第46話 「うわー、何これ。美味しい。」

 〇二階堂紅美


「うわー、何これ。美味しい。」


 海くんの誕生日にレストランでご飯して。

 そして、カプリでのライヴが始まって。

 そうなると…『俺の誕生日もよろしく』って言われても。

 ディナーはライヴがあるからNGなわけで。


 あたしとノンくんは、今日…ランチに出かけている。


 今日。

 ノンくんの誕生日。



「ほんとだ。ドレッシング絶品だな。」


 ノンくんはすごく真剣な顔でそう言った。


 …この男…頭の中であれとあれを混ぜて…なんて、絶対やってるよね。

 料理の事に関しては横に並べないから、話題にはすまい…



「ねえねえ、夕べの『Big Apple』凄かったよね。」


 何十年も昔、アメリカで発売された周子さんのヒット曲。

 歌ってたのは、アイドルだったらしいけど。

 あたし達はアレンジして、カプリ専属のピアニストの人に手伝ってもらって…セッションした。


「結構な老いぼれだったけどな。」


「もう、そんな言い方。」


「老いぼれにしか出せない音があんだよなー。刺激になった。」



 あたしとしては…

 ここに来て、やっぱりノンくんのギターが聴きたいなあ…なんて思った。

 もちろん、ベースは文句なくカッコいいけど。

 あたしは…ノンくんのギターが好きだ。



「…あのさ。」


「あ?」


「帰ったら…やっぱりベーシスト探さない?」


「……」


 あたしの言葉に、ノンくんは手にしてたフォークを置いた。


「三人ってバランスいいなとは思うんだけど…あたし、やっぱりノンくんのギターが好き。」


 ちゃんと、ノンくんの目を見て言う。

 今も沙都を入れて、四人でDANGERって。

 それを大事にしてくれるのは嬉しい。

 あたしだって…そう思う。

 だけど、あたし達…


「あたし達、プロだから。」


「……」


「これからも、いい音楽を出し続けるには…ノンくんのギターが必要だよ。」


 あたしがそう言うと、ノンくんは視線をあたしからサラダに戻して…フォークを手にした。


「…沙也伽にも言って、帰ったら上に相談してみよう。」


 頭ごなしに反対はしない。

 でも…たぶんノンくんは、まだ…沙都とやりたいのかな…


 そりゃあ、沙都がいてくれたら…とは思う。

 だけど、きっと沙都はもう…ずっとソロでやってくだろう。

 最近は自分の楽曲も歌うようになった。って、メールが来た。


 …追いかけてくれる時の沙都は…メールも頻繁だ。


 あたしはそれに対して、以前と同じような淡泊な返信をする。

 …それが、沙都の力になるって知ってるから…。



「へー…ここかあ。」


 ランチの後、約束してた『ケリーズ』に連れて来てもらった。

 店内をぐるりと見渡す。

 あちこちに古い写真があって。

 その何枚かに…さくらばあちゃんの姿が見えた。


「ぶっ。えーっ…ばあちゃん…全然変わってない…恐ろしい…」


 あたしが写真を見てつぶやくと。


「だろ?バケモンだよ…あのババアは。」


 ノンくんが笑った。

 口では『ババア』なんて言うけど、きっと心の中で謝ってる。

 ふふっ。



「可愛いお店だね。」


「ああ。」


 ばあちゃん…ここで働いてたんだ。

 雑貨がたくさんあるお店。

 日本でも見かけるような、何でもないようなお店だけど…

 不思議と、温かい気持ちになった。



「あ、これ可愛い。」


 おはじきのような形のブレスレット。

 平たい丸で、色はさまざま。


「軽いな。」


 ノンくんも自分の腕にはめて眺めてる。


「これ、沙也伽の色だね。」


 あたしがモスグリーンと生成色の組み合わせを見て言うと。


「おまえのは、これだな。」


 ノンくんは、シックな深紅と薄紫の組み合わせを持った。


「あっ、カッコいいなあ。」


 それを腕にはめて眺める。


「ど?」


 ノンくんに見せると。


「じゃ、それとそれを買ってやる。」


 ノンくんはモスグリーンのと、深紅のを手にした。


「え?」


「沙也伽とおまえに。二人とも頑張ってるからな。」


「え?え?ノンくんの誕生日なのに?」


「高価な物なら勘弁してくれって言うけど…」


 ノンくんは値札をあたしに見せて。


「な?」


 笑った。


「……じゃあ、じゃあ、ノンくんのも買おうよ。」


 あたしは提案する。


「は?俺はいいよ。」


「でも、三人でお揃いっていいじゃん。DANGERブレス。」


「女子か…」


「ノンくん女子力高いし。」


「嬉しくない。」


「ほらほら。これ似合うよ。」


 濃紺と辛子色の組み合わせの物を渡すと、ノンくんは首をすくめて。


「…ま、いっか。」


 三つを手にしてレジに向かった。



 〇朝霧沙也伽


「ただいまー。」


 紅美とノンくんが帰って来た。

 毎晩カプリでのライヴがあるせいで…今日のノンくんの誕生日会は、ランチだった。

 誕生日会って言っても、紅美と二人でのランチなんだけど。


 聞けば、先生の誕生日にレストランで食事。ってサプライズを先生と紅美に用意してたノンくん。

 あたしに言わせたら『バッカじゃないの!?』なんだけど…

 ま、そこがノンくんのいい所よね…


 あれ以来、先生と紅美には、『イトコ』って空気が溢れ出てて。

 見てても何の心配もない。



「じゃーん。」


 いきなり、紅美があたしに腕を差し出した。


「…何。」


「見て。」


 紅美の腕には、何だか…変わったブレスレット。


「可愛い。」


「でしょでしょ。これ、沙也伽のも。」


「え?あたしにも?」


 茶色い小さな包みを受け取って開けると、モスグリーンが基調のブレスレットが入ってた。


「わー!!嬉しい!!ありがとー!!」


 紅美と色違いのブレス。

 早速はめてみる。

 すると。


「見て見て。」


 紅美は、ノンくんの腕も取って見せた。

 そこには、濃紺の…


「…ノンくんもお揃い?」


「…無理矢理な。」


「えー、いいって言ったじゃん。これ、全部ノンくんが買ってくれた。」


「えっ、誕生日なのに?」


「ノンくんが買いたいって言うから。」


「言い方が違うのが気になる。」


「うわー、ありがとノンくん。」


 あたしはスマホを手に立ち上がると。


「ねえ、手出して。写真撮ろうよ。」


「いいねいいね。」


 紅美とあたしはノリノリなんだけど、ノンくんは少し目を細めた。


「ほら、今日の主役は真ん中で。」


 ノンくんを真ん中にして、あたしと紅美で挟んで。


「はい、腕見せてー。」


 三人でブレスレットが見えるように腕を出して…自撮りした。


「あ、ノンくんとあたしを撮って。」


 あたしがそう言って紅美にスマホを渡すと、二人は『え?』って顔をした。


「だって、ノンくんとのツーショットってないんだもん。」


「あたしだってないよ。」


「じゃ、あんたも後で撮ってあげる。さ、ノンくん。いい顔してー。」


「いい顔って…」


 あたしはノンくんの隣に立って。

 腕なんて組んでみた。

 ついでに笑顔でピース。

 スマホを構えた紅美が、ちょっと目を丸くしてる。

 ノンくんは…特に反応なし。



「はい、じゃ次…あたしと紅美。」


「えー?あたしと沙也伽なんて、もう何万枚ある?」


「いいじゃない。ほらほら。」


 ノンくんがスマホを構える。

 あたしは紅美に抱きついて。


「はい、紅美、いい顔してー。」


 笑った。


「さ、ノンくん交代。」


 ノンくんからスマホを受け取って、並ぶ二人を撮ろうと…


「…何その集合写真の二人みたいなの。」


 前へならえ。って言いたくなるような、つまんないポーズ。


「いつもしてるみたいに、コブラツイストでもかければ?」


 あたしがスマホの画面を見ながら言うと。


「じゃ、誕生日だし…サービスしてもらうか。」


 ノンくんはそう言って…


「はっ…」


 つい、声を出してしまった。


 やっ…

 やややややややばい!!

 あたしが赤面してる気がする!!


 だって…


 ノンくん、紅美を後ろから抱きしめてるんだよーーーー!!


「…何、この密着。」


 紅美が目を細めてノンくんを振り返ると…

 あっああ!!キスしちゃいそうな近さ!!


「絞め技に入ろうかと…」


「じゃ、あたしがタップしてるような顔のがいい?」


「んー…それも欲しいとこだが、普通に笑ってくれると嬉しい。」


 や…やだ!!ノンくんが素直!!


「い…いくよー…」


 あたしの手が震えちゃってる気がする…

 紅美を触発させようと思って腕組んだのに…

 ノンくんが触発されてた?

 て言うか、ここまで!?


 カシャ


 何とか撮れたけど…


「あ、ごめん。保険でもう一枚。」


「え?」


「ちょっとポーズ変えるとか。」


 そう言うと…


「じゃ。」


 ノンくん…紅美の頭を抱き寄せた…!!


 ぎゃー!!


 ノンくんが紅美の耳元で何かささやいて。

 うわうわうわうわうわ…ってあたしが思ってると。

 紅美がノンくんの腰に腕を回して。


「沙也伽、ちゃんと撮ってよ?」


 すごく…いい笑顔で言った。



 …あんた達、もうこのままベッドにでも行って!!



 〇二階堂紅美


「あ。」


「あ。」


 カプリで歌い終わって。

 帰ってシャワーし終わって。

 ビールを持ってリビングに入ると…沙都が帰って来た。


「おかえり。今帰ったの?」


「うん。ただいま。みんなは?」


「ノンくんと沙也伽は、カプリのスタッフと飲んで帰るって。」


「紅美ちゃんは行かなかったんだ?」


「明日最後だから、今夜は早めに寝て体調整えとこうかと。」


「そっか。」


 沙都は荷物を下ろすと。


「僕も飲もうかな。」


 あたしの手元を見て言った。


 …疲れてるんじゃないかな。

 ここ三日、近くでライヴだったみたいだけど…

 帰って寝るだけみたいな生活で。

 あたし達が寝てから帰って来て、あたし達が起きるより早く出かけてるし。



「さっさとシャワーして寝た方が良くない?」


 一応聞いてみると。


「たまには飲みたいし。」


 沙都は笑顔。


 …そうだよね。


 あたしは冷蔵庫からビールを出して、沙都に渡す。


「ありがと。」


「曽根さんは?」


「事務所に寄ってる。グレイスに捕まってたから、遅くなるかも。」


「それは災難。」


「だね。」


 沙都はあたしの隣に座って、乾杯のポーズをした。



「…ねえ、沙都。」


 ついでだ。

 ずっと聞きそびれてた事…聞いちゃお。


「ん?」


「今更なんだけどさ…」


「うん。何だろ。」


「あたしと海くんの事、どうして知ってたの?」


「……え?」


「あたしが、エマーソンのレコーディングでこっち来てた時…海くんと付き合ってた事。沙都、知ってるって言ってたよね。」


「……」


 あたしがそう言うと、沙都は口を一文字に結んで…

 ちょっと…冷や汗でもかいてるような顔になった。


「…ま、いっか。」


 あまりにも沙都の顔色が悪くなりそうで。

 明日の仕事に差し支えちゃまずい。と思って、やめた。

 何で知ってたかなんて…今更いいか…


 だけど…あれだけは言っておこ。



「沙都、母さんに話してくれてたんだね。」


 あたしがついてないテレビの画面を見ながら言うと。


「…何を?」


 沙都はあたしの顔を覗き込んだ。


「本当は絶対バレちゃいけないことだって思ってたんだけど…母さん、すごく力強いこと言ってくれた。海くんから電話で相談された、海くんと母さんの秘密だって言ってたけど…あたし、海くんに聞いたら…俺は言ってないって。沙都じゃないかって言われた。」


「……」


「あたし、すごく救われた。帰った時…家では笑ってないといけないって思ってて…。だけど、母さんから『辛かったね』って言ってもらえてさ…」


「…でも、結局辛そうだったよね。」


「あたし、恋愛に向いてないんだよきっと。」


「…そんな事ないよ。僕が…」


「あ、ごめん。沙都、違う。沙都は何も悪くないから。」


 あたしはビールを置いて、沙都に向き合う。


「あたしがさ…ちょっと、女になり過ぎた。」


「何だよそれ…紅美ちゃん、女の子なんだから、当然じゃん。」


「ううん。あたしと沙都のスタンスって…あたし、ちゃんと分かってたはずなのに。色々焦ったんだと思う。」


「焦った?何に?」


「……」


 言った後で、しまった。と思った。

 だけど、沙都の目は…ほら…

 もう、何々?何なの?って…

 好奇心満々な目…


「いや、あの…」


 あたしはビールを手にして、キューッと飲む。


「紅美ちゃん、言いかけてそれはズルいよ。ちゃんと言って?」


「……」


 今度は。

 あたしが、冷や汗だった。

 こういうの言ったら…またあたし…


 …でも、観念して言う事にした。

 想いを残すのは…やめとこう。



「沙都が世界に出て…みんなの沙都になっちゃうのが辛かったの。」


 あたしがビールに視線を落としたままで言うと。


「え…っ…」


 沙都は…すごく意外そうな声を出した。


「沙都は見ただけだと、可愛くてカッコ良くて…絶対すぐに人気者になっちゃうからさ。」


「…見た目だけだとって言うのが…ちょっと引っかかる…」


「だって、あたしが好きなのは、沙都の見た目だけじゃないもん。」


「……」


 沙都が、じっ…とあたしを見てる。


「…な…何…」


 あたしが眉間にしわを寄せて問いかけると。


「…あたしが好きなのは…って言ってくれたと思って…」


「……」


 だって。

 そりゃあ…

 …好きだよ。



「…好きよ?ノンくんも海くんも…ついでに曽根さんも。」


 あたしが笑うと。


「…え…っ。」


 ふいに、抱き寄せられた。


「さ…」


「紅美ちゃん。」


「……」


「紅美ちゃん…」


 沙都はギュギューッとあたしを抱きしめて。

 あたしは…胸が苦しくなって…


「…沙都。あたし、あんたの大ファンだから。」


 沙都の腕の中で…そう言った。


「……」


「沙都は…自分が行きたい所まで、ずっと歌って行けばいいんだよ…」


「…どこにいても、聴いてくれる?」


「うん。どこにいても、ずっと聴いてる。」


「…これからは、僕の作る歌をたくさん歌うよ。」


「ふふっ。楽しみ。」


「…紅美ちゃんのために、歌うよ。」


「……」


「ごめん。好きだよ。」


「…言ってる事がおかしいよ、あんた。」


 あたしは沙都の胸から顔を上げて、沙都の頬をギュギュッと掴む。


「あいててっ…ははっ…そうだよね。好きなのにごめんって…駄目だな、僕。」


「沙都らしいけどね。」


 沙都の腕を外して、あたしは座りなおす。


 …ドキドキしてるの…バレたかな…



「…それ、可愛いね。ブレスレット。」


 ふいに沙都があたしの左手首を見て言った。


「ああ…ノンくんが買ってくれた。」


「ノンくんが?」


「うん。沙也伽とノンくんも色違いで持ってる。」


「えー…いいな。」


 沙都はあたしの手首を持って、ブレスレットを眺めた。


 …触れると、まだ少し辛い。

 普通の顔してるかな…あたし…



「紅美ちゃん…」


「ん?」


「僕の…どこが好き?」


「え?」


「見た目だけじゃないって…」


「……」


「そこ、教えて。僕の自信になるから。」


「……」


 沙都は、ブレスレットに視線を落としたまま。

 あたしは、沙都の手を持って言った。


「…どこって…言えないかな。」


「…どうして?」


「だって、あたしにしか分からない事だもん。」


「……」


「でも…沙都は沙都のままでいてね…って思う。」


 あたしのその言葉に。

 沙都は…ポロポロと泣き始めて。


「…僕…」


 そう言ったきり…

 何も言えなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る