第33話 「今夜、ここでパーティーがあるんだってさ。」

 〇朝霧沙也伽


「今夜、ここでパーティーがあるんだってさ。」


 旅二日目。

 あたし達はこのホテルが気に入って、ちゃっかり二泊目もここで。って決めてしまった。


 先生、無理言ってごめんね♡

 いいコネ持っててくれて、ありがとう♡



「曽根さん、どこからそんな情報を?」


 夕べは一人だけ早く寝てしまって、先生と沙都とノンくんが酒盛りしたという話を聞き、泣くほど残念がってたらしい曽根さん。


「スパでセレブ達が話してた。」


「なんだ。セレブしか入れないやつか。」


「ここの利用客なら入れるらしいぜ。」


「え、マジ?行ってみたい。」


 みんなで盛り上がってると。


「ドレスコードがあるんじゃないか?」


 先生…冷静ですね。


「そっか…そうだよね。あたし、ドレスなんて持って来てないよ。」


「て言うか、持ってないしね。」


 あたしと紅美が顔を見合わせてると。


「俺達だってスーツなんてないぜ。」


 ノンくんが、曽根さんと『な』って顔を見合わせてる。

 先生は…たぶん、持って来ちゃってるんだろうね。

 何かあった時のために、的な。

 でも、黒ずくめはいただけないよ?


 沙都も当然持ってるはずがなくて。

 あたし達は渋々諦めようとしたんだけど…


「レンタルしてくれるってさ。」


 こういう行動力は人一倍?な、曽根さんが。

 フロントに問い合わせてくれた答えがそれだった。


 そんなわけで、あたし達六人はブランチの後でドレス選びに向かった。

 今日は特に予定も決めてなかったけど、この後で時間があれば、近くにある美術館にでも行ってみようかってぐらい。



 当然だけど、男性陣とは部屋が違った。

 あたしと紅美は、そのドレスの多さにキャーキャー言いながら試着。

 うーん!!楽しい!!


 結婚式の時は、もうドレスが用意されてたから…

 いや、あれはすごくいいドレスだったけどさ。

 だけど、色々着てみたいもんじゃん?

 これは単なるイブニングドレスだけど…

 それでも、普段着る機会なんてないし。



「うわー、紅美…あんた…綺麗だわ。」


 あたしが口を開けて言うと。


「何それ。何も出ないよ?」


 紅美は苦笑いしながら、鏡の前で自分の姿をチェックした。


 いやホント…綺麗だよ…

 女のあたしでも見惚れたわ。

 …こりゃ、マズイんじゃないの?



 紅美の髪の毛は、いいぐらいに肩まで伸びてて。

 それをアップすると、細くて長い首がにゅっと見えて…

 うん…うなじとかセクシーだなあ…

 同じ女なのに…神様、不公平だよ、あんた。


 紅美は名前にあるように…深紅のドレスにした。

 あたしは、黒にしようと思ってたのに、紅美がまさかなグリーンのドレスを持って来て。


「絶対沙也伽これ。」


 って…


「カメレオンですかあたし!!」


 って大笑いしながら受け取ったものの…


「…カメレオンだねあたし。」


 似合った。




 ドレスを選んだ後、街に繰り出した。

 美術館に行って、それから少し郊外にまで足を伸ばした。

 先生は仕事で来た事があるとかで、その辺の道にも詳しかった。

 すごいなあ…。


 何だかよく分かんないけど、晴れた日には絶景が見えるという谷に行ってみたけど、残念ながら雨男の曽根さんのせいで、天気はイマイチだった。


「俺のせいかよ!!」


 って曽根さんは言ったけど。

 雨が降らないだけ良かったよ…

 非力な雨男。



『入っていいか?』


 帰ってドレスに着替えてると、ドアの外からノンくんの声。


「えっ、何しに来たのよ。」


『品定め。』


「何それ。要らない。帰ってー。」


『嘘だよ。髪の毛セットしてやるから入れろ。』


 …この男は…

 ほんと、どこまでも器用だ。

 ドアを開けると…


「はっ…」


「何だよ。」


「いや…ノンくん、男前だよ…」


 スーツ姿のノンくん…いや~…これ、本気でカッコいいやつだ!!

 あたし、紅美の女具合に見惚れてたけど…

 これは…

 男性陣も楽しみ!!



「紅美は。」


「今シャワー中。」


「じゃ、先に沙也伽やっとこ。ほら、座れ。」


 言われた通り、ドレッサーの前に座る。



「…それにしても、聞いてたけど珍しい色選んだな。」


 ノンくんが、あたしを見下ろして言った。


「紅美が選んだの。」


「じゃ間違いねーな。」


「そう?」


「紅美、おまえの事大好きだからなー。」


「……」



 ノンくん…

 本当は、紅美の事…大好きなのに。

 なんで我慢してんの?

 こうやって、普通の顔して。

 あたしにも紅美にも、同じぐらい優しくするなんてさ…

 バカだよ。



「えっ、何それ。作ったの?」


 あたしの髪の毛をクルクルと巻いたりピンで留めたりして。


「谷に行った時、紅美からドレスの色聞いてたから。」


 そう言って、ノンくんはあたしの髪の毛に、アイビーで作った髪飾りをつけた。


「…ギタリストにしておくのがもったいない。」


「…不本意だが、褒め言葉として受け取ってやる。」


 いやー…

 本当…こんなに器用なのに。

 恋には不器用なんて…残念過ぎる…



「あっ、紅美が裸で出て来ちゃう。言わなきゃ。」


 あたしがバスルームに向かおうとすると。


「俺はそれでも構わねーけどな。」


 ニヤニヤなノンくん。


 …はあ。

 あんた、覚えてないからだろうけど…

 あたしには、何言っても空しく聞こえるよ…

 あの酔い潰れた日…

 ノンくん…あんた…


「あー、サッパリした。」


「あ。」


「お。」


「……えっ。」


 言いに行くのが遅かった。

 紅美は裸でバスルームから出て来て。


「なんっ…なんでここにいるのよーーーーっ!!」


 ノンくんに、その辺にある物全部を投げつけた。



 〇二階堂紅美


「ったく…」


 ノンくんはブツブツ言いながら、あたしの髪の毛を梳いている。


「…だって、居るから…」


「頭にはタオル巻いてんのに、何で体には何も巻かないかな。」


 準備万端な沙也伽は、そう言って笑った。


「沙也伽だって、裸で出てくるじゃない。」


「まあ、そうだけど。」



 …そりゃあ…

 ノンくんには…何度も裸を見られた。

 事も、ある。

 でも…あの時と今じゃ、状況が…



「もう少し上向け。」


 後ろから顎を持たれて、少し汗をかきそうになった。

 ああ…早く終わらないかな…



「よし。終わり。」


 あたしの髪の毛には…

 深紅のミニバラの髪飾り。



「…ありがと。」


 お礼を言って、立ち上がる。


「…いつにも増して大きいな。」


「ヒールあるから。」


 180cmぐらいかな。


「でも、ノンくん並んでて違和感ないよ。」


 沙也伽にしてみれば…何の気なしに出た言葉なんだろうけど。


「…ま、沙都が一番釣り合うな。あいつ余裕ででけーし。」


 ノンくんはそう言って、ドアに向かった。


「じゃ、7時にな。」


「はーい。ありがとー。」


 沙也伽が手を振る。

 あたしは…何だか力が抜けちゃって。

 そのまま、ベッドに座った。


「…どした?ん?」


 それに気付いた沙也伽が、あたしの隣に座る。


「……」


 大きく溜息をつくと。


「…ノンくんと沙都の間で揺れてんの?」


 沙也伽は、足をぶらぶらさせながら、あたしの顔を覗き込んだ。


「…分かんない。」


「分かんないとは?」


「自分の気持ち。」


「ほう。」


「…もう、しばらく恋はいいって思ってたのに…」


 頭を抱えそうになって…耐える。

 せっかくセットしてもらった髪の毛、くしゃくしゃにはしたくない。



「…そうだよね。みんないい男だし、みんなダメ男だもんね。」


 沙也伽の言葉に小さく笑う。

 もう、バレバレだよね…



「いい男で、ダメ男なの?」


「そうじゃない?可愛いけど頼りないのとか、器用なんだけど不器用なのとか、大人なのに今頃青春なのとか。」


「…海くんも入れるの?」


「入っていいんじゃない?」


「……」


「紅美。」


 沙也伽はあたしとの距離を少し詰めると。


「よく分かんないけどさ…三人とも好きなら、それでいいんじゃない?」


 眉間にしわを寄せて言った。


「…え?」


 今、沙也伽…

 問題あるような事…言ったような…


「好きなら三人好きでいいんだよ。誰とも仲良くして、抱き合ったりキスしたりすればいいじゃん。」


「な…何言ってんの?三股しろって事?」


「うーん。おおまかに言うと、そうね。」


「……」


 口を開けたまま、沙也伽を見つめた。


「だって、紅美は結婚してるわけじゃないんだから、恋愛は自由だよ。」


「…自由って言っても、三股なんてほどがあるわ。」


「そうかな。だって、付き合ってみなきゃ分かんない面もあるわけでしょ?上辺だけじゃ知れない事とかさ。」


「そうだけど…」


 でも。

 あたしは…

 もう、だいたい知ってるよ、沙也伽。

 ごめん。

 ノンくんとの事は、話せなくて。

 でも、なんとなーく…バレてるよね?



「誰か一人にしなきゃ。って考え過ぎるから、分かんなくなるのよ。」


「……」


 何だろ。

 この…妙に説得力のある言葉。


「真正面からだけじゃなくて、側面から見てみると違ったりするじゃん?」


「…側面…」


「今誰かが一歩リードしてるとしてもさ、そいつを正面から見るなら、別の人を側面とか裏側から見たり。」


「…よく分かんないような…分かるような…」


「ま、とにかくさ。」


 沙也伽は立ち上がって髪の毛のアイビーを指で触れると。


「迷ってる間は、決めるなって事なのよ。」


 あたしの正面に立って。


「じっくり品定めしちゃいな。」


 あたしの顎に、指を立てて言った。




 〇朝霧沙也伽


「お~…ちょ…度胆抜かれた。」


 曽根さんが大袈裟に目を丸くしてる。


 まあね…

 あたし達、ずっとジーンズとかジャージとかスウェットとか…

 とにかくパンツ姿でしか会ってないもんね。


 でも、どうよ。

 紅美に見惚れちゃうでしょ?

 このモデルのような…



「沙也伽ちゃん、可愛いんだなあ。」


「…はい?」


「人妻だから惚れんなよ。」


「うるさいなあ、キリ。可愛いって言っただけじゃん。」


「…あたし?」


「沙也伽ちゃん、すごく似合うね。写真撮って希世ちゃんに送ろうよ。」


「え…え?え?」


「うん。見違えた。」


「え?あ…何、先生まで…」


 あたしが戸惑ってると。


「だから言ったでしょ?沙也伽は絶対、このグリーンのドレスだって。」


「……」


 ノンくんに言われた言葉を思い出した。


『じゃ、間違いねーな。紅美、おまえの事大好きだから。』


 …ちくしょ…

 泣けるじゃないのよ…。


「いやー…紅美ちゃんは綺麗だって知ってたけど、沙也伽ちゃん…こんなに化けるなんて…」


 化ける!?

 曽根さん!!

 あんた、褒めてんのかもしれないけど、ちょっとムカつくのは何でかなあ!?



 そうは言っても、紅美の安定の美しさは…イブニングドレスによって、倍増した。

 パーティー会場に入ると、紅美に名刺を持って近付く人・人・人…

 どうも、モデルにならないか…と。

 うん。

 言われるよ、そりゃ。


 でも…



「た…助けて…」


 沙都も。

 随分と声をかけられて困ってる様子。


 うん。

 沙都、あんたもモデルみたいだよ。

 ちなみに、ノンくんと先生もそうなんだけど…

 声かけるんじゃねえ。みたいなオーラ出してるせいか、周りに人が来ない。

 曽根さんは、悪くないんだけど…

 ウロウロしてるせいか、誰にも相手にされてない。



 …さあ。

 あたしは、このパーティーで何か起きるんじゃないかな…

 なんて思うんだよね。


 今日の紅美見たら、渡したくない!!って気持ち、絶対芽生えちゃうよね。

 案の定、壁に花を添えてる先生も…人の輪に居る紅美に目が釘付け。


「おい。」


「は?」


「一人で立ってると、狙われるぞ。」


「へ?」


 ノンくんがそう言って、シャンパンを持って来た。


「離れるな。」


「う?うん…」


 何だろう。と思って周りを見ると…


 はっ…

 もしかして、あたしを狙ってたの!?

 三人組の男が、ノンくんを見て舌打ちするような顔をした。

 あたしが狼狽えた顔でノンくんを見ると。


「紅美はこういうのに慣れてるけど、おまえは慣れてないだろうからな。悪い虫につかれちゃ、希世に悪い。」


 そっけなく、そう言われた。

 悔しいけど、悔しいけどそうよ!!

 あたしは、こういうのに免疫ないから、甘い事言われたら…

 ああ、ノンくん!!

 何でかあんたが天使に見えるわ!!



 …だけどさ。

 なんで、あたしにくっついてるかな。

 紅美のとこ、行けばいいじゃない。

 行って…

 強引に引っ張ってくればいいのに。


 …バカだね。




 〇二階堂紅美


 せっかくドレスアップしてるのに。

 あたしを囲んでるのは、知らない人ばかり。



 …沙也伽に、今は決めなくていいんじゃない?って言われたけど。

 あたしの中では…

 沙都。

 そう…決めて…ううん、決めかけてる…のかな。


 ただ、沙都の言う『誰にも言わないで』が引っかかり過ぎて。

 なぜか、素直になれない。


 …気持ちを口にすれば、違うのかな。

 沙都に…

 あんたの事、好き。って。



 その沙都は、さっきまで女の人に囲まれてた。

 今は…

 海くんと一緒に、壁際にいる。


 ノンくんは…沙也伽と。

 …最近、あのツーショット多いな…って、何で気にするの?あたし。



「はーい、ちょっとごめんなさいよ~。」


 突然、曽根さんがそう言って輪の中に入って来て。


「この子は忙しいんだから、こんなに同じところで引き留めちゃダメですよー。」


 なんて言いながら、あたしの腕を取った。


「え?」


「せっかくドレスアップしてんのに、なんでうちのいい男達の所にいてくれないかな。」


「……」


 キョトンとして、曽根さんを見た。


「ニカもキリも沙都くんも、君と一緒にいたいって思ってるはずなのに。君は空気読めない、男どもは意気地なし…困ったもんだね。」


 な…

 いや…図星…かも。

 空気、読めてない。

 あたし。



「はーい、ただいま戻りましたー。」


 曽根さんがそう言ってあたしを壁際に連れ戻すと。


「気安く触るな。」


 沙也伽の隣に居たノンくんが、曽根さんの手をあたしの腕から振り払った。


「いてっ!!何すんだよ!!救って来たのに!!」


「紅美、曽根菌が繁殖する前に洗って来い。」


「あはは、酷いなあ、ノンくん。」


「ねえ、あそこのテーブルに美味しそうな物があるよ。」


「どれどれ。行ってみるか。」


「曽根菌て!!」


「まだ言ってる。」


「あはは。」


 …楽しい。


 こうなると…

 誰か。って決めるなんて、バカらしく思える。

 あたしは、みんなが好き。って事にして…

 都合のいいように甘えたいって思ってしまう。



 だけど…

 本当に疲れたり、悲しい時。

 今は…沙都に癒されたいって思ってる自分がいる。



「…紅美ちゃん。」


 料理のあるテーブルに行くと、隣に沙都が来た。

 のっぽの沙都は、ヒールを履いたあたしよりも、まだ目線が高い。


「綺麗だ…」


「…ありがと。」


 腰に手が回って来て…少しドキドキした。

 一応…みんなの視線が気になったけど。

 沙都に連れられて…あたし達はバルコニーに出た。



「…綺麗過ぎて、ちゃんと見れないや。」


 沙都はあたしの髪の毛を耳にかけながら…見つめたり、目を逸らしたり。


「バカ…」


「ほんと…綺麗だ。」


「…沙都も、カッコいい。」


「ほんと?」


「うん。」


「……紅美ちゃん。」


 唇が…近付いて。

 あたしは、今しかないと思って。


「沙都…」


「ん?」


「…好き…」


 小さくつぶやいた。


「……え…」


 だけど。

 沙都の反応は…

 あたしが思ってたのとは…


 違ってた。

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