祝い下手の彼氏くん

置田良

「ま、あんまりスマートに祝われても物足りないのよね」


 放課後の下駄箱に入れられた、告白したいんだか、校舎裏に呼び出したいんだかわからないラブレター。呼び出された先じゃあ、しどろもどろの告白。

 そんなちょっぴり残念な彼だけど、私はとても高く評価している。……傲慢な言いぶりだったので、修正。


 私は、そんな彼のことが、結構好きだ。


 私は付き合う条件として「何かの記念日は必ず『おめでとう』とお祝いすること」というものを取り付けた。シャイなのかなんなのか、大体の場合で彼はスマートに祝うことはできなくて、それでも約束を果たそうと頑張る姿を見ることが、私は案外好きだったりする。


 さて、今日は一大イベント、私の誕生日。

 彼はどんな風に、私を祝ってくれるのだろうか?


   ◇


 中学の校則に抵触しない程度に髪を整えて、唇には普段は使わないちょっとお高いリップクリームを塗ってみた。幸いなことに今日は一日中天気がいいらしい。

 普段よりも三分ほど早く、いつも待ち合わせをしている近所の公園の隅っこにあるベンチへと向かう。やはり、彼は既に来ていた。


「おはようすぐるくん。ごめんね、待った?」

「お……はよう。全然、待ってないよ?」

「なぜに疑問?」

「待ってないよ」

「そ。よかった」


 きっと、待っててくれたんだろうなぁ。もう少し、早く来ればよかった。


 それはそうと傑くんは朝から少し、挙動不審だ。制服を着てなければ、不審者に間違われるかも。見た目は悪くないんだけどなぁ、背の順でも男子たちの後ろ三分の一には入っているし。黙っていれば(やや)イケメンの類。黙っていれば、ね。ひいき目も入っているかもしれないけど。


「お」


 学校に向かう途中、彼は突然変な動物の鳴き声のように音を発した。


「お?」


 おめでとうの「お」だろうか? あるいは、お誕生日の「お」だったり?


「お……おめ……」

「おめ?」

「お面って不思議な文化だよね……!」


 ……あなたの顔に、接着剤でお面を貼り付けたい。


   ◇


 昼休み、友達に「今日少し不機嫌」と言われてしまった。


 別に、私が一方的にたかっている訳ではないのだ。先月には彼の誕生日があり、私は彼にちょっと高級なシャープペンシルを贈っている。具体的な値段は……中学生が頑張ってエイヤっと出せる程度だけれども。まあいくらあっても困るものではないと思うし。


 本当のことを言うと、彼がその後あのペンを使っている様子が見えないことを、少し、気にしている。ちょっとカッコつけて海外のブランドを選んだ結果、芯の太さが0・7となってしまったことが良くなかったのだろうか……。アルファベットくらいしか書かない海外のペンは、漢字をよく書く日本のペンより太いものが多いとは、贈った後に知ったのだ。我ながら、詰めが甘い。




 私は図書委員の仕事が終わり、傑くんはバレー部の部活が終わって帰路に着く。普段、朝は周囲に登校している人の少ない早めの時間に一緒に行くけれど、帰りはわりとバラバラに帰っていた。お互い、そこまでオープンにできるほど、照れくさくないわけではなかったから。

 しかし、今日は珍しく、帰りのホームルーム直後、委員会に向かう前に彼がクラスにやってきて「今日は一緒に帰ろう」と言ったのだ。


「少し遠回りになっちゃうけど、うちの前を通ってから帰れないかな?」と彼が言う。私はもちろんと頷いた。


「ありがとう」

「朝なんて、私の家の近くまで来てもらってるでしょ。お安い御用よ」


 その後は、ちょっと気恥ずかしくて、黙ったままで歩いた。これはこれで、悪くない時間のわけだけど。


 家の前まで着くと、彼は「ちょっと待ってて」と言い残し、家の中に入って行った。

 これはどう考えてもプレゼントだろうと、たとえどんな物を贈られようと喜ばなくちゃと気構えていると、玄関が開き彼が出てきた。


 傑くんは、顔に白い狐のお面を着けていた。


 ……なんでよ?


「おめでとー! 誕生日おめでとー! ――アイタッ!?」


 素でチョップをかましてしまった。叩かれてずり落ちたお面の下に、真っ赤に染まった顔が覗く。一瞬で、こっちまで恥ずかしくなる。こうすぐ顔にでちゃう素直なところも好きだ。


「あと、はい、誕生日おめでとう」

「え?」


 お面に気を取られて見落としていたが、彼は手にプレゼントを持っていた。そこにあったのは、ハンカチと、手のひらサイズの花束と、メッセージカード。

 カードには、少し太めの線で「お誕生日おめでとう! いつもありがとう。大好きです!」と書いてあった。


「ありがとう。私も好きだよ。……って何よ、その顔?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてたので問い詰めると、またお面を被ってしまった。やめろそれ。というかよこせそのお面、私が使う。これでも、表情筋が緩み切っている自覚はあるのだ。


 だって……。


「ねえ、このカードの字って何で書いたの? 鉛筆?」

「……先月貰った、シャープペン。ちゃんと大事にして、大切な時に使ってる」

「そ。よかった。まあ私はこのプレゼント、ありがたく沢山使わせて貰うわ」

「え? 花束を?」

「ハンカチを!」


 彼の場合、ボケて言ってるのか、実はマジなのかわからないのが恐ろしい。


「記念日はこれからも、沢山たーくさん来るでしょう?」


 それこそ、私たちで記念日をでっち上げたって構わないのだ。


「毎回ハンカチは厳しいよ? 経済的に」

「バカね。『おめでとう』という言葉だけでも、かなり嬉しい物なのよ?」


 私は、貰ったメッセージカードを彼に見せびらかしながら微笑んで、彼のお面を取り上げる。


 ――ほーら貴方だって、言葉でこんなにも、顔を赤くしているでしょう?



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