第34話 あたしが『好き』って言って。

 〇二階堂紅美


 あたしが『好き』って言って。

 沙都は…唇をあたしに届かせなかった。

 丸い目をして驚いた顔して。

 そのままそれは…戸惑った顔になった。



「…どうして…驚いてるの?」


「え…あ、ううん…まさか僕の事…紅美ちゃんが僕の事、好きだなんて…」


 しどろもどろな沙都。


「あたし、沙都の事どうでもいいなんて思って寝ないよ。」


 あたしの口調は、少しきつかったかもしれない。


 どうして?

 沙都、あたしの事…好きって言ったよね?

 なのに、なんであたしが好きって言ったら、こんなに…

 ドン引きみたいな顔になるの?


 悲しくなった。

 まるで沙都は。

 本当に雰囲気に流されて、そのままセックスしたと思ってたんだ?



「ごめん…なんか…紅美ちゃんは僕なんかより、海くんやノンくんの事…って思ってたから…」


「……」


 そりゃあ…

 ずっと海くんを引きずったり、ノンくんに揺れたり…したけどさ。


 …そっか。

 気の多いあたしが悪いんだ。

 だけど…

 やっと沙都の事、好きって…

 好きって言えたのに…



 唇を噛みしめて、うつむいた。

 今まで…今まで沙都は、あたしに好き好きって言ってたけど。

 それで満足してたの?

 あたしの気持ちは欲しくなかったの?

 聞きたいのに…

 言葉が出ない。


 好きって言って、キスをやめられたのが…ショックだった。



「…ごめん…紅美ちゃん…」


 あたしの肩に手を掛けて、沙都が謝る。


「…何で謝るの。沙都の気持ちは嘘だったって事?」


 あたしは沙都の顔が見れなくて、沙都とは反対側を向いて…そっけなく言った。


「そんな事…僕は紅美ちゃんが好きだよ。好きだけど…」


「好きだけど…何?」


「…本当に、紅美ちゃん、僕を好き?海くんより?ノンくんより?」


 沙都の聞き方が気に入らなくて。

 あたしは言葉じゃなく、頷いた。

 だけど…沙都は無反応。



「…寒い。中入る。」


 あたしがそう言って沙都の手を外すと。


「紅美ちゃん。」


 沙都はあたしの手を取って。


「…嬉しい…よ。紅美ちゃんが、僕の事…好きって思ってくれて。」


 そう言ったけど…


 あたしは、やっと。

 沙都の目を見た。


 嬉しい…よ。


 本当?沙都。

 あんたの目。

 なんで怯えてんの?



「…言わなきゃ良かった。」


 沙都の目を見てそう言って、あたしは沙都より先に中に入った。

 そして…


「わー、何これ。見た事ない。」


 美味しそうな物をお皿に取ってる沙也伽に、後ろから抱きつく。


「うわっ…何、もう。ビックリした。」


「美味しそう。いただきっ。」


「もっ…もー、あんた、綺麗なカッコしてんのに、そんなのやめてよ。」


「ふふっ。んー、んまっ。」


「紅美ちゃんには色気より食い気…と。」


「うるさい、曽根。」


「あっ!!なんで呼び捨てだよ!!」


「ノンくんのモノマネ。似てなかった?」


「…クオリティ低いな…」



 あたしは…さっきの沙都を忘れたくて。

 自分の告白を帳消しにしたくて。


 笑った。



 必要以上に…


 笑った。




 〇二階堂 海


「紅美ー!!」


 華音が紅美の首根っこを摑まえて。


「うわっ!!や…っ!!ぎゃー!!」


 枕で、ボカスカと殴る。


「あははは!!」


 俺は…

 目の前の光景に、違和感を覚えながらも。


「もー!!なんであたし!?」


「おまえが悪い!!」


 紅美が笑っているなら…と。

 黙認はしている。



 パーティーの後。

 男性陣の部屋で飲むことになった。

 すっかり普段着になった紅美と沙也伽は。

 見た目いつもの二人だが…

 紅美は…やたらとテンションが高い。


 これは…あれだよな。

 絶対、バルコニーで沙都と何かあったよな。

 いい雰囲気で、二人で出て行って。

 少なからずとも…俺と華音は心の中で溜息をついたはずだ。

 …決まったか…。と。



 だけど、間もなくしてバルコニーから戻って来た二人。

 その時から紅美は…


「うわ、何これ。美味しそう。ねえ、ちょっとどうにか部屋に持って帰れないかな。飲もうよ。」


 少し…テンションがおかしくなっていた気がする。


 俺が、悩みがあるとタバコを吸うのと同じで。

 紅美は…悩むとはしゃぎ過ぎる。

 …あの頃と変わらないな。


 そう思うと…

 俺は、思い悩んでいるとしても、今の状況を楽しんでいるのかもしれない。

 もう、何ヶ月。

 タバコを吸っていないだろう。



「ねえねえ、海くん。桜花に来てる時にさ、可愛いなって思ってた生徒っている?」


「ぶふっ。」


 紅美の問いかけに、つい噴き出してしまった。


「あーっ!!いるんだ!!先生!!誰々!?」


 沙也伽も酔っ払ったのか…テンションが高い。


「羨ましいなあ…女子高生に囲まれてたなんて…」


「トシ、囲まれてはない。俺は教師として行ってたんだ。」


「え~?囲まれてたじゃん。弁当作ったり、お菓子作ってくる生徒いたよね。」


「…紅美。」


「ね、いた?可愛いと思ってた生徒、いた?」


 紅美は面白がって、キラキラした目で言う。


「…ああ、いたね。」


「何組の誰!?」


「千世子。」


「あ…」


 一瞬にして、静かになった。

 トシだけが状況が分かってなくて。

『後で説明するから』と、沙都に小さな声で言われている。


「それと。」


「え…先生、意外と生徒に目つけてたりした?」


 沙也伽にそう言われて。


「付けてたさ。」


「うわ~…教師を見る目変わっちゃうよ~。」


「ずっと、紅美に目付けてた。」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


 ゴクン。


 誰かの生唾を飲み込む音が聞こえて。


「ははっ。誰だよ。そんなに緊張してんの。」


「す…すまん、ニカ。俺だ。」


 トシが正座なんてするから、笑ってしまう。



「…ずっと紅美に目付けてたのに、沙都がチョロチョロしてたから、なかなかチャンスなくて。」


 グラスの氷を揺らしながら言うと、沙都はキッと食いしばった。


「ま…真面目なニカの発言とは…」


「俺、真面目かな…保健室で寝てた紅美にキスしたけど。」


「!!!!!!」


 みんなが目を見開いた。



「言っとくけど…」


 俺はグラスをテーブルに置くと。

 誰にともなく言った。


「俺と紅美は終わった。紅美が誰を選ぶとしても、俺は応援するつもりだ。でも、俺の気持ちはまだ紅美にある。」


「……」


「俺を甘く見るなよ。紅美を悲しませる奴は…」


 宣戦布告だ。

 沙都。


「許さない。」


 紅美に悲しい想いをさせているであろうおまえを…

 俺は…



 許さない。



 〇桐生院華音


「俺を甘く見るなよ。紅美を悲しませる奴は許さない。」


 海の言葉に、部屋の中は静まり返ったが…

 俺はつい…


「…ふ…ふはははははは!!」


 笑ってしまった。



 ついこの間まで。

 自分の気持ちを押し殺してた奴が。

 紅美に目を付けてたとか。

 保健室で寝てる紅美にキスしたとか。


 笑えるぜ!!海!!

 ここに来てのカミングアウト!!



 パーティーの途中。

 いい雰囲気で紅美の腰を抱き寄せて、バルコニーに出た沙都。

 だが、やがて二人は対照的な表情で戻って来た。

 まずは紅美が。

 変なテンションの高さで。

 そして沙都が。

 どう見ても失敗した。って顔をしてた。


 ま、沙都が何か言ったのか言わなかったのか…

 それで紅美は、へこんでおかしなテンションになってた、と。



「キ…キリ?」


「いやー…海、おまえかっけーわ。」


 ベッドの上から、海にグラスを上げる。


「けど、おまえも散々紅美を泣かせただろーが。」


 枕を投げる。

 すると海はその枕を投げ返して。


「ああ、そうだな。泣かせたからこそ、棚に上げて言わせてもらう。」


 ほお…

 気持ちいいほどの開き直りっぷりだ。

 見事だぞ。海。



「あたしさ。」


 突然、床に座ってた紅美が立ちあがった。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


 みんなが、紅美を見る。

 すると…


「あたし…」


 紅美は少し下唇を突きだして。


「あたし、みんなが好き。」


 カクッ


 つい、ベッドの上で肩を崩す。


「みんなが好き。だーい好き。同じぐらい好き。誰が特別とかない。」


 …そう言いながら、紅美の口元は…今にも泣きそうに震えている。


「…まいったな…あたし、気が多くて…」


「紅美。」


 座ったままの沙也伽が、紅美の手を取る。


「いーのいーの。みんなを好きなままでいーの。」


 沙也伽がそう言って紅美の手を引っ張ると、紅美はゆっくりと…座った。


「…悪かった。大人げないな。」


 海がそう言って頭を下げると。


「ううん。先生のカミングアウト、衝撃的で面白かった。もっと何か打ち明けてよ。」


 沙也伽は真顔で言った。


「もっと?」


「うん。」


 海と沙也伽は…何か目で訴え合ってるかのようで。

 それは…


「そーだなー…紅美が二回目の三年の時に…」


「ちょちょちょっとぉ!!海くん!!何告白してんのーっ!!」


 紅美がすごい勢いで手元にあったスナック菓子の袋を投げた。


「ははっ。沙也伽のリクエストに」


「応えなくていいー!!」


「でも今となってはだし、いいだろ?温泉の…」


「わー!!もうバカー!!」


 紅美は走って海の座ってるソファーに行くと。


「ぐわっ!!」


 有段者のはずの海の首に手を掛けて、向こうの部屋のベッドの上に投げ飛ばしたかと思うと。


「アレはダメ!!アレ言ったら、海くんのアレ言うよ!?」


 そう言いながら…プロレス技をかけた。


「ア…アレって何だよ…っ…あててててて!!」


「あ…アレはアレだよ…」


「何…」


 耳元で、コソコソと囁き合う二人…


「…あ、それは言ってもいい。」


「えっ!!大問題じゃなかったの!?」


「別に、今となってはだし。それに、それ言ったらおまえが…」


「はっ…やっぱダメ!!何も言わないから海くんもリクエストに応えないでー!!」


「あいててててて!!分かった!!言わない!!あーーー!!やめろ!!紅美!!」



 ……その光景は…

 もめてもめて別れた二人とは思えないぐらいで。

 俺としては、微笑ましかったが。

 約一名。

 かなり…憤慨してる奴がいた。



 …沙都。

 おまえ…

 紅美に、あの事話したのか…?



 〇朝霧沙也伽


 その光景に…

 あたしは少し泣きそうになってた。


 紅美と先生が、プロレスしてる…。


 先生への気持ちを、あんなに思い悩んで、消化したくてもできなかった紅美。

 だけど、笑い合って別れたって聞いて…本当に、それで良かったの?って思った。

 それでも、沙都の頑張りもあってか…紅美は沙都と寄り添う事が多くなって。

 あたしとしては、不器用ナンバーワンのノンくんが…って思ってたけど。

 まあ、紅美が選ぶなら…

 沙都でも先生でもノンくんでも、応援しようとは思ってた。



 だけど、どう考えても…まだ紅美は悩んでる。

 だから、今は選ばなくていいんじゃない?

 品定めしなよ。って言ったんだけど…


 沙都に連れられてバルコニーに出た後から。

 紅美の様子が激変した。

 もう、何か忘れたいからはしゃいでる。

 それでしかなかった。



「あいてててて!!」


「先生…本気で痛がってない?」


「プロレス技には免疫なさそうだからな。」


 ベッドの上で、ノンくんは笑ってる。


 …この男がまた…

 ちょっと普通の人とツボが違うって言うかさ。

 本当なら、ここ、妬いていいとこだよ?

 大好きな紅美が、元カレとプロレスだよ?

 密着だよ?

 何なら抱き合ってるようにも見えるよ?

 先生は痛がってるけど、嬉しそうでもあるもん。

 なのに、ノンくんは…そんな二人を優しい目で笑ってんのよ。


 何だかなあ…

 もしや、先生もノンくんも、M?



「ニカ!!情けないぞ!!」


「そ…そんな事言って…!!あいーっ!!紅美!!いわっ言わないから!!」


 曽根さんは大笑いしてるけど。

 その向こうに…約一名。

 かなーり…目が座ってる男がいる。


 沙都。


 あんた、バルコニーで紅美に何言ったの。



「あースッキリした。」


 紅美はそんな事を言いながら、手を叩くような仕草。

 うんうん。

 発散しなよ。



「んじゃ、俺も告白すっかな。」


 紅美があたしの隣に座りかけた瞬間。

 今度は…ノンくんが言った。


「いつだっけな。ゴールデンウイークにオフもらった時か。」


「え?何々?聞きたい。」


 あたしが目をキラキラさせると。


「な…何の話よ…」


 紅美は、座りかけてたのに…やめた。

 …あんた、結構どこそこで何かやらかしてんのね…



「ゲームしただけじゃん!!」


 ノンくんが先を言ってないのに、紅美はノンくんに跳びかかった。


「うわっ!!」


「ちくしょー!!どいつもこいつもー!!」


「あはは!!いいぞーやっちゃえやっちゃえー!!」


 あたしが盛り上げると。


「まだ何も言ってねーだろ!!あたっ!!いててて!!!」


 うわ~…ノンくんの悶絶する顔っていい♡

 …って思ってたけど…


「えっ…」


 突然、形勢逆転。

 ノンくんはかけられてた足技を、体をひねって外すと…


「どうだ。」


 紅美を抱えてうつ伏せにして、背中に手を置いて得意げに言った。


「残念ながら、俺もプロレスは得意なんだよ。聖を餌食にしてやってたからな。」


 ああ…いつもの悪魔の顔だ…


「キリ!!女の子相手に酷いぞー!!ニカみたいにやられてやれよー!!」


「いや…俺は本気でやられたし…」


「えっ、ニカ…マジで?」


「おまえもやられてみろよ…マジつえー…」


「…遠慮しとく…」


 曽根さんと先生の会話に噴き出しそうになったけど。

 あたしは紅美を応援する。


「頑張れ!!負けるな紅美!!」


 そう言ってるあたしの横を、風が通った?

 と思ったら。


「うわっ!!」


 沙都が。

 ノンくんをベッドから突き飛ばして。


「え…え?」


 紅美の手を取って。

 走って部屋から出て行ってしまった。



「……」


「……」


「……」


「飲もっか。」


 あたしの言葉で、景色が動いた。



 沙都が紅美を連れ出して。

 部屋の中は…フリーズしてた。

 ノンくんは沙都に突き飛ばされて、ベッドから落ちたままだったし。

 先生は反対側の部屋のベッドで、何かの銅像みたいになったまま動かなかったし。

 曽根さんも…口を開けて呆然としてたし。



「もう、二人とも…沙都の応援するなんてバカだねー。」


 あたしはそう言って、グラスにお酒を注いだ。


「…別に沙都の応援をしたわけじゃない。」


 ノンくんはそう言ってベッドに戻ると、サイドボードに置いてたグラスを持って、寝転びながらグラスをあたしの前に出した。

 そのグラスにお酒を注ぎながら。


「ノンくんは、自分を引っ込め過ぎ。」


 嫌味っぽく言うと。


「同感。」


 曽根さんと…先生までがそう言った。


 え?

 何?

 あたし、ついサラッと言っちゃったけど…

 先生、ノンくんの応援もしてたの?



「別に沙都が気に入らないわけじゃないが…華音が紅美のそばにいてくれたらいいって思ってたのに。」


 先生はそう言いながらゆっくり起き上がって、ノンくんと同じようにグラスをあたしの所に持って来た。


「…出しても引っ込めても、選ぶのは紅美だからな。別に俺はあいつが誰とくっつこうが、笑っててくれるならそれでいい。」


「…意外とお人好しだよね…ノンくん。」


「意外とって何だ。」


「ほんと…バカがつくぐらいのお人好しだ。」


「曽根に言われるとムカつく。」


「じゃ、俺が言う。バカがつくぐらいのお人好しだ。」


「…ま、海に言われるなら仕方ないか。」


「何でだよキリ!!」


「…飲もう!!旅の最後は、みんなで笑っていようよ!!明日のために、今日は飲もう!!」


 あたしがグラスを上げると。


「サンキュ、沙也伽。」


 ノンくんはそう言って、あたしにグラスを向けて。


「同じく。」


 先生も、そうした。


「じ…じゃあ、俺も…」


 曽根さんは無理矢理っぽかったから。


「曽根さんは別にいいや…」


 そう言って乾杯を拒んだら。


「みんな、俺にだけ冷たい…!!」


 曽根さんは、大げさに泣くふりをした。



 …今日は、部屋に帰れないなー。

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