第47話 「久しぶりだなあ、この感じ。」

 〇朝霧沙都


「久しぶりだなあ、この感じ。」


 曽根さんが、すごく嬉しそうに言った。


 今夜はDANGER最後のカプリで。

 僕と曽根さんは思いがけずオフをもらえて。

 変装して…カプリに行った。


 海くんも、仕事を終えてやって来て。

 僕は…初めて、客席からDANGERを観た。


 …ウズウズした。

 本当なら、僕も…あそこにいたのになあ…って。

 ちょっと、寂しい気持ちにもなった。


 だってさ…

 三人とも、すごく楽しそうだったんだ。



「沙都、もっと食え。美味いぞ。」


 ノンくんがカニを取り分けてくれる。

 まるでお母さんだよって、ちょっと笑える。


 紅美ちゃんと沙也伽ちゃんは、カプリの女性スタッフと盛り上がってて。

 僕達は男四人で、テーブルを囲んでる。


「あ、そう言えば…渡す物があるんだった。」


 そう言ってノンくんが、ポケットから小さな包みを出した。


「ん。」


「何?」


「なんだ?」


「俺にも?」


 僕と海くんと曽根さんに渡されたそれを開けてみると…


「あっ、これ…」


 僕の包みには、ターコイズと白のブレスレット。

 紅美ちゃんがしてたやつと、色違い。

 曽根さんには、オレンジとブラウンで、海くんにはシルバーとえんじ色みたいな感じだった。


「俺だけ女子とお揃いっつーのも何だから。」


 ノンくんはそう言って、首をすくめた。


「だからって、野郎全員もお揃いかよ。」


 曽根さんは笑ったけど。


「ありがとう!!ノンくん!!嬉しい!!」


 僕は早速左手首にそれをはめて、ノンくんに抱きついた。


「うわっ!!カニがつく!!カニが!!」


「六人でお揃いとか、ちょっと笑えるなあ。」


 曽根さんはずっとブツブツそんな事を言ってる。

 お揃い慣れしてなさそうだもんなあ。

 僕は、昔から紅美ちゃんや学とお揃いの物を持ったりしてたから、むしろ嬉しいけど。


 海くんは、何も言わずにさっさと手首につけてる。

 曽根さんだけが…まだ手にして眺めたり文句言ったり…


「ばーちゃんとじーさんにも買ったから、八人お揃いだな。」


「あはは。これ八人分も買ったのか?」


 海くんが笑いながら言うと。


「紅美に女子力高いって乗せられて。」


 ノンくんも笑いながら答えた。


 …今、この時間が…止まればいいのになあ…なんて思った。


 僕は世界に出るためにアメリカに来てるけど…

 こうやって、仲間って思える人達と、離れたくないよ…

 …ホームシックかな…



「沙都、こぼれてるぞ。」


 海くんに口の横を拭かれて。


「ったく…ガキかよ。」


 ノンくんに笑われて。


「まーまー。ほっとけない所が沙都くんの魅力なんだから…」


 曽根さんに、支えられて。


 …僕、本当にみんなが大好きだなあ…って。



 楽しいのに。



 泣きたくなった。



 〇桐生院華音


「あー…ずっとこっちにいてくれたらいいのに…」


 沙都がボヤいた。


「ま、日本ツアーに来いよ。」


 俺がそう言うと、沙都は。


「外人扱いしないでよー!!」


 頭の上に『ぷんぷん』って文字が見えそうな勢いで、俺をポカスカと叩いた。


 ふっ。

 ガキか。



 今夜でカプリのライヴが終わって。

 あさって、俺達は帰国する。


 紅美と沙也伽はカプリの女性スタッフ達と盛り上がって、二次会に行く。と出かけて行った。

 カプリで男四人で飲んでた俺達も。

 海は、やり残した仕事をチェックして来る。と、もう一度本部とやらへ。

 曽根は久しぶりに早く帰れて、もう夢の中。


 そんなわけで、久しぶりに沙都と二人きり。



「かなりのスタートダッシュでここまで来たな。」


 つけているテレビで、ヒットチャート番組。

 沙都の新曲が一位に輝いている。


「いつまで持つかな。」


「いつまでも持てよ。」


 そう言いながら、何度目かの乾杯をした。



「…ごめんね、ノンくん。」


「何が。」


「イライラしたでしょ…僕が紅美ちゃんほったらかして…」


「…まったくな。でも、選んだのは紅美だから、紅美にもイラついた。」


 本当に。

 どうしてあんなに自信を持てなかったのか。

 沙都に愛されてるのは、誰から見ても一目瞭然だったのに。

 …まあ、あいつも…意外と弱い女な面があるって事か…



「…沙都。」


「ん?」


「俺は、今でもおまえを含めた四人でDANGERだと思ってる。」


「……」


 俺の言葉に、沙都は少し…涙目になった。


「だけど、おまえがもう戻って来ない事も解ってる。」


「…ごめん…」


「謝る事じゃない。最初は腹が立ったけど…おまえは苦しい事も越えて一気にスタダームにのし上がったんだ。胸張ってればいいんだ。」


「ノンくん…」


 沙都と拳を合わせる。


「…だけど、帰国したら…ベーシストを探すかもしれない。」


「え…」


「俺達もプロだ。これから…ベストな状態でやってくことを考えたら、それがいいんじゃないかって事になるかもしれない。」


「…そうだよね…」


 ―解ってる。だけど、嫌だな…—


 沙都の心の声が聞こえてきそうな気がした。


 だが、仕方ない。

 紅美の言う通り…俺達が、これからもいい楽曲を世に出し続けるためにも…

 ベストな体制を作らないと…



「…お互い…頑張ろうぜ。」


 テレビ画面に映し出されてる沙都を見ながら言うと。


「…うん…」


 沙都は、元気のない声で答えた。


「しけた声だな。」


「…僕の…」


「あ?」


「僕の居た場所に、誰かが立っても…」


「……」


「僕がDANGERのメンバーだったって事…忘れないでいてくれる…?」


「……」


 沙都の涙目を見て。

 俺は少し…らしくない気持ちになった。


 沙都の首をガシッと掴むと。

 ぐっと抱き寄せて。


「…沙都。俺は…おまえが可愛くてたまらない。」


 早口でそう言った。


「…え…?」


「悔しいから黙っていようと思ったけど…」


「……」


「紅美は今も、おまえを好きだ。」


「…ど…どうして…」


「あいつ、ネットでおまえの画像とか落としてさ…毎日眺めてるんだぜ?」


「……」


「おまえもあいつもバカ。距離が何だよ。好きなら好きって気持ちを通せよな。」


 ああ…

 本当に…


 バカは…


 俺か。




 〇朝霧沙也伽


 その時…

 あたしと紅美は。


 階段の下で、息すら出来ない状態に陥っていた。



「ちょっと驚かしてやろうよ。」


 そんな軽い気持ちで…ノンくんと沙都に隠れて階段の下にいたのに。

 二人が意外と楽しい話って言うか…

 イチャイチャしちゃってるもんだから…

 あたしと紅美は、出るに出れなくなって。

 結局は、聞き耳たてて…二人の会話を盗み聞きしちゃってる。



 自分の事が話題に上がると。

 紅美はあたしの顔を見て、首を振った。


 え?何?

 聞くなって?

 無理無理。興味津々だもん。


 だけど…

 ほんと、ノンくんバカ。


 今も紅美は沙都の事を好きだ…って。

 何で言うかな。

 あたしだって、それは気付いてるけど…

 紅美は紅美で消化させて、静かな気持ちでいたいって言うんだから…それを尊重してたのに。


 何が沙都が可愛い…よ。

 男同士で抱き合っちゃって。


 ノンくん…

 あんた、紅美を欲しいって気持ちはないの??



「…じゃあ…僕もフェアじゃないから…言うけどさ…」


 沙都の声が聞こえて来た。


「紅美ちゃんのお母さんに、海くんとのこと言っただろうって…ありがとうって言われた。」


 んん?

 沙都、紅美のお母さんに…先生と紅美の関係を話したの?

 いつ?


 紅美を見ると、もはや紅美は頭を抱えてる。


「僕、その時言えなかった。それは…僕じゃないって。」


 ……え?


 紅美が顔を上げた。


「…ノンくんでしょ。紅美ちゃんのお母さんに言ったの。」


 ノンくんは返事もしないまま、テレビを見てる。


「僕言うよ、紅美ちゃんに。僕じゃないって。」


「バカだな、おまえ。」


「…何でバカだよ。」


「紅美が、おまえだと思ってるなら、それでいいじゃん。」


「…それじゃ、フェアじゃないよ…」


「俺もフェアじゃないから言うけどさ…」


 な…何だか暴露大会…?

 あたしの知らない話も出て来て…

 紅美はかなり目が細くなってる。

 何なら顔もやつれてきてる気がする…



「あいつ、あの時ずっと名前呼んでた。」


「…あの時?」


「ベロベロに酔っ払って、俺と寝た時。」


 え…

 ええええええええええ!?


 く…紅美!!

 ノンくんと寝たの!?


 あたしの驚きの表情に。

 紅美は顔の前で両手を合わせて。

 首を振った。



 〇二階堂紅美


 階段の下に居るあたしと沙也伽は…


 突然始まった暴露大会に、もう…身動きどころか…

 息もできない状況になっていた。


 ああ…

 驚かせようなんて、しなきゃ良かった!!

 沙也伽の知らない話も出て来て、沙也伽の目はキラキラしてる。



「…名前って…海くんの?」


「あいつもそうだと思ってるんだろうけどさ。」


「……」


「おまえの名前、呼んでた。」


「…え?」


 え?

 確か…色んな男の名前呼んでたって…ノンくん言ってたよ…?



「あいつ、本当はずっと昔から気付いてたんだ。自分に一番必要なのは沙都だって。なのに遠周りするする…」


「ノンくん…」


「おまえも、まだ紅美のことが一番大事なんだろ?それなら、ちゃんと向き合えよ。今ならなんとかなるだろ?」


「ノンくんは…」


「あ?」


「ノンくんだって、紅美ちゃんのこと、ずっと好きなんでしょ?」


「まさか。そんなずーっと一人の女を好きでいられっかよ。」


「でも…」


「俺は、好きな女が幸せであればいい、なんてけったいなことは思わないんだよ。自分が幸せでありたい。だから自分を一番愛してくれる女じゃないとやだね。」


 …ちょっと、痛かった。

 気の多い女。って言われてる気がして。



「…ノンくん、嘘が下手だね。」


「は?」


「紅美ちゃんが笑っていてくれたらいいって…ノンくん、下手したら僕より思ってるクセに。」


 沙都の言葉に、ノンくんは鼻で笑っただけだった。



「とにかく、余計な事は言うな。まだおまえにその気があるなら、ちゃんと紅美に向き合って話せ。」


「…ノンくんは、それでもいいの?」


「紅美が好きなのは、おまえだからな。」


「……」


 どうして…

 どうしてノンくんには分かるんだろう。

 それに…

 母さんに話したのが…ノンくんだったなんて…


 …ん?

 ノンくんは…どうして知ってたの?

 あたしと海くんの事…


 あたしと沙也伽は、しばらくじっと階段の下にいたけど。


「んじゃ、俺寝るわ。」


「おやすみ。」


 ノンくんが階段を上がって行って。

 沙都が一人になった所で…


「あ~…えらい事聞いちゃったな~。」


 小声で、沙也伽がそう言いながらリビングに入って行った。

 あたしは慌てて沙也伽に続く。


「!!!!!!!」


 沙都は声も出さずに驚いて。

 あたしを見て、口をパクパクさせた。


 …あたしもバツが悪くて、目が細くなったまま…


 …沙也伽。

 なんで顔出すのよ…



「…懐かしいね、沙都。」


 沙也伽は、沙都の隣に座って言った。


「え…?」


「紅美、あの時も…こうだったのよ。」


 あたしは何の事か分からなくて。

 沙都と沙也伽を見つめた。


「あたしと紅美がプライベートルームで話してたの、沙都とノンくんは…あたし達を驚かせようとして隠れてて、話を全部聞いてたの。」



 沙也伽の言葉は。

 数秒だったのか…数分だったのか。

 あたしの思考回路をおかしくした。



 二人の話は…こうだった。


 周子さんトリビュートのレコーディング中。

 全く歌えないあたしは…ちさ兄に叱られまくって。

 アメリカで何かあったんでしょ?って…沙也伽が聞いてくれて。

 あたしは…プライベートルームで、海くんとの一部始終を…


 沙也伽に話した。



 あの時…

 部屋の片隅に。

 沙都とノンくんが隠れてたなんて。

 全然気付かなかった。


 二人は、元気のないあたしを励ますつもりでもあったみたいで…

 だけど、出るに出られない…重い話題。


 それを聞いたからこそ…

 沙都は、アメリカで…朝子ちゃんと話をしたあたしを励ましてくれたり…

 いつもそばに寄り添ってくれてた。



「…ごめん、紅美ちゃん…」


 沙都は小さな声で謝った。


「どうして謝るの?沙都が居てくれて…あたし、どんなに助けられたか…」


 あたしの言葉に、沙都は。


「…だけど、本当に助けてたのは…ノンくんだよ。」


 うつむいて、そう言った。


「…今思えば、ノンくんて相当前から紅美の事好きだったんだね…なのに、一人の女をずっと好きでいられるか…なんて、ひねくれた男。」


 沙也伽は、嫌味たらたら。



 …ノンくんは…

 以前、あたしに『愛してる』って…目を見て言ってくれた。

 だけど、あれ以来…

 海くんを勧めたり、沙都を勧めたり…


 あ、あたしの事、好きでいてくれるんだ?

 って思う瞬間はあるものの…

 すぐさま、手の平を返したように…二人を勧める。


 結局、二人を挑発するために、あたしに気のあるフリをしてるんだ…って。

 そう思ってた。



 ノンくんの誕生日も…

 ツーショット、いきなり抱きしめられて…ビックリしたのに。

 ノンくんはすごく普通で。


 だけど。

 耳元で『ディズニーランドでツーショット撮ったの、忘れたのかよ』って言われて。

 あ、ノンくん…覚えてたんだ…って、ちょっと嬉しくなった。


 やけにベタベタするなあって思ったら、忘れてた罰だ。もっとくっつけ。って言われて。

 あたしも…あの時は、ノンくんにそうしたいって思えた。


 ケリーズで優しかったのとか…思い出すと。

 多少度の過ぎたスキンシップだとしても…抱きしめるぐらいはいいかなって。



 …ノンくんとは、一度付き合った。

 沙都も沙也伽も知らないけど。

 あの時は、全然あたしの気持ちは…不確かだったけど…


 ノンくん、あの時…

 あたしと海くんの事知ってて…付き合ったの?



「あたし、もう寝るわ。二人でじっくり話してスッキリしたら?」


 沙也伽がそう言って、手を振りながら階段を上がって行った。

 残されたあたしと沙都は…


「…僕の画像、集めてるの?」


 そ…そこですか…


 沙都が嬉しそうに、あたしの顔を覗き込む。


「…集めてるよ。」


 観念してそう答えると。


「…紅美ちゃんのお母さんに話したの、僕じゃないって…言えなくてごめん…」


 沙都は…そう言って、深く頭を下げた。

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