第35話 「沙都、い…痛い。」

 〇二階堂紅美


「沙都、い…痛い。」


 沙都に掴まれた手が痛くて。

 あたしは、廊下を歩きながら沙都に言った。


「離して。」


「…嫌だ。」


 沙都はあたしの顔を見ない。

 でも、力も緩めない。



 あたしと沙也伽の部屋の前まで来て。


「…カードは。」


 沙都が低い声で言った。


「……」


 羽織ってたパーカーのポケットからカードキーを出すと。

 沙都はそれでドアを開けて…


「な…」


 いきなり。

 キスして来た。


「ちょ…沙都…」


「みんな同じぐらい好きって…どうして…?僕の事、もう嫌いになったの?」


 沙都は今までになく…乱暴で。

 あたしをベッドに押し倒すと。


「海くんに告白されて…嬉しかった?」


 低い声で…そう言った。


「…何それ。」


「僕の目の前で、あんな事…あてつけにしか思えない。」


「…そうよ。あてつけよ。」


「……」


「だって、沙都は…あたしの気持ちなんて要らないんでしょ?自分が好きだったら、それで良かったみたいな言い方して。」


「違う。」


「何が違うの?言ったよね?あたしは、海くんかノンくんを好きだと思ってたって。何なの?あたし、沙都に好きって言ったのに、どうしてそんな風に言われなきゃいけなかったの?」


「紅美ちゃん。」


 沙都はあたしの上に乗って、首筋に唇を押し当てた。


「…離して。こんなの、イヤ。」


「好きだよ。」


「イヤ、したくない。」


「愛してる…」


「…言い逃れのために、そんな事言わないで。」


「言い逃れなんかじゃない…紅美ちゃんの事、愛してる…」


「……」


「…さっきはごめん…僕、自分に自信がなかったから…」


 沙都は、あたしを押さえ付けてた力をゆるめて。


「僕より、海くんやノンくんの方が男らしくて…大人で…だから、かなわないって思ってたから…」


 小さくつぶやいた。


「…それでも…ショックだった…」


「…ごめん。」


 沙都は切なそうな目で、あたしを見て。


「…紅美ちゃん…好きだよ。」


 ゆっくりと…キスをした。


「沙都…」


「僕の事、好き?」


「…うん…好き…大好き…」


 沙都の背中に手を回す。


「…ドレス、似合ってた…」


「沙都も、カッコ良かった。」


「バルコニーで…キスできなくて残念だったな…」


「…してくれなくて、悲しかった…」



 沙都の手が、あたしの体を優しく触って。

 懐かしい幼い手は、すっかり男の手だと思った。



「あ…っ…」


「紅美ちゃん…」


 沙都。

 あたし…

 もう、ブレないよ。



 小さな頃からずっとそばにいてくれた…

 あんたの事…


 大好き。


 ずっと…

 そばにいて。




 〇朝霧沙也伽


「すごーい。」


 あたしはそれのきれいさに、口を開けて見入った。

 それ。

 クリスマスツリー。



 今日はクリスマスイヴ。

 先生が富樫さんって部下(ライヴにも来てくれてたっけ)を呼んで、七人でクリスマスパーティー開催予定。

 そして、この宴を最後に…あたし達は、明日帰国する。



 ああ…なんか寂しいな。

 希世や廉斗に会えるのは嬉しいけど。

 だけど、こっちで過ごした一年と少しが濃すぎて…

 泣いちゃいそうだ。



「綺麗だろ。俺と沙都で頑張った。」


 ノンくんはそう言って、沙都と自慢げに肩を組んだ。


 今日、四人で事務所に挨拶に行った後、あたしと紅美は二人で買い物に行った。

 明日帰国するのに今更だけど、日本の家族にお土産や、こっちで食べて美味しかった物を自分のために買った。

 それらをアパートに持ち帰って梱包なんかして、男どもの家に。

 その間に沙都とノンくんは帰って料理したり飾り付けをしてくれたみたい。



 あたし達が帰国したら一人になる先生。

 寂しくならないかな。と思って、ツリーの事は言えなかったんだけど…



「海くん、僕らが帰ってもここに住むんだってね。」


「ああ。愛着が湧いたからって言ってた。」


「一人には広すぎるよなあ。」


「じゃあ曽根、おまえ残れ。」


「何言ってんだよー!!」



 まだ居る曽根さん。

 最初は一ヶ月って言ってたのに、結局あたし達の帰国に合わせて二ヶ月居た。

 …仕事はいいのかい?



「こんな立派なツリー、見た事ないよ。」


 あたしは、ちょっと感動してた。

 これって、もろにオリジナルだよね。

 オーナメントはキラキラのアレじゃなくて…

 ノンくんがすっかり馴染みになってる花屋さんで、原価同然でもらってるという色んな花が、小さなリースになっていくつも飾られてて。

 そのリースの中に、ワイヤーでみんなの名前が作ってある。


 もう…

 どれだけ器用な男なの…


 ノンくんが作ったと思うと、ちょっと…アレだけど…

 まあ、あたし達は、もう慣れてるけど…



 そうこうしてると、先生が富樫さんを連れて帰って来て。


「お邪魔します。これ、みなさんでどうぞ。」


 富樫さんは、手に持ったたくさんの飲み物を差し出した。


「おっ、サンキュー。」


 ノンくん…

 あなた、友達ですか…



 先生もツリーの飾りをすごく気に入って。

 ノンくんにどうやったら保存できるか。なんて、保存方法を習ってた。



 あの旅以降、紅美と沙都はちゃんと恋人同士みたいになってて。

 だけどみんな変わらない態度で。

 それが…すこぐ居心地良かった。


 あたしには昔から友達って言ったら…

 紅美と沙都。

 もろにバンドメンバーしかいなくて。

 沙都は義弟になって。

 ノンくんは、友達って言うのとは違ってたけど…このアメリカ滞在で、友達になったなって思う。

 あ、あと曽根さんも。ついでに。



「写真撮ろうぜ。」


 ノンくんがそう言って。

 富樫さんが撮影係を買って出てくれた。

 ツリーの前で、あたし達六人は肩を組んで。

 何だか…すごく幸せだった。


 学生時代でも、こんな友情のある時間ってなかった。

 希世と廉斗と過ごす時間とは違う。

 あたしの…青春の1ページって感じで…



「それ、あたしにもちょうだい。」


 ノンくんのスマホを覗いて言うと。


「おう。」


 すぐに送ってくれて。

 あたしは…それをホーム画面に設定した。


「…いいのかよ。家族のじゃなくて。」


 ノンくんが覗き込んだけど。


「家族のはロック画面に設定してるもん。」


 あたしは得意げにそう言った。



 ああ…

 アメリカでデビューして。

 CDもそこそこに売れて。

 あたし達DANGERは…


 次は…



 どうなるのかな。




 〇桐生院華音


「ニカ!!寂しいぜ!!」


 朝から何度もそう言っては泣いている曽根。

 一ヶ月の滞在と言いながら、結局曽根は俺達の帰国に合わせて、今日まで二ヶ月一緒にいた。


「また遊びに来いよ。」


 あの家に愛着の湧いた海は。

 一人じゃ広すぎるから寂しいんじゃないか?と言ったにも関わらず。

 越さない。と笑顔で言った。


 …ま、機会があれば、泊りに行ってやろう。



「帰国する事があれば連絡しろよ。」


「ああ。その時には、是非『あずき』に連れてって欲しいね。」


 海が曽根の顔を見ながら言うと。


「あいたたた…なんか…ニカがキリに似てきた…」


 曽根は胸を押さえてそう言った。



 旅の二日目の夜。

 沙都は部屋に戻らなかった。

 まあ、紅美の部屋にいるだろうと踏んで。

 沙也伽には、沙都のベッドを使わせた。

 俺と海と曽根は、反対側の部屋の、俺と海のベッドをくっつけて、三人で寝た。



 翌朝戻ってきた沙都は。


「…迷惑かけて、ごめんなさい。」


 俺達に頭を下げた。


「バーカ。」


 そう言って頭を叩くと。


「…ほんと、バカだよね。でも…ありがとう。」


 顔を上げた沙都は…笑顔だった。



 夕べは海の部下の富樫(あ、年上だ)も呼んで、パーティーをした。

 沙都と紅美は堂々とくっついてたし、もう…どこから見ても恋人同士だ。

 俺はそれを特にどうとも思わない…ようにしていたのかな。

 紅美が笑っていれば…それでいい。



 だけど…

 俺の中には、一つ。

 ずっと引っかかっている事がある。


 沙都には言わなかったが…

 沙都も、俺には言わなかった。

 紅美にも…話してるとは思えない。


 …グレイスの件だ。



「本当、楽しかった。」


 海がハグして来た。

 少し面食らったが、背中をポンポンとして応えた。

 …実際、楽しかったしな。



「帰ったら、さくらさんによろしく伝えてくれ。」


「ああ。必ず。」



 海。

 あんた、いい男だよ。

 紅美はあんたを選ばなかったけど…

 きっと、いつか…

 いい恋が出来るといいな。




 …お互い。




 〇二階堂 海


「……」


 みんなを見送って家に帰ると。

 その広さに…その静寂さに、小さく溜息が出た。



 二ヶ月…

 たった二ヶ月だったのか。と思わせられるぐらい、濃い日々だった。


 紅美と終わらせて…

 きっと紅美は華音と始まるだろう。

 そう思っていた矢先…

 始まったのは、とんでもない事だった。


 俺と、華音と沙都のシェアハウス。


 そこへトシも入って…

 男四人での二ヶ月間は。

 俺の人生の中で、最もあり得なく最も忘れがたい二ヶ月となった。


 …早乙女さんを父と呼べるようになった。


 ずっと自分の存在を不確かに思えていた俺は…

 あの人が、俺を愛してくれていると認識する事ができて…

 何か…ずっと抱えてた呪縛から解き放たれた気がした。


 …俺の生まれた時の体重が、暗証番号だなんて…

 今思い出しても、胸の奥がくすぐったい気がする。

 良く思われてない…なんて、勝手に被害妄想して。

 とことん自分で首を絞めていたな…。



 ソファーに座って、ツリーを眺める。

 華音の作った名前入りのリース。

 写真立てとスマホに、みんなで撮った写真。



 紅美と沙都は恋人同士になった。

 それでも…俺は今も紅美を好きで。

 華音が選ばれなかったのは…少し残念にも思うが。


 …紅美が。

 幸せなら、それでいい。



 写真の中。

 紅美も沙都も…

 華音もトシも沙也伽も…俺も。

 みんな笑顔だ。



 この家で暮らしていた、俺の…祖父にあたる浅井 晋さん。

 先代がずっと悔いていた、あの事件で亡くなった丹野 廉さん。

 そして…さくらさん。


 三人が笑って過ごしていたであろうこの場所で。

 俺も…笑えた。

 そして、色んな鎖を断ち切れて…解放された。



 一人では広すぎるとみんなに言われたが…

 愛着があり過ぎて、離れられない。


 いつか、と思う。

 また…いつか。

 みんながこっちに来た時に。

 懐かしい。と笑い合いながら、ここに集まれば、と。


 そのためにも…

 俺は、オンとオフをしっかり使い分けて。

 ちゃんとここに戻ってくる。と、集中して仕事をする。


 そして…

 二階堂を変えるために。

 二階堂のみんなの将来を変えるために。


 生きる。

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