高いところ
2階から落ちて以来、高いところにわたしは恐怖を感じていた。家は断崖のそばにあって、ブラック・ジャックだねと友人は言った。違う、とわたしは言った。わたしは友人の言うことがわからなかったが、ブラック・ジャックという言葉だけを覚えた。晴れに喜びを感じない気候ではなく、雨のときに傘をさすために二の腕の筋肉が発達した。
大人が2人と子供が1人、家にはいた。そのうちの1人がわたしで、わたしは子供だった。家は2階建てだった。そうでないと2階から落ちることができないからだ。母親が指輪を落とした。わたしは母親に褒めてもらうのが好きだった。わたしは身を乗り出して、柵を越えた。落ちた。わたしは高いところに恐怖を感じている。
友人は——わたしには友人がいた。ブラック・ジャックという言葉を発した。友人は話すことができた。友人は、ウィリアム・ウィルソンという本を読んでいるのだとわたしに言った。ウィリアム・ウィルソンは明らかに人の名前なのに、友人はウィリアム・ウィルソンという本を読んでいるのだと言った。許せなかった。わたしは友人を哀れんだ。家に帰ると、父親がいた。わたしはウィリアム・ウィルソンが誰なのか尋ねた。ウィリアム・ウィルソンは——失敬、父親は、「The short story on doppelgänger」と日本語で言った。違う、とわたしは言った。父親は怒りに震え、恐怖に怯えた。
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大人が2人と子供が0人、家にはいた。そのうちの1人がわたしで、それは過去とは異なっていた。父親が死んだからだ。母親が死んだからだ。父親と母親が死んだので、わたしは家に一人でいることができた。妻がいるようになってからは、家に一人でいることができなくなった。妻は死んでいないからだ。
家に帰ると、大人が2人と子供が0人、家にはいた。わたしと、わたしの妻だった。わたしが入ることで、家には3人の大人がいることになった。怒りがふつふつと湧き上がってきた。わたしは家を出た。草地を歩き、家の裏に回った。人間の数にすばらしい均衡が保たれている家を遠くから眺め、わたしは安らいだ。この家ではこれからもすばらしい均衡が保たれ続けるのだ。わたしは満ち足りた気分で、頭を激しくかきむしった。わたしには手があったからだ。
もうわたしは恐怖を感じなかった。崖だった。足を踏み出すことができた。落ちなかった。わたしは落ちなかった。わたしは落ちることに恐怖していた。それは落ちることではなかった。崖は落ちるものではなかった。落ちることが恐怖と結びついていた。わたしは恐怖していた。恐怖がわたしにあった。わたしは間違っていた! わたしは間違っていた! わたしは間違っていた! ……
<了>
断片 山桜桃凜 @linth
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