第45話 結局あたしと紅美は一部屋を一緒に借りる事にした。

 〇朝霧沙也伽


 結局あたしと紅美は一部屋を一緒に借りる事にした。

 三週間だし。

 それに…紅美の事、心配だし。

 誰かが抜け駆けして夜中に…

 なんて、ないとは思うけど。



「別れた…?」


「うん…」


「で、沙都は…ノンくんと先生に諦めないからってライバル宣言をした…と。」


「うん…」


「…で、紅美はしばらく恋はしない…と。」


「…今度こそ。」


「……」



 あたしとしては…沙都とハッキリ…結婚へでも向けて決着か?

 なんて…思ったりしてたんだけど。


 だけどなー…

 ぶっちゃけ、やっぱ沙都は難しい奴だったか…



「あのね…紅美。」


「うん…」


 あたし達はそれぞれベッドで上を向いて。

 外からの明かりでゆらゆらと天井に映る影を見ながら話した。


「こっち来る前にさ…朝霧のおばあちゃんが言ってたんだけどね。」


「…るーばーちゃん?」


「うん。」


 あの時は…ノンくんも居たんだけど。

 それは…ちょっと伏せとこうかな。



「じいちゃん…朝霧さんね?」


「うん。」


「もー、それこそ沙都並みに、音楽の事考えてたらそこしか見えないような人だったんだって。」


「……」


「デートも全部バンド練習で流されて、それで疲れ果てて別れた事があるって言ってた。」


「…そっか…でも結婚したんだもんね。すごいな…」


「んー…そうだね…」



 おばあちゃんは。

 あの時…ノンくんにこう言った。


 沙都は音楽の事となると周りが見えなくて…きっとこれからも紅美ちゃんを泣かせてしまう。

 沙都が追う関係なら、上手く行くかもしれないけど…そうじゃなかったら、沙都はその関係に甘えて、音楽を優先すると思う。

 沙都は可愛い孫だけど…紅美ちゃんが悲しむ姿は見たくないわ。

 ノンくん。

 紅美ちゃんの事が好きなら、沙都から奪って、紅美ちゃんを大事にしてあげて?


 それを聞いたノンくんは、そこでも…


「決めるのは紅美っすよ。」


 そう言って笑った。


 …ああ!!もう!!


 だけど…沙都と別れたなら。

 今度こそ、ノンくん…


 チャンス到来!?



 あ。

 でも…紅美…

 しばらく恋はいいや。なんて言ってるし。


 …決めるのは紅美。

 うん。そうだよ?

 だけどさあ、ノンくん。

 そんな事言ってたら…

 先生がまた逆転しちゃうんじゃない?


 もう、誰でもいいからさあ…って思う事もあるけど。

 あたし…ノンくん推してるんだよね。



「ねえ、紅美。」


「ん?」


「今度こそ、しばらく恋をしないとしてさ。」


「…うん。」


「恋はしなくていいけど、ノンくんの事、もう少しちゃんと見てやってくんないかな。」


「え?」


「漠然と、ドSで無駄に器用な男って。」


「うん。」


「でも、ノンくんて…知れば知るほど、いい奴だなって思うよ。」


「……」


 何だか…こんなにノンくん褒めるの…あたしがちょっと気持ち悪い。

 でも、言いたくなった。



「ここ一ヶ月半ぐらいさ…ノンくん、うちによく来てたんだよね。あ、希世もいる時にね。」


「…うん。」


「なんか…イラつくほど、いい奴だなって思った。」


「何それ。褒めてないよね?」


 紅美が少しだけあたしの方を向いて笑った。


「褒めてるよ。」


「イラつくほどいい奴。が?」


「う…うん。それほどのいい奴って事で。」


 あたしの言葉に、紅美は少し間を空けて。


「…ちゃんと、感謝もしてるし…これからも、バンドメンバーとして…見てくよ。」


 あたしがガッカリするような事を言った。



 〇二階堂紅美


「ちょっと待って待って。今の所さ…」


 カプリに向けて。

 あたし達三人は、スタジオで綿密にリハをしている。


 最近やったハードな曲は、カプリには合わないよねって事で…

 周子さんのトリビュートアルバムの中からと。

 まだノンくんが入る前。

 あたしと沙都と沙也伽でやってた、シンプルな曲。

 それらから、いくつか選ぶことにした。



「何かちょっと足りないよね…鍵盤欲しい感じ?」


「じゃ、あたしが…って、ピアノの弾き語りは自信ないな。」


「カプリに専属のピアニストいたよな。あと、サックス奏者も。」


「あ。セッション?いいね。」


「早速頼んでみよ。」


 ちさ兄にバレたら『準備が遅い!!』って叱られそうだけど。

 あたし達は…毎日考えや構想が変わってしまってて。

 それは…沙都がいなくなった分を埋めるんじゃなくて。

 新しいあたし達になろうとしてるからだった。



「紅美。」


 みっちり打ち合わせして練習して。

 さて、帰ろうか。って所で…ノンくんに声かけられた。


「何?」


「ちょっと、ここ寄って来てくれ。」


 そう言って、ノンくんはあたしに紙切れを渡した。


「何?」


「買い物リスト。」


「ふーん。分かった。」


 紙にはお店の名前と住所もある。



 居残りするって言う沙也伽を置いて、あたしはノンくんに言われたお店へ。

 結局、今回もノンくんが食事係をしてくれている。

 前に渡米した時、最初は沙都と沙也伽がしてたけど…

 何のことはない。

 ノンくんは『やれば出来る男』なのを出し惜しみしてただけ。


 ま、あたしの体調管理も兼ねてしてくれてるんだろうな。

 もう大丈夫なんだけど、ノンくんはまるで…


「…親みたいだよ…」


 小さく笑いながら、紙切れを眺める。


 紙にはワインとか肉とか…

 何だろ。

 今夜は和食じゃないんだな。



 書いてあるお店にたどり着いて…

 あれ?

 ここって…買い物するようなお店じゃない…よね?

 あたしがお店の前で、紙切れと店の名前を交互に見てると。


「…紅美?」


 呼ばれた。

 振り返ると…


「海くん。あれ?仕事は?」


「終わったよ。最近はちょっと色々変わって来てるから、暇で仕方ない。」


「あはは。いいやら悪いやら…」


「まったくだ。で?買い物か?」


「うん。ノンくんに頼まれて。」


「…俺も華音に頼まれたけど?」


「え?」


 顔を見合わせてると…


「ミスター二階堂?」


 お店の中から人が出て来て。


「え?はい。」


「Happy Birthday!!」


 クラッカーが鳴った。


「え。」


「あ。」


 そうだ。

 今日…海くん、誕生日だ。


 何てことはない…お店はレストランで。

 あたしと海くんには、席が用意されてた。


「…あいつめ…」


「カードがついてる。『俺、来週誕生日。よろしく』だって。」


「ははっ。じゃ、俺が華音と飯に行くかな。」


「ふふっ。それいいね。」



 沙都と曽根さんはまた五日間、少し離れた街へライヴに出かけた。


「沙都から連絡があるんだって?」


 海くんがワインを飲みながら言った。


「うん。笑っちゃう。」


「許してやったらどうだ?」


「許すどうこうじゃなくて…この方があたしが楽なの。恋はしばらくいいや。」


「そうか。」



 普通に…

 すごく楽しい食事だった。

 海くんとは、恋とか…そういう感じはなくなってて。

 昔みたいに…

 仲のいいイトコって思える感じだった。



「あー、お腹いっぱい。」


「あいつも来れば良かったのに。」


「ほんとにね。」


 二人で並んで歩いてると。


「紅美。」


「ん?」


「…頼むから…幸せになってくれよ。」


 海くんがつぶやいた。


「……」


 無言で海くんを見ると。


「俺が、そうしてやれなかった分…本当に…幸せになって欲しい。」


 優しい目。


「…誕生日、おめでと。」


 あたしは、ゆっくりと海くんを抱き寄せる。

 …感謝のハグ。


「海くん、あたし…海くんとの事…一生大事に想うよ。」


 耳元でそう言うと。


「…ああ。俺も。」


 海くんは、あたしの背中を優しく抱き寄せて…そう言った。



 〇曽根仁志


「明日からだなあ。DANGERのカプリライヴ。」


 俺がそう言うと、沙都くんはハッとした顔でスマホを手にした。


 ……何だかな~…。

 フラれてようやく、このマメさ…

 今まで、沙都くんの忙しさを目の当たりにして、フォローするだけしてたけど…

 俺は…沙也伽ちゃんの言葉にうちひしがれた。

 紅美ちゃんが辛い目に遭ったのは、俺のせいでもある…なんてさ…


 なんでだよ!!言いがかりだ!!

 って思った反面…

 こうして、やれば出来るんじゃないか!!って言いたくなるほど、スマホを手にして紅美ちゃんにメールする沙都くんを見ると…

 …俺の力不足…っつーか…理解不足…


 沙都くんの性格も、女心も、解ってなかった…っつー事だよな…



 それにしても。

 沙都くんは追いかけて、なんぼ…なんだなあ。

 付き合ってると、安心しちゃうんだろうか。

 俺なんか…

 薫はキリへの復讐目当てで俺に近付いてるって途中から気付いてても、付き合ってるって形がある時も、かなり必死だった。


 必死にならないと、女の子ってすぐ余所向いちゃう気がしたんだよなー…


 ましてや、紅美ちゃんはモテ女子だ。

 そばには最強のライバルのキリもいる。

 なのに、なんで沙都くん…あんなにのんびり構えてたんだろ。



「聞いていい?」


 俺が沙都くんに話しかけると。


「……」


 沙都くんはスマホ片手に無言。


 …メールに集中して、さっさと書いて、音楽に戻らなきゃ…と。

 まあ、沙都くんは…あれだよな。

 音楽に対しては器用だけど…その他の事に関しては本当に不器用だから。

 あれとあれを一緒にやる。なんて事は本当に…


「難しいかなあ?」


 つい、言葉に出してしまった。


 メールしてる時に、話しかけられて返事も出来ない…

 沙都くん。

 ちょっと、特訓でもした方が…



「沙都くん。」


 メールを打ち終えるまで待って、声をかけると。


「え?何?曽根さん。」


 笑顔…。


 うん。

 沙都くん。

 俺ら…一緒に成長しような?

 俺も勉強になったよ…色々。


 今後、俺のせいで君に彼女が出来ない。なんて言われるの嫌だからさ…

 俺も、女心…勉強するよ。



「沙都くん。ごめんな…俺のせいで紅美ちゃんとダメになって…」


 俺がつぶやくようにそう言うと。


「え?何で曽根さんのせい?」


 沙都くんは丸い目をしてギターを抱えた。


「俺、紅美ちゃんに近況報告のつもりで…ファンクラブが出すような情報しか送ってなかったからさ…」


「ああ…」


「今日の沙都くんは少し疲れ気味、とか送れば良かったのかなあ…なんて今更なんだけど…」


 俺の言葉に沙都くんは小さく笑って。


「そんなの言ってたら、毎日疲れてるって書かれちゃうよ。」


 そう言った。


「まあ、そうだけどさ…今後、彼女を作る時には、俺、細心の注意を払うから。」


「……」


「あ、ごめん…まだ紅美ちゃんを好きだよね…」


 失言。

 沙都くんは苦笑いしながら。


「曽根さん…僕ね…」


「うん。」


「たぶん…紅美ちゃんが誰かと結婚したりしても…一生紅美ちゃんの事好きでいると思うんだ。」


「…え?」


「僕さ…紅美ちゃん以外の女の子と…セックス出来ないんだ。」


「…えっ?どういう事?」


「他の女の子じゃ…反応しないんだよ。」


「……」


 口を開けて沙都くんを見つめてしまった。

 そ…それは…


「あのストリップハウスでも、ダメだったって事?」


「あはは。懐かしいね。うん…何ともなかった。」


「今まで、紅美ちゃん以外の女の子と付き合った事は…?」


「あるけど…ダメだった。」


「……」


 ああ…

 なのに俺は…


「だけど…それでも僕、紅美ちゃんが笑っててくれる方がいいから。」


「沙都くん…」


「もし、紅美ちゃんが僕じゃなくて…ノンくんか海くんを選んだとしても、笑ってて欲しいんだ…」


「……」


「ま、僕が選ばれるのが一番嬉しいけどね。」


「…うん。そうだね。」


「あ、そろそろ行くよ。」


「うん。頑張れ。」


 俺は沙都くんの全身をチェックして、背中を押す。


 こんなにカッコいい男なのに…

 紅美ちゃんじゃないとダメだなんて…

 恋愛下手って…もったいないな…


 よし。

 沙都くん。

 俺達…本当に頑張ろうな!!




 〇朝霧沙都


 歌いながら…ふと考えた。


 僕…駄目だなあ。



 ソロデビューしないかと言われて、最初は当然断った。

 だって僕には…紅美ちゃんの後でベースを弾く。

 それしかない人生だと思ってたから。

 それで満足もしてたし。


 だけど…グレイスに言われた。


「サト、あなたの歌声を待ってる人がいるのよ。」


 僕の歌声を待ってる人がいる?

 それって、どういう事かな。



「あなたの声と歌には癒しがあるわ。それを世界に届けるのよ。みんながあなたに救われるの。」


「……」


 揺れた。

 そして、惹かれた。

 こんな僕に、そんな事ができるのかなって不安もあったけど…


 夢を…

 夢を見るって、誰かのためであってもいいんだよね?


 今まで紅美ちゃんの後で…って思ってたように。

 今度は、グレイスの言うように、誰かを癒すために…って。


 でも、本当に僕にそんな力があるのかなあ?


 半信半疑だったけど、グレイスが言うなら間違いない。って高原さんに推されたのもあったし…

 それ以前に、もう…僕の中で…自分を変えたいって気持ちも大きかった。


 ずっと紅美ちゃんについて回るだけの…弱い男じゃなくてさ…

 紅美ちゃんをグイグイ引っ張って行けるような…

 世界の朝霧沙都になれるって言われて、いい気になったんだと思う。



 僕は…音楽にのめり込んだ。

 ソロって、こういう事なんだ?みたいに…戸惑う事も多かった。

 忙しくて、辛い時期もあったし…毎日疲れ果ててたけど…

 たまらなく充実感もあった。

 一日が終わる時の、達成感みたいなのも…今まで味わった事がないぐらいだった。


 だけど…

 そこに紅美ちゃんの事は組み込まれてなかった…。



 正直、紅美ちゃんの事…何日か、忘れてたと思う。

 考えられなかったって言うのもあるけど…本当に、忘れてた。

 メールが来てたのに、それを読むことさえ…



 そして、僕はあの時思ったんだ。

 プロポーズ、撤回しておいて良かった。って。

 …酷いよね…



 シェアハウスで、久しぶりの再会をした時も。

 僕はノンくんに図星を突かれて…

 それが痛くて。

 紅美ちゃん、会いたかった。って言うより先に、部屋に逃げた。


 …最低だよ…


 紅美ちゃんから、本当はプロポーズ受けるつもりだったって言われた時も…嬉しさより…驚きと戸惑いの方が大きかった。

 結婚して連れて行きたい。

 そう思った事もあるのに…

 …それだけ僕は、思いつきで物を言っちゃうって事なのかな…



 紅美ちゃんの事は大好きなのに…抱きしめると安心するのに…

 紅美ちゃんが正面から僕にぶつかって来ると、僕はどうしたらいいのか分からなくなる。


 …ずっと、紅美ちゃんの背中を追って来たからなのかな…



 紅美ちゃん、好きだよ。

 そう僕が言うと。

 紅美ちゃんは、優しく笑いながら…それに答えない。


 僕は答えが欲しくて頑張った。

 …だけどいざ…紅美ちゃんから言葉と共に気持ちをもらうと…

 何だろう。

 今までと違う安心感が芽生えて…

 …これが俗に言う『釣った魚に餌やらない』なのかな…

 なんて思った。



 …紅美ちゃん。

 僕、紅美ちゃんの事大好きだよ。

 今も愛してるよ。

 だけど…紅美ちゃんは僕と結ばれると…笑顔になれない。

 …そう、気付いちゃったよ…



 紅美ちゃん。

 …どうか、幸せになって。


 僕の紅美ちゃんが。

 僕の紅美ちゃんじゃなくなっても…

 僕は、紅美ちゃんが大好きだよ。


 笑ってる紅美ちゃんが。


 大好きなんだ。

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