第48話 三週間のアメリカ滞在を経て、あたし達は帰国した。
〇二階堂紅美
三週間のアメリカ滞在を経て、あたし達は帰国した。
沙都の事は好きだけど、お互い…特別な関係は望んでない。
望むとしても…今はその時期じゃないんだ。って…あたしは思った。
…きっと、沙都もそう思ってる。
だから…沙都の言葉には『ごめん』が出てくる。
帰国して、まずはベーシストの件を高原さんに相談した。
高原さんは『おまえらの好きにしてみろ』と一言。
ちさ兄は、ノンくんがギターを弾く事に大賛成で。
オーディションなり何なり、いい方法を模索しよう。と言ってくれた。
そんな時、沙也伽から…
「…こんな時に申し訳ないんだけど…」
あたしとノンくんにお呼びがかかって、朝霧邸に出向くと。
「ごめん。」
沙也伽と希世が二人して。
あたし達の前で、頭を下げた。
「…二人目が出来てまして…」
「……」
「……」
「ほんと…今から忙しくなるのに…ごめん…」
沙也伽と希世は申し訳なさそうに言ったけど。
「謝るどころか、めでたい話じゃねーかよ。」
ノンくんがそう言って笑った。
「そうだよ。おめでとう。」
あたしも、笑った。
「だって、今からベーシストとか…」
「沙也伽が産休育休に入っても、やる事は山ほどあるから大丈夫。」
あたしがそう言うと。
「そんなに長く休まない!!働きながら、どっちも頑張るから見放さないで~!!」
沙也伽は大げさにそう言って、あたしに抱きついた。
「あはは。見放すわけないじゃん。沙也伽がいないと、DANGERじゃないよ。」
沙也伽に二人目が出来た。
それは…本当に嬉しい事だった。
沙也伽…
おめでとう。
希世、沙也伽を、もっともっと幸せにしてね。
「あ、今日うち誰もいないんだった。飯食って帰んねーか?」
朝霧邸を出てすぐ、ノンくんが言った。
「じゃあ、うちで食べる?学とチョコも会いたがってたよ。」
あたしがそう提案すると。
「ふーん。じゃそうしようかな。」
ノンくんは、あっさり了承した。
他愛もない話をしながらうちにたどり着いて。
母さんに、ノンくんもご飯いい?って頼んで。
あたしとノンくんは地下のスタジオに。
ちょっと…久しぶりにノンくんのギターが聴きたくて。
あたしは、アコースティックでいいから、二人で何か弾かない?ってお願いした。
「何がいい?」
「何か即興でやってよ。合わせて弾くから。」
「マジか?ついて来いよ?」
「頑張る。」
最近ずっとベースを弾いてたとは言え…
ノンくんの事だ。
絶対ギターも練習してたはず。
案の定…
即興とは言え、ノンくんのギターは…
「ん~…」
つい、低い声で唸った。
さすが…過ぎる。
お互いの手元を見ながら、バッキングしたり、ソロを弾いたり…
うーん…
やっばこの男…
刺激的だ!!
たっぷりと刺激を受けて、スタジオを出ると。
「あ…いい匂い…」
キッチンから美味しそうな匂いが…
「今夜は肉か。」
ノンくんが嬉しそうに階段を上がって。
「麗姉、手伝うよ。」
手を洗いながら言った。
「ま、嬉しい。我が娘は?」
母さんが大きな声で言う。
「あたしは応援してるよー。」
ソファーに座ってそう言うと。
「もうっ。」
母さんは唇を尖らせて。
「どこの娘だ?」
ノンくんは母さんにそう言いながら、手元の野菜を切り始めた。
「学とチョコは?」
テレビを付けながら問いかけると。
「もうすぐ帰るって連絡あったわ。」
学とチョコは、まだ式こそ挙げてないけど、入籍は済ませてる。
で、最初は二人でどこかに住めば?って言われたにも関わらず…
入籍前だった、イギリスから帰った翌日から同居。
うちからそう遠くない場所に小さなお店を持った二人は、色んな人に手伝ってもらったり支えてもらいながら、毎日楽しく過ごしている。
「ただいまー。」
「ただいま帰りました。」
「あ、帰って来た。」
噂をしてると、二人が帰って来た。
「あっ、ノンくん。久しぶり…って、何で紅美がふんぞり返ってて、ノンくんが料理を?」
学があたしとノンくんを見て、眉間にしわを寄せて笑った。
「料理したいって言うんだから仕方ないじゃない。」
「俺は麗姉を手伝ってるだけだ。」
「我が娘は全然手伝う気がないみたいでね。」
「応援はしてるよー。がんばってー。」
「ノンくん、こんな娘で良かったら嫁にもらってやってくれない?」
母さんの何気ない一言に。
あたしはテレビのリモコンを落として足にぶつけて。
「いっ!!」
思いの外痛くて声を上げた。
「やだよねえ、こんなガサツな女。」
学はそう言って、チョコと共に手を洗って食器運びを手伝ってる。
「紅美が俺の嫁になりたくて仕方ないって言うなら、考えてやらない事もない。」
ノンくんがそう言うと。
「紅美ちゃん、こんなに身近に王子様が…」
チョコまでが、あたしを茶化した。
「何それ。反対に、ノンくんがどーしてもあたしに嫁に来て欲しいって言うなら、考えてあげないわけでもないけど。」
小指痛かったな~…って思いながら、大げさに小指を擦ってると。
「じゃ、考えてくれ。」
ノンくんが、テーブルにサラダを置いて言った。
「え?」
「ん?」
「ええっ?」
「……」
チョコと母さんと学とあたし…
反応は様々…
「どーしても、おまえを嫁に欲しい。って言ったら、考えてくれるんだろ?」
「……」
あたしは拾ったリモコンを、もう一度足の上に落としてしまった。
だけど…
今度は痛みも分からないぐらい…
驚きが大きかった。
「あ…あたし達、イトコだしねー。」
わざと笑いながら言うと。
「イトコ婚って珍しくないんだぜ?」
ノンくんはキュウリをつまみ食いしながら言った。
…実際、血の繋がりはないし…
イトコ婚だろうが…何だろうが…
関係ないんだけどさ…
「母さん大賛成。ノンくんと結婚するなら、紅美が姑と不仲で…なんて悩まなくて済みそうだし。」
母さんが嬉しそうに言った。
「ちょ…ちょっと待ってよ。」
あたしが狼狽えてるのを、チョコはキョトンとした顔で。
学はニヤニヤして面白がってるように見えた。
「おまえが言ったんだぜ?言ったら考えるって。」
「い…言ったけど…」
「けど?」
「……」
ずるい!!
ずるいよ、この男!!
あたしがそう言うように、わざと自分から話を振って来てさあ!!
「…あたし、こんなプロポーズはやだ。あたしにだって、女としての夢ぐらいあるんだから。」
唇を尖らせて言ってみる。
「ほお。どんなのがいいんだ?あ?」
ノンくんはあたしの隣…しかも少し体を密着させて座ると。
「女としての夢は叶えてやらなきゃな。」
ちょっと…いい声で言った。
「そ…そんなの、教えない。言った通りにされるのも萎える。」
「ははっ。我儘な奴。」
距離が…近いよ。
「……」
少し体を引いて、変な顔をしてるであろうままで…ノンくんを見る。
「…何だよ。その顔。ブスだな。」
「そのブスに嫁に来て欲しいって言ってるの誰。」
「撤回だな。ブスは勘弁。」
ノンくんはそう言って立ち上がると、再び食事の支度をし始めた。
そんなノンくんの向こう側で、なぜかチョコは真っ赤な顔をして、軽く固まってる。
あたしがそんなチョコを見てると。
「く…紅美ちゃん、ちょっと、こっち…手伝ってもらっていい?」
チョコが自分の荷物を持って、あたしを別室に誘った。
「ん?うん。」
布地や糸の入ったバッグを抱えて、チョコの裁縫室と呼ばれる部屋について行くと。
「…あのね、紅美ちゃん。」
「うん。」
「あの…」
チョコは真剣な…だけど赤い顔のまま。
「華音さんて…すごく…飄々としてて、分かりにくい…よね?」
そう言った。
「え?うん…まあ、そうだよね。」
「でも、さっきの…本気なんだよ…」
「…なんで?」
チョコ、不思議な事言うなあ。って思って見てると…
「あたし…前に、さくらおばあさまとお出かけした事があって…」
「うん。」
「その時、華音さんの話を色々聞かされたの。」
ばあちゃん、ノンくんが可愛くて仕方ないんだもんなあ。
ま、あんなにばばっ子なら、当然か。
「で?」
「…おばあさま…言ってた。」
「……」
「華音さんは、嘘つく時…親指で唇を触るクセがある…って。」
「……そんなの、ただのクセじゃない?」
「でも、さっき…紅美ちゃんをブスって言った時…」
「……」
「…触ってたよ…」
さっき…ノンくんは。
あたしをブスと言い。
ブスだから、プロポーズは撤回って言った。
…確か…
腕組みして…たけど…
唇、触ってたかな…あ?
チョコは興奮した様子で。
「あたし、華音さんの見ちゃいけない所を見たような気がして、固まっちゃったけど…」
あたしの手をガシッと掴んで。
「紅美ちゃん、本気で愛されてると思う。」
目をキラキラさせながら…そう言った。
* * *
「おう、華音。来てたのか。」
父さんが帰って来て、二階堂家の夕食が始まった。
いつもは五人だけど…今夜はノンくんもいて。
六人。
さっきチョコに『嘘ついてる時のクセ』を聞いてしまって。
もう、あたし…
さっきから、気付いたら…ノンくんの手元を見ちゃってる。
しかも…チョコもそれを見てる。
いや、チョコ。
あんたは見なくていいから。
て言うか、あたしも見なくていいよ。
駄目だよ!!
そんなのチェックしてたら、ノンくんの本音を試すみたいな事しちゃいそうじゃん!!
チョコのバカー!!
なんでこんなの教えたの!!
「あれ、紅美。飲まないのか?」
父さんにそう言われて。
「え?あ、えー…えーと、飲むよ。」
あたしはグラスの中の減ってないビールを、キューッと飲んだ。
とりあえず…食事中はお箸持ってるし。
嘘ついても分かんないよね。
唇触れないから。
…うん。
今は、ちょっと忘れていよう。
ところが、ノンくんはあまり食事をせず。
やたらとビールを飲み始めた。
お箸も…置いてる。
「沙都はすごい勢いで売れてるみたいだな。」
父さんとノンくんと学は、沙都の話で盛り上がり始めた。
「ほんと、驚きだよなー。あんなに泣き虫だった沙都が独り立ちなんてさ。」
「ま、その内泣きながら帰って来るんじゃねーの。寂しいーってさ。」
はっ…
ノンくん!!
唇触ってる!!
て事は…
沙都が泣きながら帰って来るとは…思ってない…と。
ふと見ると、チョコも目を見開いてあたしを見てる。
ちょ…ちょっと、チョコ。
あんた、あからさま過ぎる!!
「そう言えば、ベーシストの件どうした?オーディション開くのか?」
父さんがそう言うと、ノンくんは『うーん』って腕組みをした。
「実は、白羽の矢を立ててる奴がいるんだけどさ。」
「えっ?」
つい、声を上げてしまった。
「初めて聞いたよ?誰かいい人いるの?」
あたしがそう問いかけると、ノンくんは目を細めて。
「おまえはオーディションがいいと思ってんのか?全然知らない奴と一から始めるのは、俺は苦手なんだよな。」
何とも…ノンくんらしい返事。
「まあ…そうかもしれないけど…じゃあ誰?あたしも知ってる人って事?」
「ああ。」
「えー、誰?」
あたしが頭の中で相関図を展開してると。
ノンくんは。
「今日はちょうどいいのかもしれないな。」
そう言って…
「チョコちゃん。」
いきなり、チョコに体を向けて…じっと見つめた。
「えっ?あっ…は…はい…」
「チョコはベース弾けないよ?」
あたしが笑いながら言うと。
「学を、うちのバンドに就職させてくれないか。」
ノンくんは、チョコに頭を下げた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「…えっ?」
えええええ!?
* * *
衝撃のスカウトの後。
父さんが二階堂本家から呼び出しをくらって。
しーくんが迎えに来て、出かけて行って。
母さんは、学とチョコに。
「しっかり話し合って決めなさいね。」
って言って、さっさと寝て。
学は…まんざらでもなさそう…だけど…
たぶん、チョコの仕事の事が気になって、それどころじゃなさそうで。
「店の事は、できるだけバックアップする。」
ノンくんはそこも外さず話した。
即答は出来ないって事で…返事は持越し。
日付が変わる前に、話し合いは終わった。
「ノンくん、タクシー呼ぼうか?」
あたしがそう言うと。
「いや、泊めてくれ。」
ノンくんはそう言ってソファーに横になった。
「もう眠い。」
「そこで寝るの?客間に布団敷くよ。」
「どっちかっつーと、おまえのベッドがいいな。」
「……」
つい…
口元を見てしまう。
唇は…触ってない。
「…ダメ。客間で寝て。」
あたしがノンくんの腕を引っ張って言うと。
「じゃ、毛布持って来てくれ。ここで寝る。」
ノンくんは、意地でもソファーから動かなかった。
…仕方ない。
あたしは毛布を持って来て、すでに横になってるノンくんにかける。
するとノンくんは一瞬目を開けて。
「紅美もここで寝ろよ。」
ポンポン、と。
ソファーを叩いた。
うちのソファーは大きい。
L字型だから、あっちとこっちで寝れば…触れ合う事もないぐらいだ。
…まだ話したい気もする。
学をベーシストに…って事とか…
あと…何でもいい。
他愛もない話題…。
「分かった。そっちで寝る。」
あたしはそう言うと、自分の部屋から毛布を持って降りて。
ノンくんの頭側に、あたしも頭を向けて…横になった。
「ちっ…そっちに行ったか…」
「何。二人でそこに重なろうと思ってたの?狭くて眠れないじゃん。」
「眠らなきゃいーんじゃねーか?」
ノンくんは、ニヤニヤした声。
「…エロ親父め…」
しばらく…静かに過ごした。
あたしはまだ飲み足りないぐらいだったけど。
ノンくんは…結構飲んでたよね。
眠ったかな…と思ってると…
「…紅美。」
低い声。
「…ん?」
「二階堂が…秘密組織じゃなくなる。」
ノンくんは…思いがけない事を言った。
二階堂が…秘密組織じゃなくなる…?
「もしかして…その事で父さん本家に?」
「たぶんな。」
「なんでノンくん、そんな事知ってるの?」
「海から連絡があった。」
「……」
海くんとノンくん、本当に…仲良しなんだな。って思った。
帰国してからも、ちゃんとやりとりあるんだ…
「…なんの障害もなくなるぞ。」
「…え?」
「海との間に。」
「……」
…ノンくん。
あたしを試そうとしてんの?
何だか、そう思えちゃうよ。
沙都を推したり、海くんを推したり…
今夜は珍しく自分をアピールして来たなって思ったけど…
どれが本当なの?
「……ノンくんは、あたしと海くんがくっついたらいいって思ってんの?」
起き上って、聞いてみる。
…口元を、見るために。
「……そーだなー…」
あたし…なんで?
なんで…ノンくんの返事を、こんなにドキドキしてんの?
あたしはまだ、沙都の事が好き。
だけど、沙都とはいい距離を保ってないと…無理。
そう思ってるのに。
帰国した途端、ノンくんに…っていうのは、自分でも嫌だ。
嫌なのに…
なんでこんなに、ノンくんの返事が気になるの?
「ま、おまえと海はお似合いだったからな。」
「……」
ノンくんは…唇を触ってない。
「…沙都とは?」
「沙都とは、姉貴と弟って感じに見えるよなー。」
「……」
唇、触ってない。
「…ノンくんとは?」
「あ?」
「だって、嫁にもらってやってもいいって言ってたじゃない。」
「ああ…」
ノンくんは小さく笑って、顔だけ動かしてあたしを見た。
「おまえ、俺にあれ言われて…ぐらぐらしたのか?」
「え…?」
ノンくんは…もう、笑ってない。
真剣な目で、あたしを見てる。
「…ぐらぐらなんて、してないよ…」
「じゃあ、今も沙都を好きか?」
「…そんなの、ノンくんに関係ないじゃない。」
「ま、そうだな。」
ノンくんはそう言って、視線をあたしから外した。
…一度も、唇は…触らない。
「俺達は…」
「……」
「バンドメンバーって関係が、一番いいのかもな。」
……あたしは座ったまま。
少しの間、無言でいた。
バンドメンバーって関係が、一番いい。
うん…そうだよ。
あたしだって、そう思うよ。
だけど…
愛してるって言ったよね。
なのに、唇触らないんだ?
…って、もう一年半以上前の話だもんね…
「ぶっちゃけさ…」
ノンくんは頭の下に両腕を組んで。
天井を見ながら言った。
「おまえは気持ちがフラフラし過ぎて、俺には無理だな。」
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