第31話 「沙都、曽根、迷子になるなよ。」

 〇二階堂 海


沙都さと曽根そね、迷子になるなよ。」


 華音かのんがそう言うと。


「失礼な奴だな。俺らをいくつだと思ってんだよ。なあ、沙都くん。」


「ほんとだよ。迷子なんて、なるわけないじゃん。ねえ、曽根さん。」


 沙都とトシは頬を膨らませた。



 ライヴの翌朝、華音に打ち明けられた。


「実は、年内に帰国する事になった。」


 俺は…相当ショックだったのだと思う。

 食事をする手が数分に渡り止まってしまってて。


「…そんなにショックなのか?」


 華音に首を傾げて言われるまで、そうしてたなんて…。



 ショックだった…んだよな。

 シェアが始まった時は、あんなに嫌だと思ってたのに。

 この一ヶ月…憎たらしいぐらい腹の立つ事があっても、俺は意外と快適に生活している。


 同年代と過ごす時間が今までなかったのもあって新鮮なのと…

 本音をぶつけて、殴り合える奴がいる。

 それは…俺にとってすごく大きな変化であり、財産となった。



「それで、曽根がいる間に旅に出ようって話になってさ。」


「えっ!!なんだよ~キリ、優しいなあ!!」


 トシが華音に抱きつくと。


「俺じゃない。紅美が言ったんだ。」


 華音は鬱陶しそうにトシを突き飛ばして言った。


「え?紅美ちゃんが?」


「ああ。」


「…なんか…感激だな…」


 トシは、いつになく神妙な顔。


「俺…あの時の事で、紅美ちゃんは笑っても一生許してはくれないかもって思ってたから…」


 あの時の事…?

 …ああ…華音のゴシップの事か…


「紅美はそんなのいちいち根に持たねーよ。海、休み入れられそうな日あるか?」


 ふいに話を振られて、頭の中を整理する。


 今の現場が片付けば…

 俺がいなくても…


 って。

 俺はボスって立場なのに、最近休みを取りすぎる気がするぞ。

 いいのか?


「ボスも週休二日でいいんじゃねーか?」


 俺の考えが読めたのか、華音はそう言って野菜スティックを俺に向けた。


「…そうか。」


 ついでに、向けられたままのキュウリを口にすると。


「食うのかよ。」


「食えって出してくれたのかと思って。」


「あっ、キリ!!俺にも!!」


「知るか!!」




 ―あの朝は、沙都がいなくて。

 トシと華音の殴り合いを止める奴がいなかったせいで、二人はいつまでもじゃれ合っていた。


 …沙都は、紅美の所か?

 なんて、勝手に思ってしまったが、紅美の所には沙也伽もいる。

 でも…きっと二人は一緒にいた。



「ぼーっとして歩いてたら躓くぜ、おっさん。」


 華音に肩を組まれた。


「誰がおっさんだ。」


「30過ぎると坂道転げ落ちるように歳食うって言うよな。」


「おまえもすぐにそうなる。」


「ははっ。」



 …こんな時間が、もうすぐなくなる。

 紅美が帰国するのはもちろん寂しいが…

 それ以上に、仲間と別れるのを寂しく感じた。



「……」


「なんだ?」


 華音がじっと見てる事に気付いて問いかけると。


「顔に寂しいって書いてあるぜ?」


 華音はニヤニヤしながら言った。


「……」


 悔しいけど図星だ。

 と言いかけて…飲み込む。

 俺も華音の肩に手を回して。


「寂しかねーよ。」


 頭突きをした。


「あたっ!!」


「いつもやられてるお返しだ。」


 手を離して歩き出すと。


「やったな~てめぇ!!」


 華音が走って来て、俺の背中に飛び乗った。


「うわっ!!」


「このまま走れ。」


「バ…バカ言うな。」


「走らないとキスするぜ?」


「なっやめ…やめろー!!」



 俺、何してんだろうな。

 華音を背負って、走るとか…

 まるで17歳ぐらいの気分だ。



「あははは。ノンくん、やめたげてー。おっさんにはキツイよー。」


 紅美の笑い声が聞こえる。


「誰が…っ…おっさん…だ!!」


「あはは、息切れてるし。」



 俺は学習した。

 幸せな時間や楽しい時間が増えると、心が育つ。

 だけど、その分…別れが辛くなる。


 だけど…

 恋人との別れとは違って。

 友達とは離れても…



 絆は続く。



 〇朝霧沙也伽


「なんかノンくんと海くん、すごくテンション高いよね。」


 そう言って紅美は、オレンジジュースを飲んだ。


「…そうだね。」



 あたしは紅美と二人、ベンチに座って男性陣がバットを振ってる姿を眺めている。


 紅美の提案した旅。

 何とか、二泊三日で決行できてるんだけど。

 もう…

 しょっぱなから、先生とノンくんのテンションが…

 異常。


 やたらベタベタしてるし。



 最初は、まるで修学旅行みたいに小さなテーマパークに行った。

 そこで沙都と曽根さんに『迷子になるな』ってノンくんが言って。

『ならないよ!!』って言ったにも関わらず…

 二人は、はぐれた。

 もう、筋書き通りのような迷子っぷりだった。


 その間、ノンくんは先生とじゃれ合ってて…

 それを見て、あたしと紅美は笑ってた。


 なんて言うか…

 あのライヴの後から、紅美と沙都がいい感じに思える。

 二次会の後で、ノンくんが紅美を沙都に送らせた。

 あたしは気を利かせて…ってわけじゃないけど。

 ノンくんが、酔い潰れるという珍事に付き合って、朝方まで一緒にいた。

 あ、二人きりじゃないよ。

 途中から合流したスタッフと5人で。


 あたしが帰った時、紅美は部屋で寝てて…沙都はいなかった。

 だけどあれ以来…沙都は一人でアパートに来るようになったし…

 さすがに、個人の部屋には立ち入り禁止にしてるから、沙都もそこは守ってるけど…

 あきらかに、距離が近い。

 昔の二人を思い出させるぐらい。


 昔の二人と言えば…

 テストでいい点取った。って言っては、沙都が紅美におねだりして…やっちゃう。みたいな。

 まあ、あたしがそこにいても、沙都は結構平気に紅美に甘えてたしなあ…

 紅美が何か閃いて、『あ、このフレーズどう!?』って弾いただけでも。

『それいい!!』って、沙都が紅美にキスしたり…


 他の人のキスシーンを見たら、あたしもドキドキしてたかもしれないけど。

 沙都と紅美のキスシーンは…

 なんて言うか…

 恋人同士ってより…

 オシャレな犬が尻尾振って、チュ。みたいな感じに思えてたんだと思う。


 …って、言えないけど。


 ごめん、沙都。

 犬って思って。



 とにかく…

 あの頃の二人みたいな雰囲気を…ちょっと感じちゃうんだよね…


 で。

 それを感じてるのは…たぶん、ノンくんも一緒なんじゃないかな。

 だから、こんなにテンションがおかしいんじゃ?って。



「もー、へったクソだなあ!!」


 紅美は、曽根さんと沙都の空振り具合に、手を叩いて笑ってる。


「ちょっと、あたしも打って来る。」


「はいよ。」


 ノンくんと先生は、そこそこにかっ飛ばしてるけど。

 曽根さんと沙都…

 野球知らないんですか。って感じ。

 この二人、なんか似てるなあ。



「おー…」


 カッキーン。と。

 紅美が、ホームランを打った。

 そうでしょうよ。



「…さすが、体育の授業でホームラン連発してただけあるな…」


 先生のつぶやき。


「えっ、ニカ、そんなの何で知ってんだよ。」


「桜花のニセ体育教師になって、女子高生のブルマ姿見てたんだだよな。」


「えっ…ニカ…おい…」


「半分正解で半分嘘だ。」


「ニセ教師が嘘で、ブルマ姿見てたのは本当?」


「沙都…おまえまで…」



 まあ…

 何はともあれ。

 みんなが楽しそうで良かったよ。

 なんか、あたしは家族に会えるから、帰国が待ち遠しいけど。



 だけど。

 希世、廉斗、ごめん。



 ちょっとだけ…

 帰るの、寂しいや…。



 〇二階堂紅美


 Lipsの二次会。

 最近ずっと22時までに寝る生活をしてたからか、途中で眠くなったあたしは…


「ごめん。眠いや。あたし、先に帰っていいかな。」


 席を立った。

 すると…


「ああ…沙都、送ってやれ。」


「え?」


 あたしと一緒に帰ろうと、席を立とうとした沙也伽を押し避けて。

 ノンくんが沙都に言った。


 あたしは…その時。

 なんで?

 って…


 思わなかった。


 沙都に送って欲しい。

 そう思ったんだと思う。



「え…と、僕?」


「ああ。沙也伽は久しぶりの夜更かしが楽しそうだからな。」


 ノンくんにそう言われた沙也伽は。

 なんで分かるの!?この男!!

 みたいな顔して、あたしを見た。


「…でも、沙都も楽しそうだけど。」


 一応…言ってみたけど。


「いいよ。送ってくよ。」


 沙都は笑顔で立ち上がった。


「じゃあねー。」


 手をヒラヒラさせる沙也伽。


「お疲れ。」


 ビールを飲みながら、低い声のノンくん。

 二人に手を振って、あたしと沙都は『Lips』を出た。



「寒いね。」


 あたしが首をすくめると。


「はい。」


 沙都が…あたしの手を握って、自分のコートのポケットに入れた。


「……」


 すごく…さらっとそうされて。

 なんて言うか…

 甘えたくなった。


 少し距離を縮めると、沙都は嬉しそうに。


「紅美ちゃん、寒いでしょ。もっと寄っていいよ。」


 優しい声で言ってくれた。


 …最近、ずっと闘ってる感じだったからか…

 沙都の優しさは、すごく嬉しかった。

 嬉しかったし…以前とは違う包容力を感じた。

 沙都、いつの間にか大人になったんだな…って。

 ちょっと…照れくさい気もした。



「送ってくれてありがと。」


 アパートについてそう言うと。


「風邪ひかないようにね。」


 沙都は赤い鼻をして笑った。


「もう一度お店に戻るの?」


「ううん。今日はもう帰るよ。」


「じゃ、お茶飲んでく?」


「…いいの?」


「いいよ。」


 あたしは…沙都の赤い鼻を見て。

 寒そうだなって思って…そう言ったに過ぎなかったけど。


 これが…

 そうなるキッカケ…だよね。



「紅美ちゃん…」


 お茶を飲んで。

 ライヴの話をして。

 沙都の歌の話をした。


 歩いたせいか、眠気はおさまってて。

 沙都と二人で、こんな風に話すのは…本当に何年ぶりだろうって。

 すごく、楽しかったし…和んだ。



 なんで、そうなったのかな。



「沙都…」


 久しぶりのキスは…

 懐かしいっていうより、新鮮だった。

 沙都の唇。

 もう、何度も何度もキスして、形さえ覚えてたはずなのに。

 知らない人みたいだった。


 …ううん。


 知らない、男。みたいだった。



「あっ…」


 ソファーで。

 あたし達は…何年かぶりに…寝た。

 沙都の背中に爪を立てて。

 何度も…果てた。



 沙也伽が帰って来たらどうしよう。

 なんて…

 そんな気が回らないぐらい。

 あたし達は、抱き合った。



 沙都…

 どうしよう…

 あたし、ヤバいかも。


 あんたの事…

 すごく好きかも。


 そう思ったけど、言えなかった。


 だけど、言わないでいると…雰囲気に流されただけって思われる。

 …そう思われたくない。

 ちゃんと、沙都の事好きだ。って…

 口に出して言いたい。



「沙都…」


「紅美ちゃん。」


 あたしが言いかけたその時。

 沙都が言った。


「ごめん…」


 …え?


「…なんで…謝るの?」


「だって…」


「……」


 沙都に謝られた事が…少しショックで。

 つい、黙ってしまった。


「この事…誰にも言わないでくれる?」


 次に沙都が出した言葉は、それだった。

 誰にも…言うなって…


「いや、変な意味じゃないよ。ただ…すごく僕…今、紅美ちゃんに悪い事したって思ってるから…」


「悪い事?」


「お互い酔っ払ってるし…それに…ちょっとつけ込んだ感じも…」


「……」


 何となく、何も言えなかった。

 あたし、沙都とはどうでもいい感じでは寝ないよ。

 そう言いたかったけど…

 …海くんの事やノンくんの事…

 沙都は、そこを気にしてるんだろうな…って思うと。


「まあ…こういうの、人には言わないよね。」


 力ない声で、そう言うしかなかった。


 だいたい、昔バレてたのも…

 沙都がみんなに聞かれて口を割ったからだ。

 …ま、あたしも聞かれたら答えてたけど。



「じゃ、また。」


「うん。おやすみ。」


「…紅美ちゃん。」


「ん…?」


「……」


 ゆっくりと唇が来て。

 もう…何度目?って思うぐらい、ドアの外から離れられないあたし達…

 だけど…ドキドキしてる…あたし。


「…これじゃ、なかなか帰れないね。」


「ふふ…風邪ひかないうちに、帰ってよ。」


「ほんとだ。じゃ…」



 沙都を見送って、シャワーを浴びた。

 さっきまで…沙都に触れられてた肌…

 沙都と寝た事は後悔してないけど…


 この、胸に残るモヤモヤした物は…


 なんだろう。

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