囲網を壊滅させた。無論、アキレウスの機能により怪我人も死人もいないが、ほぼ全員、戦闘不能。その後、敵部隊はバラバラの方向に
避難勧告が発生してまだ三十秒、つまり、人型兵器は方舟をおよそ二十分の一横断していることになる、ということは……。
――ドッドッドッ
一定のペースで地面のアスファルトを削る音と重量感のある機械の音が混ざり合って近づいてくる。
目を凝らすと、その姿も捉えることができた。とても、元の形状がコンテナだと信じられないスマートなシルエットの巨体が膝を曲げて走って来た。両腕には剣にも鈍器にも銃にも見える機械的な長筒状の物体を抱えている。
他の敵部隊員も気になるけど、今は目の前の人型兵器だ。
「人型兵器、目視にて確認。迎撃します」
僕が確認できたということは、あの人型兵器もなんらかの手段でこちらを認識しているはず。それでも、進路を変ずにこちらに向かってくるということは、学生は取るに足らないとして無視して突破する心算か。
人型兵器は結構なスピードで動いてる。このままじゃ、解析するのにも一苦労だ。それにこれ以上先に行かれても困る。なら、一撃で動きを止めよう。
遠くを見ていて視界に入っていないのか、はたまた、端から生身の人間には興味が無いのか、僕に近付いてもスピードは落ちる気配がない。
僕は羽織っていた外套を腕に巻きつけ、その動作に連動するように頭の中で術を組上げる。
「
もっともイメージを明確化しやすい単語を呟く。
そう……イメージは、衣類を裂いて一本の長い包帯にする感じ。
黒の繊維、一本一本に魔力が流れ、僕のイメージを形にしていく。
だがイメージの通り布を裂いていくわけではない。イメージとはあくまでも初めの物体と結果への変化の明確化でしかなく、その過程は最適化される。
この術も例に漏れず、最適化された過程を現実にもたらす。一枚の布から包帯を作るなら、用途を踏まえ、一本一本編み直した方がいい。
まるで、それぞれの繊維が自立した生き物ように動き、目的の形へと変化していく。
そうして、黒い外套だったものは、数十メートルの大きめの包帯へと姿を変えた。
ここまでは、捕獲の準備。
弛んだ包帯を巻きつけた腕を迫り来る人型兵器に伸ばし、指先を下半身、より詳細に言えば両の脚に向ける。
「
人型兵器が間近に来た瞬間、包帯は号令とともに僕が腕で指し示した
包帯は狙い通り、人型兵器の両脚に絡みつき一本に纏め上げた。
減速することなく唐突に脚が動かなくなった人型兵器は慣性に上半身が引っ張られ、激しい音をたてながら転倒した。
言ってみれば高速道路で衝突事故を起こすようなものだ。中に人がいるかは確認してないが、ここはアキレウスの中、本当ならミンチになるような大怪我でも意識が飛ぶ程度で済んでいることだろう。
にしても、あれだけのスピードで転んだのに多少の傷だけなんて、どれだけ頑丈なんだ。
『クソったれ! 学生は他の連中に任せるっつったろ!』
転倒した人型兵器の観察と解析を行うために近づくと、人型兵器は手足をバタつかせながら、どかに取り付けられているであろうスピーカーから怒声を放った。
どうやら、その巨体と俊敏性から、まさか、生身の人間一人に動きを止められるとは思ってもいなかったようだ。
あまり近づくと危ないので少し離れた位置で解析をしてみると、人間でいうところの鳩尾に当たる部位に生体反応を検知した。
中に人が乗っていることは想定していたけど、まさか、あれだけ派手にコケていながら意識を保っているとは……。
『そんなことより、何だ今のは⁉ 学生ごときが、術式をあんなスピードで! ほぼ無詠唱で組めるわけがない! 何モンだてめぇ!』
これは、少し驚きだ。
以前、トリガーは僕のことを『不死鳥』と呼んだ。それはつまり、トリガーは僕を白雪未希として、ではなく、アート=テイルとして認識していたことになる。
てっきり、黄金の環に僕の外見情報が回っているものかと思ってたけど、この操縦士の様子だと、どういうわけか僕のことを知らないみたいだ。
それなら、都合がいい。
「何者か、だって? 僕はただの学生だよ、それ以外のなんに見えるっていうんだい?」
自分の姿を見せつけるように、その場でゆっくり一回転して見せる。
誰かが言っていた――
「それとも、こんな子供に足を引っ掛けられて、恥ずかしくて目も当てられないのかい?」
『笑顔は最強の魔法』だと。
僕が持つ最高にキュートで可愛くて、愛嬌のある笑顔と共に言葉を送る。
『クソがぁぁぁッ! 舐めてんじゃねぇぞ、ガキィ!』
狙い通り小馬鹿にされたパイロットは脚の包帯を今すぐにでも取り除いて、僕に掴みかからんとする。
だが、それは叶わない。
あの外套、『
脚を結んだあと時間差で発熱させ、詠唱の通りギプスのように固定し、外套は既に縛り上げる縄、ではなく、動きを封じる枷へと変貌している。
高い強度を誇るCFRPは、特に繊維方向に加わる力に対する靭性に長けている。未だに布が纏わり付いていると思い込み、脚を開いて『
考え方を変えて、両手に抱えている武器――どうやら、
『アート! 緊急事態だ!』
時間に余裕ができ、状況報告にコチラから通信しようと思っていたら、珍しく冷静さを欠いた姐御からの通信が入った。
「もうとっくに、緊急事態ですが?」
『更に状況が悪化した。悪い報告と悪い報告、二つあるがどっちから聞きたい?』
「結局一択じゃないですか……」
慌て過ぎて混乱している姉御は、深呼吸をして少し落ち着きを取り戻してから話を切り出した。
『まず一つ目の悪い報告だが、お前が食い止めてくれていた人型兵器は囮だ。本命は既に要衝まで攻め入り、内部のセキュリティシステムをハッキングしたようだ。おかげで、艦橋では防衛用シャッターが降ろされ、軟禁状態となった。援軍も送れない。しかも、甲板に開いた避難用のハッチも閉鎖され、避難に遅れた一年生が閉め出されている状態だ』
「っ……!」
あまりの旗色の悪さに、思わず息を呑む。
中等部から方舟にいる生徒は、定期的に行われる避難訓練でハッチの位置を把握しているから速やかな避難ができただろうけど、逆に言えば、方舟に来て間もない、地理的情報の把握もままならない未熟な外部進学の一年生が取り残されている可能性が高い。
三年間方舟で訓練している生徒と、一週間、正確にはまだ三日ほどしかまともに訓練を受けていない生徒では、同年代でも能力は天地の差だ。
未だ敵の目的は判然としないがゆえに、もし、敵と学生が遭遇した場合、どんな危険があるか、考え出せばキリがない。
学生が一人でも残ることさえ許容しがたいのに、ましてや、自衛能力の低い外部進学生が残っているとなると、いよいよ事態は深刻だ。
『そして、もう一つの悪い報告は――』
覚悟して姐御の報告を待ち受ける。
どんな内容でも、状況が悪くなるしかないなら、一々驚くよりも、すぐに対策を練れるように頭の切り替えに重点を置いたほうがいい。
劣勢でも三角と僕が動けるなら、十分勝機は見える。
『三角が行動不能になった』
その短い文章に強く頭を打たれたような衝撃を受け、思考に空白が生まれた。
三角の行動不能、それは即ち、こちら側の戦力の大幅な喪失を意味する。
同時に、NNNトップクラスの戦力を凌駕する戦力を黄金の環が有している可能性が発生してしまった。
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