第32話 「あはは、見て見て、紅美。」

 〇二階堂紅美


「あはは、見て見て、紅美。」


 あたしの提案で、何とか全員参加で決行できた…旅。

 全員。

 それは…DANGERの4人と、曽根さんと…海くん。


 二階堂から大きな車を借りて、交代で運転しながらの…行き当たりばったりな旅。



 まずは小さなテーマパークに行って。

 あたしは、海くんとも、ノンくんとも、一緒にジェットコースターに乗った。


 沙都はジェットコースター駄目だし。


 曽根さんも駄目みたいで。


 あたしと沙也伽は、それぞれノンくんと海くんと、そして、あたしと沙也伽、ノンくんと海くんで、三回も乗った。


 ノンくんと海くん…二人ともすごく自然で。

 それは、あたしをすごく励ましてくれた。


 たぶん…

 あたしと沙都が一線を越えた事は。

 言わなくても、バレてると思う。

 だって、言わないでくれって言った沙都が…

 あれから、うちに通ってくるようになった。


 …そりゃ、バレるよね。


 実際、沙也伽は何も聞いて来ない。

 聞いて来ないって事は…

 分かってるって事だ。



「下手くそだよねぇ…あの二人。」


 あたしと沙也伽は、二人で男性陣のバッティングを眺めてる。

 バッティングセンターに行ったことがない。と言った海くんに。


「俺も行った事ないぜ。」


 ノンくんがそう言うと。


「俺もない。」


「僕もない。」


 結局全員がそう言って、通りすがりのスポーツセンターに。



「なんかさ、男は野球できるって思い込みない?」


 沙也伽が頬杖ついて言った。


「あるある。」


「あたしの中ではさ、外人は歌が上手いって思い込みと同じレベルよ?男の野球は。」


「あはは。」


「ノンくんと先生は、まあ…打ってるからいいとして。」


 ノンくんと海くんは、二人ともそこそこに打っている。

 ホームランこそないが、いい具合にヒットを量産。



「体育とかでやったはずだよね?野球とは言わなくても、ソフトボールぐらいはさ。」


 曽根さんと沙都の空振り具合に、沙也伽は少し幻滅してるようだった。

 特に沙都は…

 ボールが来てないのに、バットを振っている。



「見てらんないわ。」


 あたしはベンチを立って、四人の所へ。


「打たせて。」


「ほら、沙都くんが打てねえから。」


「曽根さんだって!!」


「まあまあ。はい、バット貸して。」


 あたしは沙都からヘルメットとバットをもらうと…


 カッキーン


「おお…」


 男性陣に声を出させてしまうほどのホームランを打った。



 ああ…

 なんか。



 スッキリ。



 〇朝霧沙都


「紅美ちゃん。」


 僕が声をかけると、一人でベンチに座ってた紅美ちゃんは。


「大丈夫?」


 僕の顔を覗き込んだ。


「あ…うん。」


 僕は…バッティングセンターで…

 空振りしまくって。

 カッコ悪くて。


 紅美ちゃんがホームラン打った後、それに触発されたノンくんがホームラン…

 海くんも、コツを掴んでホームラン…

 そして、曽根さんまでが…ヒットを打った。



「上手い上手い。」


 紅美ちゃんに褒められてるみんなを見たら、僕だって…って。

 頑張ったつもりだけど…


 ガギッ


 バットは…鈍い音を立ててボールに当たって。


「いって!!」


 ボールは…僕の顔に当たった。



「…大した事ないよ。」



 みんなが。


「おまえの顔は大事なんだぞ‼︎」


 って、すぐ冷やしてくれて。

 今は…腫れてもないし、痛みもない。

 少し赤くなってるけど、全然平気。


 だけど…

 カッコ悪さに打ちひしがれた。



「打てなかったぐらいで落ち込まないの。」


 隣に座ると、紅美ちゃんはそう言って笑った。


「…カッコいい所、見せたかったのに。」


 僕が小さくつぶやくと。


「そんなの、いつも見せてくれてるじゃない。」


 紅美ちゃんが、さらりとそんな事を言った。


「……」


 そんなの、いつも見せてくれてるじゃない…?


 え?

 それって…


「…僕の事、カッコいいって思ってくれてる?」


 紅美ちゃんの表情を覗き込むように問いかけると。


「え…」


 紅美ちゃんは…少し赤くなった。


 ……ドキドキしてる。

 僕、今、すごく…

 ドキドキしてる!!

 だって、紅美ちゃんが!!

 僕の事、カッコいいって思ってくれてた!!



「…嬉しいな…」


 小さな声でつぶやいて、ベンチにある紅美ちゃんの手に、僕の手を重ねた。


「……」


「……」


 何か…

 何か話したいけど…


「沙都ー。」


 ビクッ!!


 後ろから沙也伽ちゃんの声がして、僕と紅美ちゃん、二人して肩を揺らして驚いてしまった。

 慌てて手を離して…ちょっと、振り払った感じになってしまったよ…

 ああ…バカな僕…

 紅美ちゃんは…無表情…


「あ、いたいた…あ、紅美も…」


「な…何?」


「ノンくんが探してたよ?」


「あ…うん。分かった。ありがと。」


 僕は沙也伽ちゃんにお礼を言って。


「…じゃ…」


 紅美ちゃんに言った。

 紅美ちゃんは…無言で、口元を少し笑わせただけだった。



 …何やってんだろ…僕。



 〇朝霧沙也伽


 この際、コネは使おうよ!!って事で、『二階堂のコネ』を使いまくり。

 安旅なのに、結構いいホテルに泊まる事が出来た。

 先生、ありがとう♡



 チェックインしてすぐ、紅美が散策してくるねー。って出て行って。

 あたしは、部屋で希世にメールをしてた。

 あ、もちろん、あたしと紅美は相部屋。

 男性四人は、曽根さんの『みんな一緒がいい!!』って意見が通って、大きな部屋に四人で泊まってる。


 メールも一段落ついたし。

 あたしも、ちょっと散策に行ってこよーっと。


 部屋を出てロビーに降りてると。


「沙也伽。」


 声をかけられた。

 振り向くと、ノンくん。


「あ、どう?男四人部屋。」


「曽根がうるさくてたまらない。」


「あはは。曽根さん、鼻血が出そうなぐらいのテンションだよね。」


 最初はおとなしい人だと思ってたのに。

 猫かぶってたのか。



「沙都知らね?」


「沙都?ううん。見てない。」


「そっか。ちょっと聞きたい事があるんだけどな…」


「見かけたら言っとくよ。」


「ああ、頼む。あ、それと…」


「ん?」


 ノンくんは、何か言いたそうな…

 だけど、ためらって…


「何?」


「いや…」


「あ、もしかして、Lipsの事?」


 あたしがそう言うと、ノンくんは目を細めて。


「…何があったか、覚えてないんだ。」


 低い声で言った。


「…だろうね。あんなノンくんは初めて見たよ。」


「…どんな事になったのか知りたくないから、忘れてくれ。」


「えー、貴重だから覚えてたいよ。」


「……」


「本当に覚えてないの?」


「…不覚にも。」


 あたしはたぶん…すごい顔をしてしまったんだろう。

 だって、ノンくんの目が…見る見る…


「おまえ…」


「えっ…何…」


 ノンくんはあたしにズイッと詰め寄った。


「うっ…あ、あの…ち…近いん…ですけど…」


 あたしが小声でそう言うと。

 ノンくんはズイズイとさらに近付いて…

 あたしは、その分後ろに下がって…

 ついには…

 壁ドン…ですよ…。



「何があったか、誰にも言うなよ。」


「…覚えてない…んだよね?」


「覚えてないから、言ってんだ。」


「……」


「いいな。もし言ったら…」


「言ったら…?」


 ノンくんは、ただでさえ至近距離なのに…

 あたしの耳元に口を近付けて。


「…抱くぞ。」


「!!!!!!!!」


 ひぃぃぃぃぃぃーーーーーー!!


 あたしは、真っ青になったと思う。


「そっそっそれはこまっ…困るから!!」


「だったら約束しろ。言うなよ。」


「いわっいわなっ言わないよっ!!」


「…よし。」


 ノンくんがいつものニヤニヤ顔になって離れて。

 あたしは…

 この…サド!!セクハラ野郎!!エロギタリストーーーー!!


 心の中で叫びまくった。


 ああああ、ごめん!!希世!!

 あたし、不覚にも、ちょっとドキドキしたー!!

 だって!!ノンくん男前なんだもん!!



 …でも。

 ノンくん。

 本当に…覚えてないの?



 すごく素直で…可愛かったんだけどなあ。



 〇二階堂紅美


 沙也伽がホテルの外に見つけた雑貨屋さんに行くって出かけて。

 あたしは、ロビーに飾られてるツリーを眺めてた。


 もうクリスマスシーズンか…

 オーナメントを見てると、海くんと迎えたクリスマスを思い出した。


 …やだな、あたし。

 沙都と…そういう関係になったクセに。

 海くんとの事を思い出すなんて。



 さっき、少し強めに手を振り払われた事が引っかかって…

 沙都の事、ちょっと頭から取り払おうとしたのかも…



 ツリーの後ろにソファーが見えて。

 あたしは、そこに座ろうと…


「あ。」


「あ…」


 海くんが、いた。


「…一人?」


 逃げるのもおかしいし…向かい側に座る。


「ああ。トシははしゃぎ疲れて寝たし…華音は沙都とどこかに消えた。」


「ふうん。」


「…紅美。」


「ん?」


 目が合って…そらせなくなった。


「……何?」


「…ああ…」


 海くんは少し多めに瞬きをして…うつむいて。


「…沙都と、付き合う事にしたのか?」


 小さな声で言った。


「……どうして?」


 付き合う…とは…決めてないけど。

 この場合…どう答えたら?



「ライヴの翌朝、沙都がいなかったから。」


 海くんが、小さな声でそう言った。


 ライヴの翌朝…


「え?」


「…違うのか?」


「…二次会から送ってもらって、帰ったはずだけど。」


 一緒にはいたけど…

 でも、四時前には帰った。

 あれから…どこかに行ったって事?



「…悪い。変な事言ったな。」


 あたしが難しい顔でもしてしまったのか…

 海くんは前のめりになって、あたしに謝った。


「う…ううん。」


「でも、あいつに限って浮気なんてないから。」


「もう、どうしてそうなるかな。」


「…違うって言ったら、俺はまだおまえを好きだって言うぞ?」


「…え…?」


 海くんの真顔に、ドキッとした。


 な…何…?

 あたし達…

 終わらせたのに…?



 あたしが言葉をなくして少し困ってると。


「…なんてな。」


 海くんは小さく笑った。


「も…もーっ…」


 ドキドキしながら、唇を尖らせる。


「ははっ。悪い悪い。でも…もし沙都と付き合うなら、ちゃんとみんなに言った方がいい。じゃないと、沙都だって不安だ。」


「……」


 みんなに言わないで。

 そう…沙都に言われた。

 沙都…何考えてるの?

 何だか、昔の沙都と違って思えて…少し居心地が悪く思えた。



「…もし、そうなったら…ちゃんと言う。」


 海くんの肩越しに見えるツリーのオーナメントがキラキラと光って。

 その美しさが…

 少し、恨めしい気がした。



 〇朝霧沙都


「楽しい旅の途中に言いたくないが…」


 ホテルのスパで、ノンくんが言った。


「おまえ、あの日グレイスのとこ泊まったってほんとかよ。」


「え…」


 僕は…

 背筋が凍った。

 あの日…って言うのは…

 ライヴの夜の事だ。



 Lips での二次会の途中。

 ノンくんの計らいで、僕は紅美ちゃんを送って行った。


 そして…

 そこで、まさかの…まさかの展開に。



 僕は、今でも紅美ちゃんが大好きで。

 本気で、紅美ちゃんの事…守りたい、一生そばにいたいって思ってる。

 だから…

 紅美ちゃんがキスを受け入れてくれた事。

 抱きしめたら、抱きしめ返してくれた事。

 僕と…肌を重ね合ってくれた事…

 本当に、嬉しかった。



 だけど、その反面…


 海くんとの事があって、まだ傷が癒えてないのに。

 僕は…酔った勢いで、紅美ちゃんに付け込んだ。

 その罪悪感がハンパなくて…

 しかも、今もきっと紅美ちゃんを好きに違いない海くんとノンくん…

 二人に申し訳ない気がした。


 二人は大人で。

 すごく、正々堂々とって言うか…

 むしろ、自分のチャンスさえも僕にくれてる気がするほどで。

 だから余計、気が咎めた。



 紅美ちゃんのアパートを出て、家に歩いてると。


「サト。」


 タクシーが停まって、声をかけられた。

 グレイスだった。


「あ、お疲れ様です。」


「今から帰るの?」


「はい。」


「ちょっと話があるの。乗って。」


「え…今から?」


「大事な話よ?」


「…じゃあ…」


 僕は、タクシーに乗った。

 そして…事務所のそばにある、グレイスの家に行って…

 本当に、大事な話をされて…

 そのまま、ソファーで眠ってしまった。


 目が覚めた時にグレイスはいなくて。

 用意された朝食は、もったいないから食べておこう…って食べて…


 家に帰ったら…

 曽根さんはニヤニヤしてて、海くんは…もう仕事に行ってたけど…


「ニカ、なんか落ち込んでたぜ。やるなー、沙都くん。」


 って、肘で突かれた。


「な…何言ってんの。そんなんじゃないよ。」


 そう、濁す事しか出来なかった。



 ノンくんは、かなり酔い潰れて帰ったらしく…

 昼過ぎまで起きて来なかった。

 起きて来た時も、酷い二日酔いで…


「…やべ…何も覚えてねーや…」


 そう言って、頭を抱えるだけだった。




「…誰に聞いたの?」


「昨日、グレイスから。今更みたいに聞かされた。」


「…他には?」


「他って何だよ。何かあったのかよ。」


「…グレイスの所に泊まったって言うか…もう帰る気力がなかっただけで…話してたら寝落ちしたんだよ。」


「紅美んちの帰りに、なんでグレイスんとこだよ。」


「偶然だよ。タクシーで拾われて…」


「ほんとだろうな。」


「ほんとだよ。」


「……」


 ノンくんは納得いってないみたいだったけど、僕が拗ねた顔をすると、溜息交じりに言った。


「…紅美を泣かせるなよ。」

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